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科学技術

2009年9月25日 (金)

送電鉄塔はおもしろい!

   ―形・支柱の構造・色もちがうよ!―090922091090922102090922113090923059

亀さんは、見沼散策で今までに見たことのないような変わった形の鉄塔を見つけました(写真上左)2本の触覚と6本の肢を持ったムカデかバッタのような形をしています。また、胴体の支柱も丸いパイプ(鋼管)なんです。

亀さんの持っているイメージでは、鉄塔の形は、下左の写真の奥に見える細長い先端が尖った二等辺三角形なんですが、奴さんのような形(写真上右)のものもあります。

亀さんちの近所には「北鳩線」(注1)という高圧線が走っています(写真下右)が、見てみると二等辺三角形ではありません。

そこで、亀さんは、近所の高圧線の鉄塔めぐりをしました。090923014 090923025090923036_2   

最初は、「北鳩線」です。この送電線は、北東京変電所と鳩ヶ谷変電所を154KV4回線で結ぶもので、元は猪苗代新幹線759号鉄塔以南を建て替えて建設したものだそうです。

亀さんちに一番近い鉄塔(上左)はあまり高くないのですが、支柱がパイプでできていて、いい身体をしたナイスガイのようです。また、その隣りの鉄塔(上中央)は、少し高く、スタイルも良い鉄塔です。「昼間航空障害標識」の紅白7段の塗装がされ、他のものとは異なって、和服のふところの様な形のものがなく、架線の取り付け部分が直接的に取り付けられています。また、その支柱はパイプです。

少し遠いところには、近所では最も高い鉄塔(上右)があります。「昼間航空障害標識」の紅白の塗装がされているほか、夜間には、「高光度航空障害灯」が点滅します。この鉄塔も支柱はパイプでした。090923047 090923058_2  0909230362

次は、「春日部線」です(注2)この送電線は、北東京変電所から京北変電所(草加市・川口市の境)を2回線で結ぶもので、電圧は北鳩線よりも高く、275KVです。なお、これも一部区間を除いて猪苗代旧幹線を建替えて建設したものだそうです。

構造的には上左の鉄塔は回線数を除けば、北鳩線とほとんど同じです。しかし、上右の鉄塔は、紅白の塗装のある高い鉄塔なんですが、その支柱がパイプではなく、L字型鋼板のようです。強度的にはどうなんですかね。

今まではほとんど関心が無かった送電鉄塔ですが、今後は気になりそうです。皆さんも、お近くの送電鉄塔を見上げてみては如何でしょうか。(記入者:亀さん)

追記:送電鉄塔や送電線に関心を持っておられる人も多いようで、それに関するサイトもあるようですので、(注3)に記載しておきます。

(注1)北鳩線アーカイブ:http://www.makkynx.com/transm/kitabato/

(注2)春日部線アーカイブ:http://www.makkynx.com/transm/kasukabe/http://homepage3.nifty.com/orange-cat-tamasama/tower/bangai/kasu76.html

(注3)送電鉄塔・送電線に関するサイト:http://transm.web.infoseek.co.jp/(送電鉄塔見聞録)、http://pylon.client.jp/(送電鉄塔写真館)、http://homepage1.nifty.com/s-ok/souden/hyousi.htm(送電鉄塔物語)、http://www.makkynx.com/transm/(送電線・変電所・電源設備)

2009年8月30日 (日)

ロンドンのからくりもあります

     ―ロンドンからくり博物館―090827021 090827032 090827043

一昨日の安藤七宝店のからくりモニュメントの「悠久の翔」との関連で、からくり関連のことを書きます。

銀座のみゆき通りに、「ロンドンからくり博物館」があります。ここでは、ロンドン直送のからくりを見たり、動かしたりすることができます。

ロンドンからくり博物館は、「博物館」という名前からのイメージよりは、結構こじんまりとした感じで、中には20点ほどのからくり人形が並び、それにちょっとした販売スペースがあります。

(作品の一覧:http://www.e-bowl.co.jp/karakuri/automatas/index.html、販売グッズ:http://www.e-bowl.co.jp/karakuri/goods/index.html

そして、ワンコイン(100円で2コイン)で、そのからくりを動かすことができます。結構、面白い動きをして、面白いですよ。

亀さんは、先日の昼休みに行きましたが、この博物館だけを目的にして行くほどのことはなさそうです。でも、近くに行ったときに立ち寄ることをお勧めします。

なお、この博物館は、昨年までは小樽で開催していたようで、銀座では10月15日までの期間限定のようです。(記入者:亀さん)

(注)ロンドンからくり博物館のHP:http://www.e-bowl.co.jp/karakuri/index.html090827054 090827065 090827076 090827087

2009年8月28日 (金)

素晴らしいからくりモニュメント、発見!

   ―銀座・安藤七宝店の「悠久の翔」―090825151 090825162

先日、歌舞伎座に行くときに、銀座の安藤七宝店の前にさしかかると、急に、妙なる響きが流れてきました。

ふと見ると、安藤七宝店のショーウインドウの中に、シルクロード・西域風の童子がハープを弾き、曲芸をする童子や舞い降りてくる童子も動き回る、ハイテクのからくり人形が動いています(注1)

説明によると、「悠久の翔」というからくりモニュメントで、夢童由里子さんの作のようです。調べてみると、曲も作曲者・藤掛廣幸氏が、自らシンセサイザーで演奏しているようです(注2)

数寄屋橋・銀座界隈のからくりは、マリオンのからくり時計が有名ですが、このからくりモニュメントは、比較にならないほど、素敵です。

説明によると、“「和と洋の共生」をテーマに、華やかで個性的な衣装姿の人形をはじめ、伝統的技法の七宝をあしらった飾り台、木製歯車など全てコンピュータによって制御されてい”るようです(注2)

亀さんはこのあたりを何度も歩いているのですが、気が付きませんでした。その理由は、その演技が1日4回(13:30、15:30、17:30、19:30)と少ないからだと思います。

今回は偶然にも13時30分に安藤七寶店の前を歩いていたので、気が付いたのです。本当にラッキーでした。

写真は、ショーウインドウのガラスに光が反射して見えにくいのですが、よく見たい人は下の注のブログでご覧下さい。(特に、“銀座で出会える 魅惑的なからくり時計 「悠久の翔」”の動画はきれいです。)

でも、実物を見た方が素晴らしさを実感できますよ! また、演技時刻にあわせて行って見る価値はあると思いますよ。(記入者:亀さん)

(参考)安藤七宝店のHPより:http://www.ando-shippo.co.jp/attraction6.html

(注1)ブログ「ドリーム・トレイン」の「悠久の翔」の記事:http://yaplog.jp/pippitoruru/archive/670、銀座で出会える 魅惑的なからくり時計 「悠久の翔」(動画もあり):http://www.lococom.jp/article/A13/02/00/30282/208476/L/

(注2)http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3365/newpage11.htm

2009年7月23日 (木)

東京でも日食が見えた!?

    ―亀さんは見逃す―09072201_2

昨22日は46年ぶりの皆既日食でした。

屋久島~トカラ列島(悪石島など)~奄美大島には多くの人がその観測などに集まり、また、硫黄島付近の洋上観測ツアーも行われたようです。中国の上海に相当数の観光客が行ったそうです。

東京も最大の食分が75%ですから、亀さんも、小学生の時に味わった日食の感激を再び味わいたくて、浮き浮きしていました(注)

しかし、日本本土では全般的には曇りで、一部の地域を除き、豪快な日食ショーは見られませんでした。屋久島・トカラ列島や上海でも見られなかったそうです。

亀さんも、硫黄島や太平洋上の皆既日食のテレビ中継(下の写真)を見た後、念のため外に出て日食を見ようとしましたが、空一面が雲で、見ることができませんでした(上の写真)

“残念!”と思って昼食に行き、職場に戻ってくると、同じ職場のAさんが「日食、見ました?」と質問します。

亀さんが「テレビでは見たけど、ここでは曇って見えなかったよ!」と答えましたら、Aさんは、「さっき、雲の切れ目から一瞬見えましたよ!」と意外なことを言いました。

その話を聞いて亀さんの残念さが倍加しました。どうも東京でも一瞬日食が見えたようです。本当に残念!

“でも、トカラ列島、屋久島、上海などまで行って見られなかった人よりはいいか!”(記入者:亀さん)

(注)6月23日付け「7月22日が晴れになりますように!」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-0be2.html

(下の写真は、NHK-TVの中継映像。順に、硫黄島からの皆既日食、太陽のプロミネンス、太平洋上の皆既日食、ダイアモンドリング)09072202_2 09072203_2 09072204_2 09072205_2

追記:野次馬さんの指摘で気が付いたのですが、3年後の2012年5月12日の早朝に金環食が水戸~東京~静岡(名古屋・京都・大阪)~潮岬~宮崎・鹿児島で見られるようです。その時まで、日食メガネを大切にしておくことにします。

2009年6月23日 (火)

7月22日が晴れになりますように!

   ―幼い頃の日食観察の思い出―090622011 090622022

先日、本屋さんに行ったら、皆既日食関係の本が山積みにしてありました。

子供たちも手に取っているのですが、意外と大人も手にしています。亀さんもその大人の一人です。

亀さんは躊躇なく日食メガネ付きの本を買いました。

7月22日の皆既日食は、日本の陸地で観測できるものとしては、1963年7月21日以来、46年ぶりだそうです(注1)しかし、このときは、北海道東部では皆既日食でしたが、亀さんの住む広島では、日食がありませんでした(注2)

むしろ、亀さんの体験上で最大の日食は、1958年4月19日の(八丈島の)金環食で、広島でも太陽の86%が欠けました。

その日は土曜日で、当時は小学校は半日でしたが、日食観察のために11時頃に授業が終わり、宿題に“日食観察日記を書くこと”が出されました。

皆んな家に帰って、ろうそくのススをつけたガラスで、空を見上げて観察をしました。観察の内容は、太陽の欠け方と気温の変化でした。それを紙に書いて、月曜日に提出するのです。

亀さんの記憶では、最も欠けたときには、気温が5℃くらい下がったような気がします。また、カラスなどの鳥たちがギャーギャーと激しく啼いたような気がします。

今回の日食は、東京では太陽の74.9%が欠けるようですので、亀さんが50年以上前に経験した日食と同じ経験が出来るのではないかと、ワクワクしています。

どうか、7月22日が晴れになるますように!!(記入者:亀さん)

(注1)国立天文台HP>2009年7月22日皆既日食の情報:http://www.nao.ac.jp/phenomena/20090722/

(注2)1963年7月21日の日本での日食現象:http://star.gs/njkako/nj19630721.htm

(注3)1958年4月19日の日本での日食現象:http://star.gs/njkako/nj19580419.htm

2009年6月22日 (月)

「剣岳・点の記」を観ました!

―国民の生活を陰で支える人たちに感謝!―090620041 090620107

亀さんは、土曜日公開された映画「剣岳・点の記」を見に行きました。2週連続の映画です。この映画の撮影については、国土交通省国土地理院の友人からかなり前に聞いており、是非観ようと思っていましたので、公開当日に行くことにしていたのです。090620052090620063

この映画は、日本地図の空白を埋めるために、測量手・柴崎芳太郎たちが命がけで剣岳に登頂し、三角点の設置に挑んだ実話に基づいたものです大自然の中で猛吹雪に耐え、危険を顧みず、ただ地図を作るだけの為に愚直なまでに仕事に取り組む測量技術者の姿がそのままの形で、表現されています。

原作は、新田次郎ですが、彼も富士山気象レーダーの建設責任者をするなど、愚直なまでに陰の仕事に取り組んだ気象技術者でした。090620085 090620096

監督・撮影は、日本を代表する名カメラマンの木村大作で、実際の剣岳のその現場で撮影する方針で撮影するだけに、大自然の中での真に迫った作品となっている。しかも、浅野忠信(柴崎芳太郎役)、香川照之(案内人・宇治長次郎役)などの出演者に自分の足で剣岳に登山させて撮影したそうで、俳優がその役柄の追体験をすることによって、迫真の演技が出来たようです。090620074

日本山岳会も「剣岳初登頂」を目指し、測量部の上層部が柴崎たちに「剣岳初登頂」を指示する中で、あくまでも、「測量」という仕事を中心に据える柴崎の姿勢には、感嘆するばかりでした。

その柴崎や長次郎を演じる浅野、香川の迫真の演技には驚くばかりでしたが、「初登頂」にこだわる測量夫・生田信役の松田龍平、日本山岳会・小島烏水役の仲村トオルの演技も素晴らしく、その存在によって、柴崎と長次郎の愚直さが強調されるとともに、それぞれの人たちの内面の葛藤を伝わってきました。

結果としては、初登頂は既に修験者がしており、「初登頂」の名誉は得られませんでした。

また、三等三角点は設置できず、四等三角点としての「覘標」(測量観測用のやぐら)の設置にとどまり、それをもとに剣岳等に位置・標高を求めました。したがって、「点の記」(三角点設定の記録)(注1)は作られませんでした。(だから、新田次郎は「剣岳・点の記」を書いたともいえます。)

なお、このときに求めた剣岳の標高は、2998mでしたが、その後、剣岳の標高は、昭和5年の地形図では3003m、昭和45年の地形図では2998mに変化しています。

また、平成19年の「剣岳測量100周年記念事業」の一環として、同16年に柴崎が果たせなかった三角点が設置され、GPS測量・水準測量により、最高点は、標高2999mと確認され、選定者が柴崎芳太郎と表記された「点の記」も作成されたそうです(注2)

このような“縁の下の力持ち”にスポットを当てた映画は見ていて気持ちがいいですね。(記入者:亀さん)

追記:なお、現在も地図の作成という地道な仕事は続けられています。例えば、平成16年には、異常のあった日本第二の高峰・北岳の三等三角点も102年ぶりに復旧されました。国土地理院職員やボランティアが、60Kgの三角点の柱石や資材を担いで登り、復旧した記録を下の参考に載せていますので、読んでみてください。

(注1)三等以上の三角点について作られ、永久保存される、三角点設定の記録で、三角点標石埋定の年月日及び人名、覘標建設の年月日及び人名、道順、人夫賃、宿泊設備等を集録したもの。

(注2)国土地理院HP>地図は歴史の目撃者4-大台を一度は超えた「針の山」 :http://www.gsi.go.jp/kohokocho/kohokocho40054.html

(参考)国土地理院HP>北岳三角点を102年ぶりに一新 :http://www.gsi.go.jp/WNEW/koohou/458-2.htm

2009年6月13日 (土)

階段の手すりのお話

 ―技術の進歩とやさしさ度の違いを実感!―

今日も亀さんの下らない都市観察にお付き合いください。

亀さんは、階段を下りるときに、若い頃から手すりを持つクセがあります。

その亀さんが大変苦手にしている階段の手すりがあります。下の写真の階段ですが、その理由が分かりますか? 写真をよく見てください!090612011 090612022

よく見ると、手すりが所々で途切れているんです。その箇所で、一瞬ヒヤリとするんです。

そればかりか、途切れたところの処理がされていないので、背広のそでが引っ掛るのです。

“他の階段の手すりがどうなっているのか?”と、好奇心の旺盛な亀さんは、調べて見ました。09061205 09061206

最近の手すりは、上の写真のように、溶接などで連続させたものがほとんどで、背の低い人用に上下2本のものもあります。09061203 09061204

昔は、このような連続の手すりを作る技術がなかったのか、やや古い手すりを見るとわずかな隙間があるものもあります(上左)また、都市型水害用の遮水壁(防水版(注)の設備のためにやむなく途切れている場合もあります(上右)09061207 09061208 09061209 09061212

また、手すりの末端部の処理には、亀さんの知る限り、壁側に曲げたもの、床側に曲げたもの、下に曲げたうえで外側に曲げたもの、末端部を上下でつないだものの4種類のものがあり、興味深かったですよ。09061210

これらを総合して、最初の階段の手すりは、“人に優しい手すり”とは言えないような気がします。また、亀さんが“人に優しい階段の手すり”第1位に独断的に認定したのは、上の階段です。因みに、この階段は、亀さんの最寄駅の階段です。

こうして手すりの構造をじっくり見ると、技術の進歩や施設管理者のやさしさ度の違いが感じられて、結構面白いですよ。皆さんも近くの階段の手すりを観察されては・・・。(記入者:亀さん)

(注)都市型の集中豪雨で、地下室や地下街に大量の水が流入し、水害が起こる現象が生じており、それを防止するために、洪水の地下流入を防ぐ遮水壁の設置が進められている。

2009年6月 5日 (金)

浅草の算子塚に行きました。

    ―円周率を計算した男たち―09060401_2 09060402

亀さんは、先日、浅草に行ったときに、浅草の浅草寺・新奥山(注)にある「算子塚」に行って見ました。

その理由は、最近、鳴海 風著「円周率を計算した男」(新人物文庫)を読み、江戸時代の数学(和算)学者の生きざまを知り、また、その一人の会田安明の功績を讃える「算子塚」が浅草寺にあることを知ったからです。

「円周率を計算した男」の文庫本は、今年5月14日に刊行されものですが、和算学者6人の生きざまを主題とした「円周率を計算した男」(歴史文学賞・日本数学会出版賞受賞作)などの短編を集めたものです。

亀さんは、高校の日本史の教科書で、江戸時代に”世界的な数学者の関孝和”がいたことを知識として知っていましたが、関孝和が突然変異的に出現したように漠然と感じていました。

しかし、この文庫本を読んで、関孝和の周辺に、立身出世・生活・学問的探究のために、和算を学んだり、円周率の計算に躍起となったりした、多くの若者がいたことを知りました。また、江戸時代の日本には3.14の円周率を知る人が結構いたことに驚きました。

そのうち、関孝和と一番弟子の建部賢弘が考案した円周率の計算方法は、20世紀になって数値計算で使われるようになった方法のようです。200年以上も前にこうした計算法を日本の数学者が世界に先駆けて発見していたのは驚きです。

「算子塚」で讃えられている会田安明は、関流和算の閉鎖性を批判して少数派の「最上流和算」を創設した学者で、文庫本に所収された短編の「算子塚」にその生きざまがイキイキと描かれています。

なお、算子塚の近くには、関流和算の高名な?学者を讃える「五瀬・植松氏明数の碑」もあります。

この文庫本を読み、また、「算子塚」に行って、亀さんは、“最近、学問的な探究心が薄れているなあ!”と実感しました。同時に、一時採用されていた、円周率を3と教える「ゆとり教育」の無謀さを再確認しました。(記入者:亀さん)

(注)浅草寺五重塔の北西にあり、多くの石碑や銅像が集められている。http://www7.ocn.ne.jp/~sehayama/sinokuyama.htm

(下の写真説明)左:新奥山、右:手前から、五瀬・植松氏明数の碑、狂歌三十六歌仙の碑、算子塚0906040409060403

2009年3月27日 (金)

回る地球儀!

     ―でも、変だぞ!―

大規模SCの雑貨店で、亀さんは面白いものを発見しました。090320132_2 090320154 090320121

亀さんが小中学生の頃、勉強机の上には、「地球儀」が置いてありましたが、その「地球儀」なんです。しかも、手前右側の5つの地球儀と奥の大きな地球儀は回っているんです(注)

亀さんは、ビビビ~!ときて、“面白い!買おう!”と。

でも、地球の回転が変です。奥の地球儀は(北極側から見て)反時計回りなのに、小さい5つの地球儀は時計回りなんです。

分かりますか? それでは、次をクリックするか、(注)で、動画を見てください!「1208-11167-06.gif」をダウンロード

どうですか、分かりましたか? 大きい地球儀では、太陽が東から昇るのに、小さい地球儀では西から昇ることになるんです。

店員さんを呼んで、(反時計回りが正しいことを説明して、)「小さい地球儀を反時計回りに出来ないのか?」を尋ねたところ、「出来ません!製造元に言っておきます。」とにべもない返事です。

大きい地球儀は正しい回転だけど、約8000円。小さい地球儀は約4000円だけど、間違った回転…。どうする亀さん…。

亀さんは、とっても欲しかったんだけど、結局、買わないで帰りました。奥さんは、「欲しいんでしょう! 大きいのを買ったら…。」と言ってくれたんですけどね。

この回転する「地球儀」の人気は高いようで、買っていく人もあったんですが、このままでいいんでしょうかね…。INOさん、どう思います?(記入者:亀さん)

(注)マジック ターニング グローブ:http://innocence1121.ti-da.net/e2357250.htmlhttp://www.rakuten.co.jp/angers/517242/517432/830274/

2009年3月17日 (火)

映画「二十四の瞳」を見ました!

   ―高峰秀子の大石先生―09031501 09031502

亀さんは、一昨日の15日、1954年の松竹映画「二十四の瞳」を久しぶりに見ました。

川口のSKIPシティの「彩の国ビジュアルプラザ・映像ホール」で、「ウィークエンドシアター」として「木下恵介監督名作選」の4作品の上映会があったのです(注1)

映画「二十四の瞳」は、2007年にデジタルリマスター版とされたもので、フィルムの写真1枚1枚をデジタル化した上でキズを補正し、音声も雑音を消去してデジタル化したもので、映像・音質とも良好でした。デジタル技術の向上を実感できました。Photo 2 0902214

この映画は、高峰秀子の演じる「大石先生」と小豆島の岬分教場の12人の子供たちとの交流を描いた木下監督の代表作です(注2)時代は、「昭和3年から21年までの激動の時代」で、「平和な島に訪れる戦争の暗い影に翻弄されながらも、つつましく生きる人々の哀しみと喜びが、美しい自然を背景に抒情的に描かれる」と解説されているが、全くその通りでした。

亀さんは、小学生のときに、学校(の校庭?)で行なわれた巡回映写会で見たことを記憶していますが、じっくり見たのは久しぶりでした。

全編を通じて、戦前・戦中の日本人の生活や苦悩が見事に再現され、亀さんを含む観客(ほとんどが亀さんと同年代以上)は感涙にむせんでいました。約2時間半の長い映画でしたが、「村の鍛冶屋」、「七つの子」、「仰げば尊し」、「蛍の光」、「埴生の宿」、「金比羅船々」などの歌(注3)が全編を通じて歌われ、非常になつかしかったですよ!

と同時に、このような人々の血と汗の経験の結果、現在の日本の繁栄があることを感じ、先人たちの労苦に感謝せざるを得ませんでした。そして、現在も感傷的になっている亀さんです。

ところで、高峰秀子さんはエッセイストとしても有名で、彼女のエッセイは亀さんの大学受験の頃よく試験問題に出たので、よく読みましたよ。(記入者:亀さん)

(注1)SKIPシティ:http://www.skipcity.jp/skipcity/index.html、彩の国ビジュアルプラザ・映像ホール:http://www.skipcity.jp/event/hall/0903.html

(注2)二十四の瞳(1954年)(あらすじ、キャスト・スタッフなど):http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD24127/index.html

(注3)「村の鍛冶屋」:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/murakaji.html、「七つの子」:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/nanatsunoko.html、「仰げば尊し」:http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/aogeba_tootoshi.htm、「蛍の光」:http://momo-mid.com/mu_title/hotaruno_hikari.htm、「埴生の宿」:http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/hanyuno_yado.htm、「金比羅船々」:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/konpirafune.html

2009年3月 7日 (土)

京大・人気講義実況中継!

 ―「地学のツボ」で人生を考える!―09030301

亀さんは、このブログの2月4日の野次馬さんの記事を見て、驚きました。実は、そこで取り上げている秋道智彌著「クジラは誰のものか」を亀さんも偶々読んだばかりだったのです。“類は友を呼ぶ”というか、読む本も似てくるんですかね?

そこで、亀さんも写真やコラムなどだけでなく、野次馬さんの『気まぐれ読書日記』を道しるべにして、読後感想の記事をたまには書きたいと思い、“亀さんの読後感想メモ”を気が向いたときに書くことにしました。

そこで、第1回目として、鎌田浩毅著「地学のツボ」(ちくまプリマー新書)をとりあげます。

亀さんは、大学・職歴から見れば社会科学系人間ですが、個人的には理科や数学が好きで、自然科学系の本をよく読みます。

この新書版の帯には“京大・人気講義実況中継!”とあり、地震と火山、地球の歴史、地球の変動による生物の大絶滅と進化、太陽系と地球、宇宙への探求などが、分かりやすく書かれています。

丸ビルに恐竜を見に行ったときに読んでいたのがこの本だったのは偶然にしては出来過ぎなんですが、太陽・地球の悠久なる歴史と生成発展の理解のための入門書としては出色の本です。

それよりも面白く印象的だったのは、「地球の誕生から現在までを1年間に縮めて表現したカレンダー」(P.62)で、恐竜が活躍する「中生代」は12月15日から、哺乳類や人類が登場する「新生代」はやっと12月26日から始まるということです。(福寿草。さんの示唆により補足すると)ネアンデルタール人などの旧人は大晦日の午後11時、現生人類のホモサピエンスは除夜の鐘直前の午後11時40分頃に誕生しています。

また、50億年後には、確実に「太陽の100億年にわたる寿命が終わる」(P.157)ということです。

人間の一生は、地球や太陽系の歴史に比べれば、一瞬のマバタキにもならないくらい短いもので、日常生活にアクセクしている自分の小ささに気付かされました。“宇宙の中の自分の存在”というものを考えると、人生観が変わりそうでした。

気楽に楽しく読める本でしたが、考えさせられる本でもありました。さすがに「京大・人気講義」ですね。(記入者:亀さん)

2009年2月25日 (水)

丸ビルに恐竜が上陸!

  ―太古の超大陸“ゴンドワナ”から―090224011 090224022

先日、職場の人から「丸ビルに世界最大級の恐竜が上陸しているよ!」と聞いて、昼休み時間に丸ビルまで行って見ました。

確かに、丸ビル1階のマルキューブを大きな恐竜が占拠しています。「クリオロファサウルス」という、南極大陸の標高4000m地点で発見された肉食恐竜です。頭のてっぺんの奇妙なトサカが特徴のようです。

ただ、大きくはあるのですが、世界最大級とも思えません。

リーフレットを読んでみると、今回、「世界初公開・日本初公開」になるのは、「マプサウルス」(注1)という全長13mの肉食恐竜で、肉食恐竜としては世界最大の「ティラノサウルス」(注2)と並んで世界最大級のようです。

ただ、それが展示されるのは、3月14日から国立科学博物館で開催の「大恐竜展」で、丸ビルの恐竜展示は、その前宣伝だったのです。

因みに、恐竜の活躍した時代は、地球には北半球の「ローラシア」と南半球の「ゴンドワナ」の2大陸しかなかったそうですが、「大恐竜展」に展示されるのは、ゴンドワナ大陸の恐竜だそうです。

なお、草食恐竜として最大なものは、「アルゼンチノサウルス」(注3)で約40mの大きさだったようですが、「マプサウルス」はそれを果敢に襲ってようです。

「大恐竜展」が開催されたら、童心に戻って、行って見るかな…。(記入者:亀さん)09022403 09022404 09022405

(注1)マプサウルス:http://kawa3104.hp.infoseek.co.jp/mapusaurusu.html

(注2)ティラノサウルス:http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5218/tirano.htmlhttp://www.dinosaur.pref.fukui.jp/dino/dic/Tyrannosaurus.html

(注3)アルゼンチノサウルス:http://kawa3104.hp.infoseek.co.jp/aruzentinosaurusu.html

(参考)ゴンドワナ大陸:その後分裂・移動を繰り返して、現在の南米、アフリカ、南極、オーストラリア、インドなどへ姿を変えている。

2009年1月21日 (水)

ハイテク!江戸のロボット!(3)

  ―鞦韆人形・殿返人形・茶運人形の実演―

昨日に続いて、「特別展・からくり人形」の報告です。09011757

次は、人形師の山本清右衛門さんによる自動からくりの「鞦韆人形」・「殿返人形」・「茶運人形」の実演・解説です。会場には、約50人の観客が集まり、イスに座って山本さんの実演と解説に注目しました。090117603

まず、「鞦韆(しゅうせん)人形」です。「鞦韆」とは、ブランコのことです。箱をひっくり返すと、箱の壁面の人形がクルクル回転するのです。しかし、箱をもう一回ひっくり返しても、人形は回転しません。

なぜ、人形はクルクル回ったのでしょうか?(答は、下の①に書いてあります!)090117655_2 090117644_2 090117633_2

次は、殿返人形」です。少し触ると、自動的にでんぐり返し(バック転)をして、台から下に降りるのです。(写真の下段右→下段左→上段の順)

人形が自動的にでんぐり返しをするのは、人形の内部の小さな空間を徐々におもりが移動するためですが、そのおもりとは何でしょうか?(ヒント:重い液状の金属です。答は、下の②に書いてあります。)090117681 090117703 090117714

次は、江戸時代の代表的な自動人形の「茶運人形」です。ネジを巻いてやってもすぐはスタートしませんが、茶托に小さな茶碗をのせると、ストッパーが外れ、動き出します。そして、台を一周して元の場所に戻ってきます。

この人形については、井原西鶴が「茶を運ぶ 人形の車 働きて」という句を作るほど驚嘆したそうです。また、推進システムに時計の機構が応用されているようです。

さて、この「茶運人形」の動力は、現在は鋼製のゼンマイですが、江戸時代のゼンマイは何で作られたのでしょうか?(ヒント:写真にそのゼンマイの素材が写っています。答は、下の③に書いてあります。)

非常に、科学的な関心も満たしてくれる実演・解説でした。(記入者:亀さん)

答①:箱の空間が2つの部分に分かれ、一方に入れてある砂が砂時計のように落下するときの力で歯車を回転させて、人形を回転させる。

答②:水銀です。

答③:セミクジラのヒゲです。机の上の黒いものがそれです。これをスライスして、ゼンマイにしました。

2009年1月20日 (火)

ハイテク!江戸のロボット!(2)

―見世物のからくり、文字書人形・三番叟人形‥―

昨日に続いて、「特別展・からくり人形」の報告です。

続いては、見世物のからくり、「文字書人形」、「三番叟人形」、「神主変じて社となる」の実演です。090117563_2 090117332 090117343_2

見世物のからくりは、「品玉人形」(注1。上左の写真の右の人形)と「ろくろ首」でした。説明によると、暗いところでやるので、構造的には、稚拙なものが多かったようです。しかし、ろくろ首が想像以上に伸びたので、みんな大喜びです。

「文字書人形」は、棒によって操作する人の動きを伝える人形で、「寿」という字を書きました。実際演じる時は、操作する人は台の下に隠れるので、人形の動きは見えないそうです。当り前ですね!090117417 090117442 090117475

次は、飛騨・高山祭(注2)や愛知県の曳山祭(注3)の山車で操られる「三番叟人形」の実演です。実際は何人かで演じるものを一人で演じているので、大変なようでしたが、“幸せが来るように!”と子供たちみんなの頭の上で鈴を鳴らし続けていました。

次の「神主変じて社となる」の人形は変身からくりの一つで、小さい子供たちは驚いていましたが、イマイチでした。

この後、自動からくりの「鞦韆人形」・「殿返人形」・「茶運人形」の実演・解説まで1時間ほどあります。(この報告は次回です。)09011700_2

そこで、科学館の科学展示室を覗いてみました。展示室は、メインテーマ「太陽」からイメージした「力」「光」「水」「大気」「生命」に関連した、参加体験型の約40種の装置が何の説明もなく展示されています(注4)

参加者の興味と求めに応じて、インストラクターの方が一緒に考えてくれるシステムなのです。例えば、波の発生装置では、亀さんが「波は円運動なんですよね!」と尋ねると、それを受けて、水に浮く赤い粒と水に沈む黄色い粒を水に入れて、波の円運動のようすを見せてくれます(注5)

なかなか面白い展示室です。何か、得をした感じでした。亀さんは、今度ゆっくり見に来ようと思いました。(記入者:亀さん)

(注1)品玉人形:http://karakuriya.com/doll/shinatama.htm

(注2)高山祭の三番叟からくり人形:http://hodaka2.cool.ne.jp/gallrey/maturi/haru-sanbansou/index.htm

(注3)愛知県の曳山祭:http://www.sit-tokyo.net/hikiyama/chubu/aichi_03.html

(注4)川口市立科学館科学展示室:http://www.kawaguchi.science.museum/floor/7souchi.html

(注5)水面波:http://buturi.hiro.kindai.ac.jp/buturi/Wave/wave.html、波の動きのアニメ:http://www.btvm.ne.jp/~yuasa/flashmenu3.htm

2009年1月19日 (月)

ハイテク!江戸のロボット!(1)

  ―からくり人形展、川口で開催中!―09011701

亀さんは、先日、最寄駅で、川口市立科学館の「特別展・からくり人形」のポスターを見つけました(注1)INOさんが現在ロボットに関係していることもあり、理科好きの亀さんはさっそく行きました。

このからくり人形は、現代人形劇センター(注2)国会図書館に所蔵されている「機巧(カラクリ)図彙」(下の写真、注3)という本などをもとにして、復元したもののようです。この本の著者は、“カラクリ半蔵”といわれる土佐藩の細川半蔵頼直です。

展示されているからくり人形は、茶運び人形、文字書き人形、鉄棒人形、段返り人形など18点で、人形師の山本清右衛門さんなど同センターの人たちが実演と解説をしていてくれます。09011702_2 090117031 090117042

入口では、大きな「酒呑童子」は酒を飲んでおり、続いて、面被(かぶり)人形」がお面を着けたりとったりしています。これらの動力は、電気のようです。09011708 090117143 090117503

続いて、「水からくり」、国の重要有形・無形民俗文化財の「日立風流物」(注4)の操り人形、「鉄棒人形」の実演・解説です。「水からくり」は、“サイホンの原理”を利用したもののようです。090117251  090117183_2

自分で操作できるからくり人形(逆立人形・采振人形)もあって、大人も子供も興奮気味です。(亀さんが興奮!ということか?)

水車を推力とする自動からくりの「知覧水車からくり」の模型もありましたが、人気はイマイチでした。

このほかに、見世物のからくり、「文字書人形」、「三番叟人形」や自動からくりの「鞦韆人形」・「殿返人形」・「茶運人形」(下の写真)もありましたが、長くなりましたので、その報告は明日以降にします。(記入者:亀さん)09011731 09011727

(注1)川口市立科学館 特別展「からくり人形」:http://www.city.kawaguchi.lg.jp/ctg/68150032/68150032.htmlhttp://www.saitama-np.co.jp/news12/28/04l.html

(注2)(財)現代人形劇センター>日本のからくり人形展:http://www.puppet.or.jp/puppetArchives/catarchive/001/130/131/

(注3)「機巧(カラクリ)図彙」:http://karakuriya.com/doll/karakurizui.htm

(注4)「日立風流物」:http://www.jsdi.or.jp/~masahiro/

2009年1月15日 (木)

星の散歩みち

   ―赤坂見附の地下歩道―09011301 09011302 09011303_2

“東京では星が見えない!”と言われますが、地下鉄赤坂見附駅から紀尾井町(弁慶橋)への地下歩道に、「エスプラナード エトワール」という“星の散歩みち”があるのをご存知ですか?

この地下歩道は、いつもは何の変哲もない地下道ですが、午前5時より30分間隔で、5分間だけ、美しいメロディーとともに、天井いっぱいに星座が輝き、道ゆく人を和ませてくれます。

説明によると、天井にルミライトカラーという無機蛍光体顔料で描かれた星座を、ブラックライトから紫外線を照射して、発光させているものだそうです。

この星座の天井アートが作られたのは、もう10数年も前ですが、この歩道を歩くときに丁度映し出されていることは非常に稀で、亀さんも1度しか見たことがありませんでした。一昨日(13日)の夕方、その地下歩道を通ったときに、タイミング良く星座が映し出されていましたので、写真に撮ってきました。

上の写真は、左から獅子座(春)、さそり座(夏)、おうし座(冬)です。

下の写真は、順に、冬の代表的な星座のオリオン座、亀さんの星座のおとめ座、夏の代表的な星座の白鳥座、秋の星座の射手座、ペガサス座、みずがめ座です。

このほか、双子座、山羊座、こと座、守護座があり、全部で13星座を見ることができます。

一度、皆さんも、星の散歩みちを歩いて、ロマンティックな気分に浸ってはいかがですか?(記入者:亀さん)09011304 09011305 09011306 09011307 09011308 09011309

(注)冬・四季の星座:http://www.astron.pref.gunma.jp/kyozai01/seiza/fuyu.html

2008年12月16日 (火)

増上寺の徳川家霊廟と東京タワー

  ―高輪・三田・芝の散策 その3―

亀さんたちは、それから、篤姫や和宮も参拝した徳川家の菩提寺の「増上寺」(注1)のある芝公園を目指します。08121329 08121330 08121331

付近まで来ると、東京タワーがキレイです。「そうだ!東京タワーは今月23日で50周年だ!」と気がつき、予定を変更して、来たことのある増上寺はざっと見て、東京タワーに行くことにしました。芝の東照宮、旧台徳院霊廟総門、黒門を横目に見て、三解脱門から増上寺に入りました。

そして、黒本尊を祀る「安国殿」にお参りして、亀さんが見ていない「徳川家霊廟(墓所)」を見ることにしました。霊廟の入口の「鋳抜門」はなかなか威厳のある門です。霊廟自体の公開は、年に数日ですが、塀の右奥からは中の様子を見ることが出来ます。上の右下の写真の手前が2代将軍秀忠夫妻(台徳院・崇源院)の、奥が6代家宣夫妻(文昭院・天英院)のお墓のようです。

さあ、夕暮れが近づいてきたので、東京タワー(注2)に急ぎました。

ところが、東京タワーは観光客でごった返していて、大展望台(150m)の展望券を買うまでに約50分、さらに、エレベーターに乗るまでに約20分掛かりました。08121332 08121333 08121334 08121335 08121336 08121337

大展望台の昇ったのは約20数年ぶりですが、そこからの大パノラマは、予想以上に素敵でした。上の写真は、順に、東側(愛宕山、銀座)、北東側(中央に国会議事堂)、北側(近くに六本木、遠くに新宿等)、北西側(六本木ヒルズ、渋谷)、南西側(三田、国道1号線、品川)、南東側(お台場)の展望です。最後のレインボーブリッジはクリスマスバージョンのライトアップになっていました。ただ、時間が経つにしたがって、人の息の水蒸気でガラスが曇り見えにくくなりました。08121338 08121339

特別展望台(250m)へはさらに1時間待ちでしたので、断念し、大展望台から1階下の階で展望することにしました。この階は人も少なく、穴場でした。

そのとき、今まで雲に隠れていた満月がJTビルのところから出てきました。ラッキー!です。また、この階には、「ルックダウンウィンドウ」が有り、足元の強化ガラス越しに145m下の地上が見られました。高所恐怖症の亀さんは、ちょっと恐かったです。

大展望台からの夜景に満足した亀さんたちは、エレベーターで3階までに下り、50周年記念の展示会を見て、2階でマザー牧場のソフトクリームを食べ、お土産を買って外に出ました。081213401 081213412 081213423

外はすっかり暗くなっており、東京タワーのライトアップがきれいでした。大展望台の「50」は50周年を記念したものです。

今日は、とても楽しい1日でした。(終)(記入者:亀さん)

(注1)増上寺:http://www.zojoji.or.jp/

(注2)東京タワー:http://www.tokyotower.co.jp/333/index.html

2008年11月30日 (日)

つくばチャレンジ2008(自律ロボットが道路で競争)

先週の金曜日(11月21日)に、茨城県つくば市のつくばエクスポセンターで「つくばチャレンジ2008」が開催された。自律ロボットが公道(遊歩道)の決められたルート1kmを無事往復できるかを競うものである。筑波大学の油田教授が委員長となって、全国から50台のロボットが集まって盛大に競争した。

小生も、ロボットには大いに関心があるので、カメラを持って駆け付けて一日を楽しく?過ごした。しかし、自律ロボットが部屋を出て公道を走るのは、かなり過酷な競技であることを実感する結果となった。実は、完走できたのは、ヤマハ発動機のロボット1台だけであった。あとは、惜しくも500mの折り返し地点で、曲がる個所を間違えて失格になったロボットが数台ある。例えば、ロボットにとって、道路に立っている物が、木か人間か「折り返し地点のポスト」か、を判断するのは難しい。予め地図を覚えていても、突然の自転車や障害物の出現には、停止したり迂回しなければいけない。

逆に考えれば、1台でも完走出来たのは素晴らしいことであって、自律的に荷物を運ぶロボットや、半自動運転の車椅子/自動車などは、かなり実現性が高まっていると考えられる
(INO記す)

小生が撮影した「つくばチャレンジ」の風景やロボット達
  スタート地点、走行ルートの遊歩道、ロボット達、周辺の風景(ロケットH-Ⅱが見える)、最後から2枚目のTV取材されているのは完走したヤマハ発動機チーム。

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■「つくばチャレンジ」を報告するHP

公式HP   http://www.robomedia.org/challenge08/

レポート http://journal.mycom.co.jp/articles/2008/11/25/tsukuba/001.html

2008年10月14日 (火)

ロボットの祭典「ROBO JAPAN 2008」を見て(その2)

(その1)では、ROBO JAPAN 2008に参加したロボットのほんの一部しか紹介できていないので、HPのロボット紹介から、私が知っている又は関心があるロボットを拾って、ズラリと写真を並べてみます。皆さんは、どのロボットが好きでしょうか?名前などの詳細はHPの方を参照下さい。

■HPの参加ロボット一覧 http://www.robo-japan.jp/robo/aportalparty/8

■参加ロボットの紹介(INOの独断で抽出)
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Khrs20080821150438P1000133Isobots20080821135434Keios20080922120615S20080829191338Asimos20080825104318

Pleos20080821125109_2

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2008年10月12日 (日)

ロボットの祭典「ROBO_JAPAN 2008」を見て(その1)

<ニュース記事>
「ROBO_JAPAN 2008」(実行委主催)が10月11~13日、横浜市のパシフィコ横浜で開かれる。本田技研工業のヒューマノイドロボット「ASIMO」や三菱重工業の「wakamaru」など技術の粋を集めたものからトイロボットまで、約100体以上が集合。2足歩行ロボットによる格闘大会「ROBO-ONE」も開かれるなど、イベントのタグライン通りに「人とロボットの近未来を体感する3日間」になりそうだ081011sk_robo_01_2    

                        

                        

                          

                           

                          

                           

(以上、ITmediaNewsの記事から引用)

ロボット好きの私としては、早速、昨日10月11日に会場の横浜パシフィコに行ってきた。
著名な方々のセミナーも複数聞いたので、展示会場は見切れていない部分もあるが、大別すると「実用化を目指したサービスロボット」と「ホビー用ロボットあるいは玩具」に二分される。個人的には、人間の役に立つロボットへの興味が大きいが、ホビー用も技術的には実用化ロボットと連続性がある部分もあり、無視できないものがある。

ロボットは日本が生産高約7000億円で世界一と思われがちだが、最近はヨーロッパのロボット売り上げが日本に迫っており、お隣の韓国もロボットに熱心に取り組んでいる。特に生産現場で使われるFAロボットではなく、いわゆるサービスロボットは各国が横一線の感じもするので、負けないように頑張らないといけない。(INO記す)

■ROBO JAPAN 2008のHP
  http://www.robo-japan.jp/robo/aportalparty/1                                                                        
Robojapan2008                          

                                                         

                                       

                                         

                                       

                                        

                                         

                                        

  

■動画  http://www.gizmodo.jp/2008/10/robo_japan_2008.html

                                                         

■会場の写真スナップ(携帯電話カメラ)
写真は、順番に、会場入口、富士通研究所のHOPE君(ボールを見つめている。女の子が制御してボールを蹴る)、マノイ君に神奈川工科大学がソフトを追加してカメラで人間を観察しながら体操を指導、有名なお掃除ロボット「ルンバ」、綜合警備保障の警備ロボット(筑波大の移動ロボット技術を導入している)、慶應大学理工学部の搬送ロボット(安西塾長と今井先生の研究室)、各メーカーのホビーロボット達、セミナーの開会待ち風景)                                                                       

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2008年10月10日 (金)

おめでとう、ノーベル物理学賞(定員3名が全部日本人)

このたび、ノーベル物理学賞の定員3名を全て日本人が受賞した。南部さんが「自発的対称性の破れの発見」で受賞、益川さんと小林さんは「CP対称性の破れの起源発見」で共同受賞。

まず、南部さんは1960年代に「対称性の破れ」理論を初めて素粒子の世界に導入。益川さんと小林さんは、その理論を勉強して、さらに発展させたようである(すみません、私は理解できていません)。特に益川さんは南部さんの論文をしゃぶりつくすほど読んだとのことで、同時受賞を大変に喜んでいる。

ところで、南部さんは戦後間もなく米国に行って数十年研究された所謂頭脳流出組である。一方、益川・小林のお二人は留学は一切していないので純国産のノーベル賞である。純国産での受賞は日本の物理学の発展のためにも、本当に喜ばしいことである。ニュースによると、お二人は対照的な性格らしいが、テレビで拝見すると、ヤンチャな益川さん、温厚な(しかしプライドの高い)小林さん、という感じがする。何れにせよ、微笑ましいコンビだと思う。

自分の話になるが、私は中学・高校時代は物理班に入っていて、高校のときには原子力や核磁気共鳴などに興味を持って勉強していた時期がある。東芝の研究所に手紙を出したら、主任研究員の方から返事が来て恐縮したりした。そんな物理少年の時代があったので、物理と聞くと懐かしい思いと、嬉しさを感じている。なお、物理班の仲間数人のなかで、研究の道に進んだのは、現在名古屋大学で結晶の研究?をしているY教授唯一人である。Yさん、名古屋大のノーベル賞第2弾は無理ですかね?(INO記す)

※10月10日に、純国産ではないが先達である南部さんを追加しました。

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2008年9月 1日 (月)

新幹線開業当時の電車の陸送!

   ―新幹線0系電車と700系電車―080819161 080819552 08081913200 08082905

東海道新幹線が開通時に活躍した「新幹線0系電車」の2番機がこのたび鉄道博物館に寄贈されることとなり、8月28日にJR西日本の車庫から神戸港に陸送されました(注1)

「新幹線0系電車」がこの11月に廃止されるということで(参照)、最近、鉄チャン系のカメラマンが「新幹線0系電車」が運行されている山陽新幹線の特急「こだま」を追いかけているようです(注2)しかし、正確には、山陽新幹線で走っているのはその改良型で、東海道新幹線開業時に活躍していたものとは異なるようです。

また、先日行った鉄道博物館では、東海道新幹線開業時の「新幹線0系電車」は、残念なことに、その頭部しかないのです。

そこで、JR西日本で検査・修繕の練習用として使われていた、「新幹線0系電車」の2番機がこのたび鉄道博物館に寄贈されることとなったようです

亀さんは、鉄道博物館で、新幹線0系電車の頭部の写真東北・北陸新幹線の開業の際に使用された新幹線200系電車の写真を撮ってきました。また、先週、東京駅に行ったときに、新幹線に使用されている最新の電車(700系・N700系)の写真を撮ってきましたので、それらの写真を掲載します。

そう言えば、東海道新幹線開業=東京オリンピックから、もう44年になるんですね。

新幹線0系電車」の引退は、団塊世代の引退と通ずるものがあります。“老兵、消え去るのみ”と言ったところでしょうか…。(記入者:亀さん)

(参照)http://plaza.rakuten.co.jp/kamiike3/diary/20080713/

(注1)それに関する記事:http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2008082700971.html?C=Shttp://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20080828ddm041040145000c.html?C=S

(注2)http://selfpit.way-nifty.com/selfpit/2007/08/post_f736.html

2008年8月27日 (水)

江戸時代の運河・見沼通船堀

    ―閘門の開閉の実演―

国指定の史跡「見沼通船堀」については、このブログの昨年1月8日の記事(注)で紹介しましたが、今日(27日)、その通船堀の閘門(木製の関)の開閉実演がありました。

この通船堀は、太平洋とカリブ海をつなぐパナマ運河と同じ閘門式運河で、江戸時代の1731年に見沼地域と江戸をつなぐために、荒川(隅田川)の支川の芝川と見沼代用水との間に造られたものです。 我が国でも、高瀬川(京都) などとともに、古い時代のもので、国の史跡に指定されています。08082702_3 08082710_2 080827031080827042 08082705 08082706

見沼代用水と芝川の水位差が3mあります。

芝川からの船が一の関を通過すると、一の関の関枠に「角落板」(20cm)10枚入れて一の関・二の関間の水位を上げます。これによって、船は二の関を通過できるのです。(船が二の関を通過すると、二の関で一の関と同じ作業をして、見沼代用水と同じ水位を上げるのですが、その実演はありませんでした。)080827070808270808082709

船が見沼代用水から芝川に下るときは、これと逆で、「角落板」を外していくと、水位はどんどん下がり、芝川の水位と同じになります。

最後の写真を見ると、一の関のところに、水の痕跡がついており、水位差が分かります。

実演には、多くの人が見学に来ており、国指定史跡「見沼通船堀」の保存への理解が深まったのではないかと思いました。

昔の人の優れた知恵に感心した実演でした。(記入者:亀さん)

(注)07.01.08付の記事「見沼通船堀と飛行船」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_cf7e.html

(参照)さいたまの歴史散歩「見沼通船堀」:http://homepage3.nifty.com/hoshino/Tsusenbori/Tsusenbori.html。「もぎたてさいたま情報」(8月13日):http://www.scvb.or.jp/mogitate/2008/08/tsusenbori08.html

2008年8月22日 (金)

中高生時代の通学手段と思い出

   ―大宮の鉄道博物館に行って―080819031 080819041 080819281 08081920 08081973 08081919

今週初め、孫を連れて、大宮(さいたま市)の「鉄道博物館」(注1)に行きました。JR東日本が創立20周年記念のメインプロジェクトとして建設し、昨年の10月に開館したもので、開館半年で100万人(休日1万人、平日4千人)の入場者を記録した、人気スポットです。

JRとニューシャトルを乗り継ぎ、10時の開館直前に到着すると、既に千人以上の行列が出来ていました。ただ、入場は、Suica(PASMO、ICOCA)が使えるので、スムーズでした。

博物館は、ヒステリーゾーンの実物展示やミニ列車運転・運転手ミレーターなどの体験ゾーン、模型鉄道ジオラマ、キッズコーナー、ミニシャトル列車などがありました。

本来は、孫のために行ったのですが、2歳の孫は、展示されている電車や機関車の実物に殆んど興味を示さず、キッズコーナーにある鉄道模型や模型鉄道ジオラマ(注2)に興味を示しました。

むしろ、亀さんにとっては、中高生時代に通学で乗った呉線の列車を牽引したC51蒸気機関車やキハ11形式の気動車(ディーゼルカー)、さらには、朝、通学途中でよく見たブルートレイン(特急「あさかぜ」)に遭遇して感激しました。(INOさん! INOさんの通学路線の山陽本線(注3)は、昭和37年の電化以降、湘南型電車(国鉄80系電車)でしたね。)

亀さんは、朝6時36分発の蒸気機関車牽引の列車に乗って、広島のS中・高に行き、広島発16時45分の気動車に乗って帰るのが、中高生6年間の日常でした。今は亡き初恋の人も同じ列車で広島の女子中・高に通っていました。(最初の頃は隣り合わせに立って、時々、数学を教えてあげるのが、亀さんの至福のときでしたが、大人に冷やかされて、別の車両に乗るようになりました。)

孫が模型に熱中する合間に、中高生時代の思い出に浸った亀さんでした。(記入者:亀さん)0808194416 0808194113 08081943152    08081978080819251080819711

(写真)上順に:ニューシャトル、鉄道博物館に入場する人の列、ヒステリーゾーン、C51蒸気機関車、キハ11形式の気動車、特急「あさかぜ」。下順に:模型鉄道ジオラマ(開始前・夕景・夜景)、一号機関車、弁慶号、ミニ運転列車「はやて」

(注1)鉄道博物館のHP:http://www.railway-museum.jp/top.html

(注2)日本一大きいHOゲージ模型鉄道ジオラマだそうです。

(注3)山陽本線には、「瀬野八」という急勾配があり、列車の最後尾に補助の機関車が連結され、後押ししていました。昭和37年の電化以降も、貨物列車は補助の電気機関車が後押ししていました。

(追記)シェリーさんのコメントで、貨物列車用のD51形蒸気機関車(デゴイチ)のことが書いてありました。そこで、D51の頭部(鉄道博物館では、入口正面に、その頭部が飾られているだけ)の写真を追加します。あわせて、「貴婦人」と称されているC57形蒸気機関車とブルートレインを牽引していたEF66形電気機関車の写真も追加します。08081906 08081914f 0808195257

2008年7月13日 (日)

iPhone狂想曲とアップル社

7月11日(金)に「iPhone」が売り出された。買いたい人が長蛇の列で、あっという間に売り切れたらしい。実は、私も仕事を終えて買いに行こうと考えていたけれど、夕方にインターネットで確認すると、当日分はすでに完売と判明。あきらめて、皆と飲みに行った。

iPhoneは、いわば、「携帯電話+iPod+超小型PC」のような機能であるが、ボデイや操作画面の美しさと、指でページ捲りや写真拡大縮小が出来るなど、洒落た機能が人々を惹きつけている。

思えば、iPhoneを開発したアップル社は、30年くらい前のPC揺籃期に「Macintosh(1984年発売)」という先進的でお洒落なマシンを出した。計算機好きの人種には、憧れのマシンであった。たとえば、今では当たり前の機能である「アイコン」はMacintosh(1984年発売)が初めて本格的に使った。しかも、美術の専門家に頼んで美しいアイコンを作った。会社のロゴである「齧ったリンゴ」と社名アップルは、ビートルズに心酔していた創業者達が選んだ。「技術の天才、スティーブ・ウォズニアック」と「製品センスの天才、スティーブ・ジョブス」の連携で成功の歴史を開いた。

スティーブ・ジョブスは、今も健在であり、アップル製品の高性能、スマートさとお洒落さは、約30年前のMacintoshから現在のMac,iPod,iPhoneと脈々と続いているのは凄いことであるsign01

(INO記す)

写真の説明:Macintosh、iPhone、スティーブ・ジョブス、Mac

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2008年6月 1日 (日)

米国のロボット事情

米国のロボット最新動向を知る一つの手段として、ブログ「GetRobo Blog」がある。http://getrobo.typepad.com/getrobo_blog/

元日経関係の米国駐在員だった影木さん(女性記者)が、シリコンバレーに居ついて、ロボットを専門に取材し、ブログや講演で情報発信している。海外企業や日本企業のロボットの状況と、市場の評判も聞ける。最近見た、面白い記事を紹介する。

※GetRoboBlog記事を見る前の補足説明(INO記): 

1)Willow Garage社とは、昨年からロボット業界で注目されている「米国の新興ロボットベンチャー」。桁違いの富豪がスポンサーで資金の心配は無用らしい。

2)アイロボット社は、日本でも有名になっている「お掃除ロボット・ルンバ」を制作販売している会社。全世界で200万台を売っているらしい。でも、地雷探査ロボットを国防総省予算で開発し、その技術を使っているはずなので、日本メーカーからみるとハンデがある。ルンバは、国内のデパートでも売り始めている。土曜日に行った玉川高島屋でもルンバを売っていた。例によって携帯電話で撮った写真を下に示す。200805312020000 200805312133000

                           

                        

                        

                        

ーー以下は「GetRoboBlog」から転載ーーー

■Willow Garage - 最新情報

 ロボットの国際会議「ICRA」で、久しぶりにWillow Garageのスティーブ・カズンズ社長兼最高経営責任者(CEO)に会った。同社については以前書いたが、最近、組織変更をしたという。

 もともと、家事や高齢者介護などで役立つパーソナル・ロボット、自律型無人ロボット車、そして無人で1年間、航海できるロボット船の開発、という3つのプロジェクトに取り組んでいたが、このほど「パーソナル・ロボットのプロジェクト1本に絞ることにした」(カズンズ社長)。「難しい決断だったが、会社がまだ小さいうちは、1つに集中するほうが良いと判断した」と言う。これまで無人ロボット車、ロボット船の開発に携わってきた技術者は当面、そのまま社内にとどまり、パーソナル・ロボットの開発にシフトする。

 今年の夏に予定されていたロボット船の進水式を楽しみにしていたので残念だ。船は大学に寄贈されたそうだ。

■アイロボットの人事

 アイロボット社の家庭用ロボット事業部門のトップ、Sandra Lawrence氏が同社を辞めるという。同社が今日、発表した。プレスリリースはここ

 家庭用ロボット事業を拡大するために、ポラロイドやジレットで経験を積んだコンシューマー製品のプロとして同氏がアイロボットに招かれたのは昨年の4月だから、わずか1年ちょっとしかもたなかったことになる。しかもプレスリリースの書き方から、これは彼女が辞めさせられたに違いない。通常、本人の希望で退社し、会社側ができれば引き留めたかったような場合には、プレスリリースにはその人の会社における功績などを書き連ね、「誠に残念」みたいな文言が入るからだ。このリリースにはそのような形跡がない。

 なにがあったのだろう。興味津々。アイロボットは2週間前にCFO(最高財務責任者)もすげ替えているし、社内の混乱がうかがえる。

 このところアイロボットにとってはうれしくないニュースばかり。同社の自走式掃除ロボットの主要顧客だった小売チェーンのLinens 'n Thingsがチャプターイレブンを申請(経営破たん)する、その結果、今期の業績を下方修正する、などなど

■ロボットの国際会議 ICRA 2008

 ロボットの国際会議 ICRA 2008 を取材して来ました。記事は ROBOT WATCH に掲載されています。盛りだくさんの会議を1人でカバーするのは本当にたいへんでしたが、楽しかったです。

 先日書いたHOAP-3とPONGをして、無惨に負けました。私の後ろにいる黄色いTシャツの方はYouTubeのビデオで有名になったEric Sauserさんです。(写真の女性が影木さん)

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■富士通のHOAP、オムレツ作りを学ぶ

 富士通オートメーションの小型ヒューマノイド・ロボット、「HOAP-3」がオムレツ作りを学ぶ過程をYouTubeで見ることができる。Loving the Machineを通じて知った。短いバージョンのビデオがこれ。音楽が楽しくて良い。

http://getrobo.typepad.com/getrobo_blog/2008/05/hoap.html

(INO記す)

亀さんちの紫陽花は赤紫色!

 ―雨の中で健気できれいに咲く!―08053101 08053104 08053102 08053103

東京は、昨日も雨! 8週連続で、雨の土曜日でした。そして、天気予報によると、もうじき、梅雨入りようです。
この頃の雨に似合うのは、紫陽花の花で、各地の庭園や寺社などからは紫陽花の開花の便りが届いています。

亀さんちには、地植えの紫陽花が2株、鉢植えの紫陽花が1株ありますが、その紫陽花も、先週くらいから咲き始めました。昨日も、冷たい雨の中で震えながら、健気に可愛い花を咲かせていました。

地植えの紫陽花は、以前住んでいた宿舎近くの人が栽培していた紫陽花がきれいだったので、挿し木をしてその宿舎の花壇で栽培していたもので、15年前に今の自宅を建築したときに移植したものです。亀さんたちと20年以上の付き合いになります。

鉢植えの紫陽花は、数年前に、当時の新しい園芸品種(多分「墨田の花火」)を近くの園芸店で購入したもので、今は開花し始めたばかりのつぼみですが、もう少しすると、白色の花が花火のように咲くのです。

なお、地植えの紫陽花は、最初、鮮やかな赤紫色をしていたのですが、移植後、淡い青色なり、奥さんは残念がっていました。昨年、植木屋さんの助言で、根元に石灰を撒いたら、今年の花は、赤紫色になり、昔の色に近づいてきました。
紫陽花の花は、土壌の土壌の酸性度により、赤(アルカリ性)~青(酸性)に変化するようです
(注。下の写真)まるで、昔、理科の実験で使ったリトマス試験紙のようです。(記入者:亀さん)
(上の写真)順に:亀さんちの地植えの紫陽花、鉢植えの紫陽花(「隅田の花火」)、地植えの紫陽花(接写2葉)。(下の写真)昨日散策した国会前庭の淡青色の紫陽花とピンクの紫陽花
(注)「あじさいの不思議」:
http://www.kasaya.net/ajisai/1_ajisai/ajisai_4.html08053006_2 08053005_2

2008年5月31日 (土)

「缶つぶし名人・阿部さん」からのご挨拶

NHKテレビ「熱中時間」に「缶つぶし名人」として出演して、一躍有名人の一人に仲間入りした「阿部さん」から、『気まぐれ読書日記』筆者としてご挨拶が届いた。テレビ出演は、結構大変な時間を取られるようで、そういえば読書日記の配信が止まっていた気もするが、そのお詫びである。                                                   

ーーー以下は阿部さんからのメールーーー

各位

『気まぐれ読書日記』をご愛読の皆様へ。

月刊化連続40回をお届けしたところでNHKから番組出演のお誘いがありました。薬丸裕英さん司会の人気番組「熱中時間」です。その撮影に約2ヶ月かかってしまいました。

すでに衛星ハイビジョンなどは終わりましたが来月4日(水)夜10時45分から総合で放送があります。間もなく海外でも放送されます。タイトルは「缶つぶし?」読書とか本とかでないのが、残念ではありますが一応、主役ですのでご笑覧を。

    缶つぶし熱中人より

<補足:INOより>

1)文中で「月刊化連続40回」とあるのは、従来は文字通り、気まぐれに書いていたのを、定期的な月刊化を目指した、ということである。ブログで途中が抜けたら、転載担当者の私がさぼったのがバレテしまうわけである。そのうち、ご本人が投稿してくれるはずだが。

2)文中で「総合」とあるのは、NHK総合テレビのことである。今回、再撮影して新たな工夫がされているようなので、もう一度見ることにしたい。皆様も再度ご覧ください。

(INO記す)

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2008年5月14日 (水)

缶つぶし熱中人・阿部さん!!

 ―NHKハイビジョン「熱中時間」に出演!―080513011 080513022

先日、このブログで予告したとおり(参考)阿部さん及び彼が考案した「缶つぶしゲーム」がNHKハイビジョンテレビの「熱中時間」にとりあげられ、昨日(13日)の22:20頃~22:44の約25分くらい放映されました。

「缶つぶしゲーム」のルールは、三角形の底辺部分に足を揃えておき、三角形の頂点に置いたビールの空缶を一気に潰すというものです(下の写真上段左)
潰した空缶の(高さ×2+幅)の値を競い、その値が小さい方が良いのです。その測定器もあるようです。阿部さんは、昨年まで世界記録保持者でしたが、その記録は破られ、現在の世界記録は106ポイントだそうです。(下の写真上段右)

一見、簡単なゲームに見えますが、良い記録を出すためには、タイミング、力加減、靴底の構造等、色々な要素が関係するようです。

今回は、東京理科大工学部の陳教授が科学的に分析し、理論的には99.9ポイントまで可能という結果を得る(下の写真中段)とともに、フォームの映像分析で阿部さんの欠点も発見された。

そして、阿部さんが記録に挑戦し、記録更新なるか?というストーリー…。

テレビを見て興奮する亀さんの隣には、「オトコたちはこんなことに熱中する、なんと可愛い生き物だろう!」というような目?をした冷静な奥さんがいました。

昨日、見逃した人は、NHK衛星第2やNHKハイビジョンの再放送でご覧下さい。
   NHK衛星第2: 5月15日(木) 夜7時45分~8時29分
   NHKハイビジョンの再放送:
             5月19日(月) 昼12時~12時44分
(阿部さんに代わり、亀さんが記載)
(参考)http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_0d0f.html080513044080513055 080513066 080513077  080513033 080513088

2008年5月 9日 (金)

科学の目で「缶つぶしゲーム」を分析!?

―阿部さん、NHKテレビに出演!!(予告)―07120905

阿部さん」は、仕事以外に文筆、シーカヤック等の趣味が豊富ですが、「アルミ缶つぶしゲーム」を考案し、「国際CANつぶし協会」(注1)会長を努めるなど、「仕事以外人間?」で、その関係で、テレビや新聞で何度も取りあげられています(注2)

の「阿部さん」が、「缶つぶし熱中人」として、天下のNHKテレビ(衛星ハイビジョン・衛星第2の「熱中時代」)に出演します。(番組のHP:http://www.nhk.or.jp/nj/
放送日は、NHKハイビジョンが
       5月13日(火) 夜10時~10時44分まで
       (再放送)
       5月19日(月) 昼12時~12時44分まで
       NHK衛星第2が
       5月15日(木) 夜7時45分~8時29分まで です。

「阿部さん」本人の弁によると、「番組は『元・世界記録保持者タイトル奪還成るか』という筋書きですが、『科学の目』で見たゲーム分析も見どころです。それと衛星ハイビジョン放送なので、記念碑的な作品と自負しております。」とのことです(注3)

亀さんも見るつもりですが、興味のある人は是非ご覧下さい。(記入者:阿部さんに代わって亀さん)
(写真)NTVの「ぶらり途中下車の旅」の映像
(注1)国際CANつぶし協会(略称ICCS)のHP:
http://homepage3.nifty.com/ICCS/index.html
(注2)日経新聞2006.12.12朝刊44面:
http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_d70f.html、NTVの「ぶらり途中下車の旅」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_7ec5.htmlなど
(注3)「阿部さん」の友人宛のメッセージ(全文):「080509tabe.doc」をダウンロード

2008年4月28日 (月)

何歳になっても東京タワー

最近、東京・芝公園にある機械振興会館にある某工業会に用事があって訪問した。実は機械振興会館の、道路を隔てた向かい側には東京タワーが聳えている。

小生は幾つになっても、東京タワーに何となく憧れなのか愛着なのか判らないが惹かれるところがある。思わず携帯電話のカメラで写真を撮ったのが下の写真である。東京タワーは背が高すぎて、遠ざかりながら何度も写し直さないと全景は入らなかった。 ついでに、夜に来た時に写した写真を並べてみる。(INO記す)

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2008年4月25日 (金)

霞が関ビルは40周年!

 ―日本の高度経済成長のシンボル―080420151_3   080420162_2 080420173_2

先日、東京メトロ虎ノ門駅の出口に「霞が関ビルディング40周年。」の三枚のポスターが掲示してありました(上の写真)霞が関ビルは、先日、40歳の誕生日を迎えたのです。

これを知って、亀さんは、感慨深いものがありました。

霞が関ビルがオープンしたのは、亀さんが大学生であった1968年(昭和43年)4月18日でした。

思い起こすと、亀さんが高校生のとき(1964年)に東京オリンピックがあり、これにあわせて、首都高速道路が整備され、オリンピック直前に東海道新幹線が開業しました。

大学生になって東京に来て見ると、銀座こそきらびやかな「東京」でしたが、新宿、渋谷、池袋、新橋などは戦後の闇市の残滓を残していました。特に新宿西口は(淀橋)浄水場の跡地で何もありませんでしたし、国道246号(青山通り)にはほとんど車も走っておらず、一番大きなビルは輸入食材・スーパーの「紀ノ国屋」のビル(多分2階建?)だったのです。(因みに、1962年までは、日本では、建築物については高さ31m制限がありました。)

このように、「東京オリンピック」の成功で、日本は「先進国の仲間入り」と言われていましたが、都市整備という点では、まだまだ戦後からは脱し切れていませんでした。

その後、高速道路も、名神・東名の都市間高速道路の整備が進み、都市内でも、建築物の整備が進んで、ついに地上36階、地下3階、高さ147mの「霞が関ビル」が完成するのです。

翌年には、この「霞が関ビル」の建築をテーマにした映画「超高層のあけぼの」東映配給、出演:池部良、木村功、新珠三千代、佐久間良子、田村正和など。注1)も全国の劇場で公開されました。

亀さんは、苦学生でしたが、高い入場料を払って、「霞が関ビル」の36階にあった展望台に昇り、下を歩く人や車が蟻や模型のように小さいことに感動し(注2)、また、映画を見て、日本の技術力の素晴らしさに感激したことを今でもはっきりと覚えています。

今でこそ、多くの超高層ビルの1つにしか過ぎず、他のビル群の中に埋没しそうな「霞が関ビル」ですが(注3)当時は、日本の経済発展の象徴として仰ぎ見ていたことを今でも思い出し、このビルが日本の経済成長と共に歩んだ40年間に色々な感慨にひたる亀さんでした。(記入者:亀さん)0804201808042201

(注1)http://www.kajima.co.jp/news/digest/jan_2005/kajimakiko/kiko.htmhttp://home.f05.itscom.net/kota2/jmov/2002_03/020302.html

(注2)亀さんの記憶違いでなければ、今のように沢山の超高層ビルの時代では考えられないことですが、「その展望台から皇居を見下ろすのは失礼(不敬)である」との声があって、皇居側は見られないようにしてあったと記憶しています。

(注3)昨年10月9日付け「霞が関ビルが3本になったか?」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_f7e4.html

2008年4月20日 (日)

素晴らしきインターネットとブログ

~その技術の歴史について~

我々が、日頃、水道や電気のように便利に使っているメール、WebやIP電話は、インターネットプロトコル(IP)技術の賜物であることはご、皆様承知の通りである。しかし、IP技術が我々の生活に直接に関わり始めたのは、近年になってからであり、その変化の早さには感慨を覚える。

実は、私は30数年前に通信&情報の某メーカに入社して以来、交換機開発を初めとしてネットワーク関係一筋だったが、仕事の経歴を振り返ると、IP技術が世の中に浸透してきたのが良く判る。IP製品がビジネスのなかで目立ち始めたのは20年前頃からであり、IP製品が従来技術の製品を凌ぎ始めたのは10年前頃からである。特に、交換機がアナログ交換機⇒IP交換機⇒SIPサーバー(所謂IP電話用)と変わったのは劇的であった。NTTも何年か前に従来型交換機の新規増設は止めてしまった。

インターネット白書2006年http://www.iajapan.org/iwp/)によると、インターネット世帯普及率57.3%、ブロードバンド世帯普及率41.4%である。また総務省報道資料によるとブログ登録者数は868万人(平成18年3月末)である。我々は、この中の一員なわけである。

ところで、皆さんのブログは、ニフテイやヤフーなどのISP(インターネットサービスプロバイダ)提供のブログを使われていると思う。ISPが用意したブログ枠を選んで、コンテンツ(文章、写真など)を登録すれば自動的に美しいブログになって公開されている。実は、所謂ホームページ(HP)やブログの作成が、現在のように簡単になったのは最近2年くらいのことである。以前はHP作成はHTMLという専用言語で書く必要があり、専門家しか作成/更新が出来なかった。その結果、会社や諸機関のHPは一度作ったら何ヶ月も変わらない看板のようなものが多かったわけである。しかし、近年になって「HPの見栄えを決めるデータと、コンテンツのデータを分離する方式」が出来て、見栄えを決めるデータは専門会社が作り、コンテンツはワープロ感覚で素人でも更新できるようになった。これでブログのように毎日でも内容更新が可能になった。(注1)

さらに、ブログは次の特長により、個人による情報発信を可能とする、革命的なコミュニケーションツールとなっている。Web上では個人と企業が対等になってしまうのである。

1)ブログツールにより、容易に記事の作成/更新が出来る。またツールよって自動的に作成されたHPデータは、サーチエンジンから見て最良の構造となっており、SEO効果(検索結果の上位に出る)が高い。

2)コンテンツの管理機能があり、読者またはライタ本人にとって、最新記事や分類された記事へのアクセスが容易。

3)コメント、トラックバック機能で双方向の交流が可能。これにより、同好の志のネットワーク作りが容易。強力な口コミ効果があり、例えば亀さん(本ブログの共同ライタ)の「小説:散るぞ悲しき」と「映画:硫黄島」記事の爆発的トラヒック(従来のアクセスの5倍以上)の様子を見ると、ブログは映画や本などへの口コミに相当な影響力があると思える。

4)昨年からブログの特長を活かしてビジネスへの活用も増えてきた

以上のお話が皆様のご参考になれば幸いである。私も、今後ともインターネットとブログを楽しもうと思う。

                                  INO記す               

ーーーーーー

(注1)この方式は、米国のシックス・アパート社が開発したMovableTypeというブログシステムが代表的。日本ではニフティのココログが草分けで最初に採用した。なお、この方式はビジネス用のブログでも使われており、Webマーケテイングのツールともなっている。

(注2)この記事は2007年1月に書いたものです。

2008年3月29日 (土)

呉で世界最大のタンカーを見た

~小学校時代の思い出~

亀さんが広島県呉市の話をしていたが、呉と聞くと造船の話をしたい。実は、呉は母の実家があり、母の兄弟親戚も多く居るが、特に母の兄は造船技術者として大きな実績を残した。私が技術系に進んだのは、母の兄(以下、叔父さん)の影響が大きいかもしれない。

叔父さんは、戦争中は呉の海軍工廠で技術少尉であったが、戦後はそのまま呉の播磨造船所(後に⇒ナショナルバルクキャリヤNBC⇒石川島播磨重工業)に勤めた。思い出すのは、私が小学校3年生のときに、世界最大のタンカーを建造し進水式をするので見に来なさいと言われ、母と一緒に進水式に行った。そのとき叔父さんは技術部長で、所長はSさん(後にNTT総裁になる)であったが、Sさんから「坊や良く来たな」と頭をなでられた。タンカーの先頭から末尾まで走った時に、学校の運動場よりも大きいな、と思ったのを覚えている。

ところが、小学校に戻って「世界一大きなタンカーに乗った」と言っても、「日本が世界一の船を作れるはずが無い」と誰も信じてくれない。先生までもが信じてくれなかったのは悲しかった。戦艦大和を作った日本の力を忘れたのか 敗戦国の自信喪失か?

いささか記憶も薄れたので、インターネットで確認したら上記は間違いの無い事実であり、建造したタンカーの名前はユニバース・アポロであった。調査した資料を次に添付する。日本の造船技術を誇りにし、今後も大事に育てていこう

(INO記す)

※お詫び:この記事は2007年春に書いた記事ですが、評判が良くて、今でも毎週数件はアクセスがあるので再掲しました。(実は、亀さんが治療中のための、記事不足を補う面もありますが)

     

■以下は調査資料

<石川島播磨重工業の呉造船関係の歴史>

 旧呉造船所

  • 1945年 - 株式会社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
  • 1952年 - 米ナショナル・バルクキャリア(NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
  • 1954年 - 株式会社呉造船所、播磨造船所から分離設立。
  • 1958年 - 世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」就航。
  • 1962年 - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。

 石川島播磨重工業

  • 1960年 - 石川島重工業株式会社と株式会社播磨造船所が合併し石川島播磨重工業株式会社設立。
  • 1966年 - 世界初の20万トン級タンカー「出光丸」就航。
  • 1968年 - 石川島播磨重工業株式会社、株式会社呉造船所を合併。

<呉造船での世界最大級タンカー建造>

●海軍のハイテク技術を生かした世界最大級タンカー
 海軍工廠のハイテク技術を享受した呉では、造船分野において特にその技術の高さを発揮し、次々と世界最大級のタンカーを生み出した。昭和27年に進水式を行った「ペトロ・クレ」(3万8千重量トン)を皮切りに、昭和33年の世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」、昭和46年の「日石丸」、昭和47年の「グロブティック・トーキョー」、昭和49年の「日精丸」など、世界最大の記録を次々と塗り替えた。http://www.city.kure.hiroshima.jp/mitekure/mite01_04.html

造船船舶記念碑(戦艦大和関係) http://www.itsukushima.net/PROFILE/Memory/YAMATO/20060327/003.htm

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2008年3月28日 (金)

桜並木を自転車通勤

~今朝の桜並木は8~9分咲き~

自宅から駅までは自転車で通っているが、春の季節の楽しみは、桜並木の下をゆっくりと走ることである。この並木は、夏には美しい緑の並木となり、風を切って走るのも気持ちが良い。

今朝は、桜は8分から9分咲きで、週末には満開になるであろう。余りに花が見事なので、自転車を止めて、携帯電話カメラでパチリと撮ったのが下の写真である

土曜・日曜には、この並木に、地元の商店街の皆さんがお店を出して、今年も多数の見物人で一杯になるだろう。自分も見物に来るのが楽しみである。  (INO記)

※追伸:亀さんから、今日(金曜日)も大きな副作用は無く順調との連絡あり。亀さん、治療から復帰したら、約束の写真撮影旅行をやろうね。

※追伸2:冬から春間近になった頃、この並木を走るときに思わず呟くメロデイーがある。それは、名曲(キャンディーズの春一番の)♪もうすぐ春ですね~♪ http://www.youtube.com/watch?v=3rad1Ve4ZZU

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2008年3月27日 (木)

亀さんのチャレンジの成功を祈る

亀さんから、今回の「C型肝炎の新治療法開発への治験参加」の話を聞いたときに、副作用の危険が心配で反対した一人です。しかし、新しい治療方法の開発に協力するだけでなく、上手くいけば本人のウイルス根絶の可能性もあると聞いて、今回の亀さんのチャレンジに賛成しました。亀さん本人も、いろいろと迷ったと思いますが、私も成功を信じて応援しています。

亀さんは、これまで毎日のようにブログを書き、また多くの方とコメントを通しての会話を楽しんでいたので、そのペースが落ちることを残念に思っているでしょう。亀さんの記事を楽しみにされていた方には、申し訳ありませんが事情ご賢察のうえ、暫くはペースが落ちることをご了解ください。なお、私がブログを書く頻度は、週末に1~2件の記事を書くのが精々で亀さんには遠く及びませんが、私も工夫してブログが寂しくならないように極力頑張りますので、よろしくお願いします。

幸い、亀さんから昨日届いたメールによると、今のところは副作用も大きくなくて、良い滑り出しのようです。桜も週末には満開になるでしょうし、楽しく治療が進むことを期待したいと思います。

亀さん、頑張れ!! 

( INO記す)

亀さんのチャレンジの成功を祈る

亀さんから、今回の「C型肝炎の新治療法開発への治験参加」の話を聞いたときに、副作用の危険が心配で反対した一人です。しかし、新しい治療方法の開発に協力するだけでなく、上手くいけば本人のウイルス根絶の可能性もあると聞いて、今回の亀さんのチャレンジに賛成しました。亀さん本人も、いろいろと迷ったと思いますが、私も成功を信じて応援しています。

亀さんは、これまで毎日のようにブログを書き、また多くの方とコメントを通しての会話を楽しんでいたので、そのペースが落ちることを残念に思っているでしょう。亀さんの記事を楽しみにされていた方には、申し訳ありませんが事情ご賢察のうえ、暫くはペースが落ちることをご了解ください。なお、私がブログを書く頻度は、週末に1~2件の記事を書くのが精々で亀さんには遠く及びませんが、私も工夫してブログが寂しくならないように極力頑張りますので、よろしくお願いします。

幸い、亀さんから昨日届いたメールによると、今のところは副作用も大きくなくて、良い滑り出しのようです。桜も週末には満開になるでしょうし、楽しく治療が進むことを期待したいと思います。

亀さん、頑張れ!! 

( INO記す)

2008年3月25日 (火)

亀さんのC型肝炎と今回の治験

―C型肝炎の新しい治療法の開発に協力(2)―08032006photo_41_4

突然の入院でしたので、「どうして、あんなに健康然としている亀さんが入院したのか?」との疑問を持たれるむきがありますので、多少、詳しくご報告いたします。
ただし、C型肝炎及びその治療等に興味がある人のみ、お読みいただければ結構です。

亀さんのC型肝炎感染原因》
C型肝炎の感染原因は、血液感染で、輸血や手術などがあり、最近では、血液製剤の投与による感染がC型肝炎訴訟となり有名です。亀さんの感染原因はよく分かりませんが、多分、小さい頃の予防注射や病気のときの注射の際の注射針からであろうと思われます(注1)
なぜなら、亀さんは、輸血や手術を全く経験しておらず、一方、亀さんが小さい頃は予防注射などの際に1回ごとに注射針の交換を行わなかったので、注射針からの感染の可能性が高いようです。(ということは、亀さんの場合、C型肝炎ウィルスの感染から発病(46歳)までは約35年間ということになります。)
亀さんの今までのC型肝炎の治療》
亀さんは、高校の同期生であるC型肝炎治療の権威Ⅰ教授に相談し、Ⅰ教授の研究仲間のT病院のK先生のインターフェロン治療を受けることにして、「α-インターフェロン」の投与(皮下注射)を受けましたが、結果は、極度の副作用(強いうつ症状など)のため、その投与を中断せざるを得なくなり、C型肝炎ウィルスの排除に失敗しました。
その後の治療は、根治を目的にするものではなく、対症療法的に肝臓の悪化を防止するための「強力ミノファーゲンC」100ccを週3回注射(静脈注射)し、「ウルソ錠」の服用を続けている。
亀さんのC型肝炎の状況》

亀さんのC型肝炎の状況は、発病時の一時期に肝機能の数値が正常値を僅かにオーバーした状態になっただけで、現在もウィルスが体内に存在するものの、GOT、GPTとも正常値を維持しており(注2疲れやすい」等、肉体的になんらの支障はありません。つまり、通常通りの勤務を続けているのはもちろん、月数回の登山(昨夏は槍ヶ岳登頂)を楽しんでいるくらい、元気です。
《今回の治験の概要》
今回の治験は、
ウィルス量が多く、うつ症状等で「α-インターフェロン」の投与が困難である等の要件に該当するC型肝炎患者に対して、
行うものです。亀さんは、過去の「α-インターフェロン」の投与の際に、症例がほとんどないほど極度の副作用があらわれたわけですから、非常に適当な治験対象者であり、参加・協力を要請されたものです。
約11ヶ月、副作用の少ない「β-インターフェロン」の投与(静脈注射)と色々なウィルスを減らす効果のある「リバビリン」カプセルの服用を併用して、うつ症状等の副作用のある患者にも可能な治療法を開発することにあります。
《最後に》

今回の治験への参加に際しては、
主治医・治験コーディネーターの意見のほか、高校同期生のⅠ教授の意見、家族、職場の先輩・同輩・後輩等の意見を参考に、自らの判断で、参加を決断しました。

現在の病状が正常値を維持しているので、「副作用も発生する可能性のある治験に参加することは危険ではないか?」との強いご助言もあり、また、自らもその副作用に対する怖さもありますが、C型肝炎患者の新しい治療法の開発に役立つこと、自らの根治の可能性へのチャレンジとなること等の理由で、参加したいと思っています。(記入者:亀さん)
(注1)亀さんがC型肝炎であることが分かったのは、肝臓の調子が悪かったからではなく、胃痛の検査の際の血液検査で「肝機能が低下している」との指摘があり、「酒の量を減らすように!」との指導があったのですが、亀さんは「酒が飲めないのですが…。」と答えたところ、「最近、C型肝炎ウィルスが発見されたので、保険は適用されませんが、検査しますか?」と言われて、検査の結果、C型肝炎ウィルスに感染していることが分かったのです。
(注2)今回の治験に参加するに際して、「強力ミノファーゲンC」の注射及び「ウルソ錠」の服用を2ヶ月中止した結果、現在は、正常値を1~5程度オーバーした。

2008年3月24日 (月)

亀さんの入院 《お知らせ》

―C型肝炎の新しい治療法の開発に協力(1)08032006photo_41_3

亀さんは、C型肝炎の新しい治療法の開発に協力し、そのための治験(臨床試験)に参加するため、今日(3月24日)から1ヶ月間、C型肝炎治療では全国最先端の都内T病院に入院します。(退院後も、治験に係る治験薬の投与は通算11ヶ月行われます。)

従って、亀さんによる本ブログの更新は、この入院中、公開時間を指定してあらかじめ投稿していたものを除き、週1~2回程度になります。また、コメントを頂いた人に対するお答えすることが困難となることと存じます。亀さんの記事を愛読していただいている人には申し訳ございませんが、ご理解下さい。

なお、この入院は、亀さんの病状の悪化によるものではありませんので、ご安心下さい。さらに、この治験により薬剤の副作用もありうるのですが、副作用があらわれた場合には直ちに治験への参加を中止することとしておりますので、ご安心下さい

亀さんのC型肝炎の状況と今回の治験の内容については、明日、ブログにて報告いたします。(記入者:亀さん)

2008年3月 7日 (金)

キャッシュレス時代の本格到来!

―亀さんの乗るバスもパスモが使える!―080228051080304012
昨年の3月18日から首都圏のほとんどの電車とバスに 利用できるICカードのパスモ(PASMO)が導入されました(注)

亀さんが通勤で使う地下鉄や時々使うJR、都電、都バスにはすぐ導入されましたが、亀さんの居住地周辺のバスはその導入が遅れていました。

その導入当時、亀さんは、地下鉄通勤定期券、バス共通カード、パスネット(私鉄の共通カード)、スイカ(Suica:JR東日本のICカード)枚を使い分けていましたが、現在は、PASMO定期券とバス共通カードの2枚になっています。即ち、PASMO定期券ですと、ワンタッチで改札口を通過でき、乗り越しの精算も改札口ででき、そのうえ、スイカとも相互利用できるので、JRでも、また、コンビニなどの支払いにも使えるので、バス共通カード以外の3枚の機能を1枚に集約しました。
今回、2月末から、亀さんの乗るバスにも、パスモが導入され、パスモ1枚あれば、亀さんが通常乗る乗り物すべてに乗ることが出来るようになりました。少なくとも、乗り物については完全にキャッシュレスのシステムが完成しました。

亀さんは、約20年前、アメリカの駐在員の友人が僅か1000円程度のレストランの支払いをクレジットカードでしたのに驚きました。その時、その友人は、「アメリカは支払いはカードでするんだよ。日本もいずれキャッシュレスになるよ。」と言いました。
その亀さんも、今では、買い物などの支払いをクレジットカードですることが多くなり、乗り物もパスモ1枚で済ますようになり、現金を使わないことに慣れてきました。
このように、システムとしてキャッシュレスが進むとともに、使う側の意識上でもキャッシュレスが進んでいるのです。まさに、「キャッシュレス時代の本格到来」です。

もっとも、バス共通カードは、5000円券で5850円分の乗車が可能ですので、亀さんは、バスへのパスモ導入後もバス共通カードも使うつもりです。(記入者:亀さん)
(注)昨年3月20日のブログ「PASMOのサービス開始」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_7daf.html

2008年2月24日 (日)

下町・深川門前仲町と文化財探訪

  ―深川不動堂・富岡八幡宮・旧弾正橋―08022301 08022302 08022303 08022304

昨日は、亀さんの奥さんが人形町に生地を買いに行くというので、亀さんは、人形町の隣りの深川門前仲町に、下町と文化財の探訪に出かけ、途中で奥さんと合流して、日本橋・銀座の下町・伝統・文化の探索に出かけることにしました。

まず、最初に行った深川門前仲町は、富岡八幡宮と深川不動堂の門前町で、東京の下町としての良さと賑わいを残しているいい町です。また、俳人松尾芭蕉や近代日本地図の始祖である伊能忠敬にも縁の深い町です。
深川不動堂は、成田山新勝寺の東京別院(出張所)
で、歴史的には江戸時代は富岡八幡宮の境内で成田不動尊像の出張開帳をしていたことを起源にし、江戸時代には錦絵に描かれるほどの人気であったようです。参道には、アサリのぶっかけめしの「深川めし」の店もあり、相当の賑わいでした。亀さんは、深川不動堂で、「身代わり亀鈴」とネズミの「干支壽鈴」を買って、招福を祈りました。
また、富岡八幡宮は、江戸最大の八幡宮で、江戸時代には将軍家の手厚い保護を受け、明治維新に際しては朝廷から准勅祭社に治定された格の高い神社ですが、江戸勧進相撲の発祥の地として横綱力士碑・大関力士碑があるほか、松尾芭蕉や伊能忠敬に因んでそれぞれ花本社、伊能忠敬銅像があります。また、日本一の大神輿(みこし)もあります。

東京は、きらびやかな銀座・青山・六本木などの近代的な姿のほかに、庶民と共に文化と伝統を育む下町がいきいきとしていて、いいバランスが保たれていると思いました。地方都市に、○○銀座はありますが、このような下町の良さこそ必要だと思います。

なお、富岡八幡宮の裏手には、国の重要文化財の「旧弾正橋(八幡橋)」があります。この橋は、1878(明治11)年に完成した国産第1号の鉄橋で、1977(昭和52)年には近代橋梁技術史上において価値の高い橋であることから、国の重要文化財に指定されました。また、弾正橋の優れた製作技術に対して、1989(平成元)年10月には日本国内で初めて米国土木学会より「土木学会栄誉賞」が贈られています。とくに、部材は菊の紋章がデザインされていて、国家威信というか、これから国を育てていこうという気概が感じられます。
近くには、木場の川に民間人(木場の赤ひげ先生と言われたお医者さん)が架けた鋼鋼人道橋・「旧新田橋」も移設保存されているので、深川・門前仲町に来た際には是非見ておくべきでしょう。(記入者:亀さん)08022305 08022306 08022307 08022308

2008年2月23日 (土)

米国ロボット情報発信のGetRoboを紹介

~ニュースレター「GetRobo(ゲット・ロボ)」~

最近、WillowGarageという会社が米国のロボット業界で注目されていると聞いた。正直言って初めて聞く名前なので、さっそくインターネットで検索したら、GetRoboというブロッグが唯一マッチングした。クリックしてブログに飛んでみると、米国に住んでロボットのニュースレターを発行している「影木准子さんのブログ GetRobo(ゲット・ロボ)」であった。http://getrobo.typepad.com/getrobo_blog/2007/10/willow-garage.html

http://getrobo.typepad.com/getrobo_blog/cat17950998/index.html

影木准子さんは、昨年12月に、東京で開催された「今年のロボット大賞2007」のセミナーで、米国のロボット事情について講演されたのを興味深く聞かせてもらった方である。それっきりになっていたが、ロボット最新情報の検索をしたら、また影木さんに辿り着いたわけである。さすがに米国シリコンバレー在住で活躍されているので、生の情報がキャッチ出来るのだなと感心した。ロボットに興味がある方は、情報チャネルの一つにされると良いと思う。

影木准子さんのプロフィール>1989年北海道大学工学部応用物理学科を卒業後、日本経済新聞社入社。科学技術部、国際部などを経て、1997-2001年、同社シリコンバレー支局記者。2002年に日経を退社し、現在はシリコンバレー在住のフリーランス・ジャーナリスト。コンシューマー向けロボットの開発・市場動向に最大の関心があり、この分野にフォーカスしたニュースレター「GetRobo」を発行するほか、ブログ「GetRobo Blog」で情報発信している。

(INO記す)    

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                                                                                                                                         ★蛇足:ロボットに興味がある方は、小生のブログ(ロボット抜粋)も参照ください。http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/cat20035286/index.html

2008年2月17日 (日)

ASIMOの案内・飲み物デリバリサービス

~ASOMOのサービスの体験レポート~

ASIMOのサービスを青山のホンダ本社受付で経験したレポート(※1)がWebで報告されていた。写真や動画も多数あって、現状のASIMO機能の素晴らしさと限界が良く判るので紹介する。⇒ http://robot.watch.impress.co.jp/cda/column/2008/02/06/880.html

小生の感想は、ASIMOは二本足歩行機能が完成の域に近づいているが、一般的な知能や手足の機能は未だ先が長い感じが正直なところである。しかし、ロボットは人間の役にたてば良いのであって、人間と同じ機能を持つ必要は無い。用途を限定すれば、近い将来に実環境で使える状況になると思う。  (INO記す)

(※1)Webニュース「Robot Watch」の記事「ASIMOの案内・デリバリーサービスを体験してきました(2008.2.06)」より。下記の写真や動画も同記事より。 

(※2)小生のロボットに対する考察(ロボット考シリーズ) http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/cat20035286/index.html 

(※3)ASIMOのHP(技術的紹介) http://www.honda.co.jp/ASIMO/newmodel/

★ASIMO動画  「honda_p1330428.wmv」をダウンロード                                     

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2008年2月13日 (水)

ロボット考(3)「産業ロボットとサービスロボット」

ロボットという言葉は最近良く目にするが、これはロボットへのニーズが高まっているとともに、知能と機能を持ったロボットの実現が可能になりつつあることが背景と思う。トヨタ自動車もロボットを将来の中核事業にすると宣言した。ところで、ロボットは大きく分けて2種類のロボットがある。「産業ロボット」と「サービスロボット(非産業ロボット)」である。

産業ロボットは、昔から工場で活躍しているロボットで、主に自動車の溶接や塗装、あるいは液晶ガラス基板搬送などである。全世界のロボットの大半が日本にあるそうで、自動車産業などの競争力のバックボーンの一つであろう。このロボットは7000億円市場に育っている。

ちなみに、産業ロボットの効果であるが、先ずは工場で働く方々を3K的な仕事から解放した点がある。さらに熟練工が少ない発展途上国では、ロボットは安定した作業で一定品質のものを製造する役割も持っている(凄いことと思う)。

 また、サービスロボットは、少子高齢化の時代の介護作業支援、掃除などの家事手伝い、荷物搬送や案内、あるいは癒し系ロボットなど多彩なものが現れ始めている⇒事例(日本ロボット工業会HPより) http://www.jara.jp/x3_jirei/index.html

最近、話題になっているロボットは、大部分が、このサービスロボットに分類されるものである。しかし、商品としては機能やコスト低減が未だ不十分で、今後の発展が期待されているのが現状である。このサービスロボットを高機能かつ廉価に実現する「次世代ロボット開発技術」の進展が待たれるところである。ある予測では、家庭へのロボット導入が進むことを前提にして、サービスロボットは、2025年には7兆円市場に拡大すると考えられている。

(INO記す)

※ロボット考(n)記事のバックナンバーは、カテゴリー「ロボット」をクリック下さい⇒ http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/cat20035286/index.html

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2008年2月 2日 (土)

「ゆりかもめ」からの東京湾岸の眺め

木曜日に東京国際展示場の展示会&セミナー(ITpro EXPO 2008)に行くために、久しぶりに新橋から「ゆりかもめ」に乗った。「ゆりかもめ」は東京湾沿岸を展望できる旋回ルートやレインボウブリッジ上を走るルートなどがあり、眺めが素晴らしい。既に何十回も利用しているが、いつも乗るのを楽しみにしている。今回は、朝早く乗ったせいもあって、列車の先頭正面の席(無人運転で、運転席が無い)に座ることが出来たので、携帯電話カメラで沢山写真を撮った。  (INO記す)

<以下は写真説明>

1)潮留駅の付近、2)旋回ルート、3)レインボウブリッジ遠景、4)レインボウブリッジの入口からお台場方面を望む、5)東京湾の対岸、6)東京国際展示場の会議棟(愛称:ビッグサイト。昔、小生も国際展示場のある部分を担当した)、7)ITpro EXPO 2008(メインテーマはIT)でのRuby開発者のまつもと氏とロボット開発者のロボガレージ高橋氏の対談。

※ゆりかもめのルート http://www.yurikamome.co.jp/route/rou.php

※ゆりかもめの動画 http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=83488

※ロボガレージ高橋氏インタヴュー http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Interview/20080124/291926/?P=1&ST=itproexpo

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2008年1月27日 (日)

ロボット考(2)大ロボット博で「鉄腕アトムの設計図」を入手

本日1月27日は、上野の国立科学博物館で「大ロボット博」の最終日であった。何はともあれ見ておこうと、別の用事をかたずけた後に、上野に午後3時過ぎに駆け付けた。これまでは、入場の待ち行列が1時間半だったらしいが、夕方近かったおかげで、30分待ちで入場できた。 会場の込み具合を見て、日本人のロボット好きを再認識した。           

入ってすぐの所に、ロボットの動向などが解説してあったが、本ブロッグのロボット考(1)の主旨に近いことが書いてあって、同感であった。展示は、あまりに多種類のロボットがあったので、ここで全てを紹介は出来ないが、紹介しているWebを見つけたので末尾にアドレスを示す。展示されたロボットは、一応は全種類を網羅されており、漫画やアニメに出ていたロボット、からくり人形、サービスロボット、産業用ロボットなどで、要するにすべての種類のロボットが展示されていた。なお、アシモは別格で別室が設けられてあった。

私にとっての出来事は、「鉄腕アトムの設計図」が売られていたことである当然、大きな筒に入った設計図を買って大事に持ち帰った。天馬博士のサインが入った、畳1枚くらいの大きさの設計図が2枚、筒に入っている。写真で一部をご覧にいれる。子供時代に好きだった鉄腕アトムの記念である。

(INO記す)                                  

※ロボット考(1)「日本人はロボットが好き」http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_f7a0.html    

※大ロボット博の紹介 http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/10/23/704.html                                

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2008年1月26日 (土)

私(INO)の記事は公開後も成長

~ベートーベン式の遅筆&推敲繰り返し~

昨年の記事「ベートーベンとモーツアルトの比較論」http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_09cf.html  にも書いたけれど、ベートーベンは初演の直前まで曲が完成しないことが多く、楽団員を困らせたらしい。さらに、初演の後にも、曲を手直ししたらしい。モーツアルトのように、頭に浮かんだ曲が既に完成しているような天才型ではなく、努力型である。

私は、この話を聞いた時に、ベートーベンに親近感を持ち大好きになった。自分と比べては恐れ多いが、私の資料作りも似たところがある。このブログの記事も同様であって、記事をUPした後に加筆することは度々である。それが可能なのもブログの良いところではある。

実は、昨日書いた、「ロボット考(1)」は、初版は1月22日夜にUPしたが、昨日1月25日夜に改版したのである大幅に加筆したので、タイトルも直して、末尾に(新版)と付けた。既に読んでおられた方には、お詫びします。今後も、同様の事態は多いと思うので、ご承知ください。

(INO記す)

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<2007年秋の青梅の里の風景>

2008年1月25日 (金)

ロボット考(1)「日本人はロボットが好き」(新版)

~からくり人形から鉄腕アトムの時代へ~

日本人は、ロボット大好きの国民である。江戸時代の「お茶を運ぶカラクリ人形」に見られるようにカラクリ人形が好きな国民である。さらに、我等が団塊の世代が小学生の頃に誕生した「鉄腕アトム」や「鉄人28号」が、日本人のロボット好きを決定的にしたと言って良いだろう。工場の工作機械にも、xxxチャンなどと名前を付けて可愛がる人もあるらしい。

ところが、ヨーロッパでは、ロボットは、ギリシャ時代の伝説などから恐怖の対象らしい。従って、ヨーロッパでは工作機械には、絶対に顔などは付けない。日本のロボット展示会に行くと、工作機械に顔をつけて、着物まで着せている会社もあるほどで、その感覚の違いは驚くほどである。

この愛すべきロボットは、昔は漫画の中の夢であったが、最近のロボット知能化技術により現実のものになりそうである。そして、いまや、ロボットは「少子高齢化&労働人口減少」の日本の将来を救う存在として期待が高まっている。次回から、ロボットへの期待と動向を考えてみたい。

(INO記)

★小生の「ロボット考シリーズ」記事一覧 http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/cat20035286/index.html 

★鉄腕アトムのHP http://www.asahi.com/ad/clients/atom/world_secret.html

★鉄腕アトムの歌(歌詞の中の、♪心やさしーラララ、科学の子ー♪、というところが大好き) http://rei136.hp.infoseek.co.jp/pure---p--piano/midi/anime/tetuwan-atomu.htm

★鉄人28号のHP http://www.bandaigames.channel.or.jp/list/tetu28/

★国際ロボット展の産業ロボット達(顔のあるロボットが多数) http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/11/30/773.html 

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2007年10月19日 (金)

イチョウはまだ青々!

     ―イチョウをめぐる「うんちく」―071018f1000014 071018f1000011

今年も10月の中旬となりましたが、紅葉・黄葉が遅れており、亀さんの勤務先の周辺のイチョウ並木は、一部にやや黄色くなった木もありますが、殆どの木は青々としており、歩道には黄色いイチョウの落ち葉が全くありません。

しかし、よく見ると、イチョウの実のぎんなん(銀杏)は成熟しており、歩道に実が落ちたり、それが踏まれて歩道が汚れている箇所もあります。

これに関連して、イチョウをめぐる「うんちく」を・・・。

①イチョウは雌雄異株で、一般には街路樹に用いるのは、主として雄株です。その理由は、雌株には「ぎんなん」が生って、それが歩道に落下すると異臭がするとともに、「ぎんなん」の油分で歩道が滑りやすくなるためです。

②イチョウは古生代からの古い植物で、世界的に分布していたのですが、氷河期に各地で絶滅し、中国にのみ生き残った「生きた化石」です。現在は、欧米でも植栽されていますが、江戸時代には、日本や中国などだけに生育していたようです。

③イチョウの学名は、Ginkgo biloba Linn.」ですが、「Ginkgo」は銀杏(ギンキョウ、Ginkyo・Ginkjo)の誤植で付けられたものです。(biloba:二つに浅く裂けた、Linn.:植物学者のリンネ)

江戸時代、長崎・出島のオランダ商館の医師・ケンベルが「廻国奇観」でイチョウをヨーロッパに紹介した際に、GinkyoをGinkgoと誤植しました。それをもとに、学名の命名法を確立した植物学者のリンネがそのまま誤って名付けたものです。

この話は、亀さんが中学生のとき、生物の授業のときに習って、「面白い!」と思いました。(ただ、亀さんは、蘭学医のシーボルトが日本の植物の学名を沢山つけていることから(注)、ケンベルをシーボルトと誤って覚えていました。)(記入者:亀さん)

(注)アジサイを欧州に紹介し 学名にその妻・お滝さんに因んで”otakusa”を使ったことで有名

(写真)上左:青々したイチョウ並木、上右:少し黄色くなったイチョウの木、下左:実ったぎんなん、下中央:歩道に落ちたぎんなん、下右:落ちたぎんなんで汚れた歩道071018f1000005_2 071018f1000007 071018f1000015

2007年6月 3日 (日)

インド数学ドリルにチャレンジ!

―インドの躍進の原動力・数学重視の「インド式教育」―

07060201_1 昨日(6月2日)、登山関係の本を買いに近くの書店に行き、目的の本を買って出ようとすると、出口に積んである本に眼が止まった。その本は、「脳をきたえる インド数学ドリル 入門編」で、在日インド人学校の日本代表が監修している本です。

亀さんたち団塊の世代が中学・高校の頃、日本の児童・生徒の学力は高く、国際的にもいつも上位の成績をあげていた。しかし、最近、日本の児童・生徒の学力の低下は著しく、国際的な調査によると、全体の平均は上位を維持しているものの、最も高いレベルの生徒の割合は平均並みで、1位グループからは脱落しているし、勉強時間の長さは調査参加国で最低でした(注1)

この日本の教育と対比して最近取りあげられるのは、インドのIT技術立国を支える「インド式教育」です。

すなわち、かつては、IT技術は日本が支えていた時代がありましたが、今や、ゼロを発見した国インドが、世界のITを支える技術立国に躍進しています。そして、インドのIT技術者は日本でも活躍し、日本のIT技術を支えているようです。

その「インド式教育」は、数学重視で、なかでも、「2桁かけ算の暗唱」が有名で、私たち日本人は九九を暗唱しましたが、インドの児童は「99×99」を暗唱するそうです。亀さんもそのような報道を何度か耳にしたことがあり、気になっていました。

そんな亀さんの目に「インド数学ドリル」に飛び込んできたわけですから、数学好きの文科系人間・亀さんとしては、「日本の教育再生」の糸口を確認するため、直ちにその本を買い、数学ドリルにチャレンジすることにしました。(記入者:亀さん)

(注1)生徒の学習到達度調査(PISA)・2000年調査(OECD実施)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/siryo/04110101/002/003.htm

2007年5月22日 (火)

足の科学的分析・3Dの中敷き

―外反母趾と内反母趾にも対応―

0705202142 亀さんは、高山用と低山用の2足の登山靴を持っていますが、低山用の登山靴が古くなったので、先日、購入することにしました。その際、「足を計測し、足の特徴や目的・用途に合った靴」を選べるからというので、アシックスの直営店の「歩人館」に行きました。

細君は、外反母趾で悩んでいたところ、その店で「足の分析」をして、足に合わせた「インソール(靴の中敷き)」を作ってもらって、大変助かったというのです。

亀さんは買う登山靴をすぐに決めたのですが、どうもしっくりしません。そこで、「足の分析」をしてもらいました。この「足の分析」は、足の大きさ、傾き、接地圧等を測定し、パソコンで科学的に分析するものです(注)亀さんの足の分析の結果は、O脚・「内反母趾」気味で、小指への圧力が強く、長距離を歩くと足の外側に何らかの支障が出る可能性があるということでした。「内反母趾」ということは初めて聞きましたが、指摘には思い当たるものがありました。

この「足の分析」に合わせて、登山靴の立体的インソール(3Dの中敷き)を補正してもらいましたら、足にピッタリしました。
一度、
購入した登山靴で登山した時の調子を見て、さらに補正すれば、よりフィットしたものになるというので、この週末の登山に購入した登山靴を履いていくことにしました。
(記入者:亀さん)
(注)3Dの中敷きで補正しないと、左足はE、右足は3Eと異なる靴になるようです。(写真参照)

2007年4月29日 (日)

スターウォーズはメイドイン・サンフランシスコ

映画スターウォーズは、圧倒的なSF的画面で楽しめる映画である。私も何本か映画館で見た。 宇宙の街の様子、戦艦の堂々たる飛行、大群のロボット軍団の戦いが好きである。  070428adgzywuxl                            

                                                  

                                                                                                                                                                               

                                             サンフランシスコに旅行したときに、旅行ガイドさんから聞いたのであるが、スターウオーズを制作しているジョージルーカスの拠点は、実はサンフランシスコである。デジタル技術を駆使した映像作りにはIT企業が集結しているサンフランシスコが適しているのかもしれない。 070418070428_3                                                                                                                   

              彼らは、サンフランシスコを愛しており、映画の中にはサンフランシスコの風物がヒントになった場面もある。例えば、戦闘シーンでキリンのような背高ノッポのロボットを見たことがあるが、サンフランシスコ湾に林立する大型クレーンの姿をヒントにしたらしい。ちなみに小生が勤務するビルから遠望した横浜港にも大型クレーンが林立している。携帯電話カメラの限界に挑んだ写真を見て頂きたい。クリックして画像を拡大すると画面中央にクレーンが数機見える。ついでに川面から見た「みなとみらい地区」の夜景をお見せする。      (記; INO)200704281748000_2200704281710000_2

                                                                                                                    

■参考情報:ジョージルーカスの拠点”が、2005年7月にゴールデンゲートブリッジを渡った北からサンフランシスコに引越して、“Letterman Digital Arts Center”を作った。入り口には写真のヨーダ像があるらしい。(西海岸サンフランシスコの高橋京子さんのブログから引用)⇒ http://www.wellba.com/sf/contents/0507.html

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2007年4月21日 (土)

ブログTV

サンフランシスコをキーワードに検索していたら面白いものを見つけた。「BlogTV」というブログで、我々だと写真を貼り付ける場所にTV画面があって、恐る恐る真ん中の▼印をクリックしたらビデオが始まる仕掛けになっている。たまたま、行き着いたページはサンフランシスコに集まっているIT企業の取材TVであった。我々が使っているブログのエンジンである「MovableType」の開発元であるsix-appart社も取材先である。サンフランシスコの街も映っているので一読?をお勧めする。   (記; INO)

■BlogTVのアドレス http://www.technorati.jp/blogtv/blog/2007/03/it-2.html

2007年3月23日 (金)

地上デジタル放送について考えてみた。

 ―職場にデジタル・ハイビジョン液晶テレビが来た!―

最近、職場のテレビが薄型のデジタル・ハイビジョン液晶テレビに買い換えられました。これを機会に、地上デジタルTV放送(以下「地デジTV」)について考えてみました。

「地デジTV」は、地上アナログTV放送(以下「アナログTV」)に比べて、①高画質(ハイビジョン)、②高音質、③番組表、番組情報、天気予報等のデータ放送、④双方向サービス可能、⑤ワンセグ放送、⑥ノイズ・ゴーストのない映像(電波障害に強い)等々、数々の利点を持っていると言われています。また、放送とインターネットの融合にも好都合であるようです。これらの点は事実であり、時代の流れなのだと思います。確かに、職場のテレビで、同じ放送を「アナログTV」と「地デジTV」で映してみると、「地デジTV」の方がきれいです。

こうして見ると良いことばかりのようですが、亀さんの家のTV事情を考えると、大変です。

まず、亀さんちにはBS以外のアンテナはありません。送電線の電波障害のために電力会社系のケーブルTVが現在は通常の「アナログTV」を無料で流してくれているのです。でも、2011年に「アナログTV」が停波され、電波障害に強い「地デジTV」だけになると、ケーブルTVはデジタル化され、この無料サービスは廃止されます。(ケーブルTVの方で、「地デジTV」をアナログ化して流してくれると、今までのTVが今まで通り使えるのに…。)

そこで、亀さんは、2011年までに、3台あるTVを「地デジTV」対応のTVに買い換え、有料のケーブルTVに加入しない限り、屋根の上に「地デジTV」用のアンテナを付けるしかないのです(格好がワルイな!)。(かといって、TVを買い換えるのに加えて、有料のケーブルTVに加入するのも、大出費だ!)

次に、亀さんは、朝、TVの時刻表示を見ながら出勤の準備をするのが習慣だけど、「地デジTV」には時報が出ない(注)ので、うまくいくのかなあ~と心配もしている。

(注)なぜ「地デジTV」には時報がないのかは、理系人間のINOさんの方が詳しいと思いますが、「地デジTV」ではデータを圧縮して送信し、受信側で元の画像・画質に戻す必要があり、この過程に時間が掛かるために「アナログTV」より1~3秒遅れ、しかも、遅延時間は受像機等の仕様によって異なるので時報が入れられないようです。

写真は同じテレビを写したもので、左が「アナログTV」画面で、右が「地デジTV」画面。同じテレビのチャンネルを切り替えると、地デジTVで2秒前のアナログTVを見ることができます。また、なぜか「地デジTV」には時刻表示が出ていません。)(記入者:亀さん)0703190507031906 

2007年3月20日 (火)

PASMOのサービス開始

PASMOSuica、パスネット、バス(共通)カード

07031913070319082070319102  3月18日から首都圏では「PASMO」のサービスが開始されました。

「PASMO」は、首都圏のほとんどの電車(私鉄、公営鉄道、JR)とバスを利用できる新しい交通用ICカードで、これ1枚で公共交通機関の利用が出来ることになりました。しかも、「PASMO」と「Suica」(JR東日本のICカード)が相互利用できるのです。

亀さんは、今、写真のように4枚の交通関係のカード(地下鉄定期券、パスネット(私鉄の共通カード)、バスカード、Suica)を使い分けています。定期券と「PASMO」を一緒にした「PASMO定期券」というのもあるので、亀さんの場合、それにすると、4枚がたった1枚で済みます。

しかし、亀さんは、パスネットは買わないようにしますが、すべてを「PASMO」にしないつもりです。その理由は、5000円のパスネットは5000円分しか乗れないので「PASMO」でも損をしませんが、バスカードは5000円の券で5850円分乗れるので「PASMO」にすると損になるのです。(それに、バスは徐々にサービス開始となりますが、亀さんの乗るバスはまだです。)(こう言っていても便利さに負けて買うようになるのかナ~。)

また、「Suica」が「PASMO」と同じ機能をもつので、改めて「PASMO」は買わないつもりです。

それで気がついたのですが、電電公社や国鉄がプリペイド・カードを導入した頃は、あらかじめ支払った分割り増しがあったのですが、いつの間にかJRも私鉄も割り増しをしなくなりましたね~。(記入者:亀さん)

2007年3月16日 (金)

靖国神社のさくらの開花は?

        気象庁の開花予想は間違ったが…

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気象庁のさくらの開花予想(第1回)は東京、静岡、高松、松山気温データの入力ミスがあり、間違っており、加えて、ここ1週間の気温が低かったことから、東京の開花予想は、第1回発表の3月18日(訂正後3月21日)から3月23日に遅れました。しかし、これでも平年より5日早いそうです。
そこで、実際はどうなっているのかを見るため、亀さんは、昨日の昼休みの靖国神社に行ってみました。

さくらの開花予想に使用する「標準木」は明示されていないので、どのさくらの木が「標準木」なのかが分からなかったのですが、亀さんと同じような人が沢山いて、「標準木」を教えてくれました。

そこで、その「標準木」の状況を写真に撮ってきました。ご覧下さい。

写真では分かりにくいかも知れませんが、蕾はふくらみ、その幾つかは少しピンクに色づいていました。

なお、寒緋桜は満開、寒桜はピークを過ぎていました。(記入者:亀さん)

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2007年3月11日 (日)

呉で世界最初の10万トンタンカーを見た

INOさんです。呉と聞くと造船の話をしたい。実は、呉は母の実家があり、母の兄弟親戚も多く居るが、特に母の兄は造船技術者として大きな実績を残した。私が技術系に進んだのは、母の兄(以下、叔父さん)の影響が大きいかもしれない。

叔父さんは、戦争中は呉の海軍工廠で技術少尉であったが、戦後はそのまま呉の播磨造船所(後に⇒ナショナルバルクキャリヤNBC⇒石川島播磨重工業)に勤めた。思い出すのは、私が小学校3年生のときに、世界最大のタンカーを建造し進水式をするので見に来なさいと言われ、母と一緒に進水式に行った。そのとき叔父さんは技術部長で、所長はSさん(後にNTT総裁になる)であったが、Sさんから「坊や良く来たな」と頭をなでられた。タンカーの先頭から末尾まで走った時に、学校の運動場よりも大きいな、と思ったのを覚えている。

ところが、小学校に戻って「世界一大きなタンカーに乗った」と言っても、「日本が世界一の船を作れるはずが無い」と誰も信じてくれない。先生までもが信じてくれなかったのは悲しかった。戦艦大和を作った日本の力を忘れたのか! 敗戦国の自信喪失か?

いささか記憶も薄れたので、インターネットで確認したら上記は間違いの無い事実であり、建造したタンカーの名前はユニバース・アポロであった。調査した資料を次に添付する。日本の造船技術を誇りにし、今後も大事に育てていこう

                          INO記す     

■以下は調査資料

<石川島播磨重工業の呉造船関係の歴史>

 旧呉造船所

  • 1945年 - 株式会社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
  • 1952年 - 米ナショナル・バルクキャリア(NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
  • 1954年 - 株式会社呉造船所、播磨造船所から分離設立。
  • 1958年 - 世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」就航。
  • 1962年 - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。

 石川島播磨重工業

  • 1960年 - 石川島重工業株式会社と株式会社播磨造船所が合併し石川島播磨重工業株式会社設立。
  • 1966年 - 世界初の20万トン級タンカー「出光丸」就航。
  • 1968年 - 石川島播磨重工業株式会社、株式会社呉造船所を合併。

<呉造船での世界最大級タンカー建造>

●海軍のハイテク技術を生かした世界最大級タンカー
 海軍工廠のハイテク技術を享受した呉では、造船分野において特にその技術の高さを発揮し、次々と世界最大級のタンカーを生み出した。昭和27年に進水式を行った「ペトロ・クレ」(3万8千重量トン)を皮切りに、昭和33年の世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」、昭和46年の「日石丸」、昭和47年の「グロブティック・トーキョー」、昭和49年の「日精丸」など、世界最大の記録を次々と塗り替えた。http://www.city.kure.hiroshima.jp/mitekure/mite01_04.html

造船船舶記念碑(戦艦大和関係) http://www.itsukushima.net/PROFILE/Memory/YAMATO/20060327/003.htm

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2007年2月21日 (水)

「繊維のダイヤモンド」の原料を発見!

 070218043  ―長瀞アルプスで緑色060401120山繭」―

亀さんは、今度の山歩きで「山繭(やままゆ)」を見つけました。緑色の繭で、天蚕という野生の蚕がつくる繭です。あまりにも綺麗なので、一眼レフデジカメで写真に撮りました。

「山繭」は、低山歩きをしていると時々遭遇し、亀さんもこれで3回目になります。山歩きの仲間の中には集め、いずれは糸を紡いで織物にしようとしている人もいます。

蚕といえば桑の葉を食べて成長するカイコガの白い幼虫や白い繭玉が思い浮かび、亀さんもそう思っていたために、「桑の生えていない里山になぜ野生の蚕がいるのだろう?」と思っていました

ところが、天蚕という野生の蚕は、日本原種のヤママユガという、カイコガ(「天蚕」に対して「家蚕」という。)とは異なる蛾の幼虫で、アゲハチョウの幼虫に似た青虫です。飼料も桑の葉ではなく、クヌギ、コナラ、カシワ、シラカシなどの葉です。長瀞アルプスはコナラなどの雑木林でしたから、そこで「山繭」が見つかったのは当然だったようです。

家蚕は、数千年前から人の手で、しかも、家の中で飼育されるのに対して、天蚕は雨露・日光・気温の変化など過酷な自然環境に耐えて育つため、その繭も自然環境に耐えうる丈夫なものとなり、また、その繭は害虫から身を守るために木の葉と同じ保護色のエメラルド・グリーンをしています。

そのことから、その繭からとれる絹は、「繊維のダイヤモンド」とか「絹の女王」と呼ばれ、珍重されています。(記入者:亀さん)

(写真は、順に、長瀞アルプス、蛾ヶ岳で見た「山繭」です。)

2007年2月18日 (日)

アカシアの雨がやむとき

―外来生物法の「要注意外来生物リスト」とニセアカシア―

Robiniapseudoacacia先日(1月30日)、亀さんは、「日本の歌百選と団塊の世代の青春時代の歌」を書いたが(注1)、INOさんの歌に関する記事に触発されて考え直すと、どうも真面目ベースで書いていたきらいがあったと反省します。

1月14日(注2)の記事で書いたように、亀さんが小さい頃一番好きだった歌は西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」http://www.duarbo.jp/versoj/v-sengokayou/akasianoamegayamu.htm)です。小学校の校庭にあった(ニセ)アカシアの木を思い浮かべながら、何か悩みがあると歌っていたことを思い出します。

この歌の投げやりのムードは、第1次日米安保反対闘争で戦い疲れた学生の絶望的な心情にマッチしたと言われている。しかし、その頃中学生の亀さんがなぜこの歌が好きになったのかは分からない。多分、もともと内気で根暗であった性格に加えて、有名進学中学に入学した不安と家業の経営不振による家庭環境の変化を敏感に感じてのではないかと思う。

昨年6月、外来生物法が施行されたとき、この歌の「アカシア」は、アカシアではなく、同法の「要注意外来生物リスト」に記載されている「ハリエンジュ」(ニセアカシア)であり、自然保護上は問題のある植物であることを知り、びっくりしました。

確かに、登山に行く途中で、自然の河川を見ると、ニセアカシアの林が続き、日本古来の木々の林を絶滅の状態にまで追い込んでいる様子を時々目にします。しかし、このニセアカシアは災害防止のために植えられている場合もあり、駆除すれば良いというものでもないようです。(記入者:亀さん)

(注1)1月30日の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_9107.html

(注2)1月14日の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_cac9.html

2007年1月20日 (土)

トランジスタと私は同い歳 !!

いま、日経新聞朝刊に江崎玲於奈さんの「私の履歴書」が連載されている。江崎さんは、皆さんご承知のようにエサキダイオードの「半導体のトンネル効果の発見」でノーベル賞を貰った研究者である。第二次世界大戦中に学生時代を過ごし色々と大変な状況があったが、東京大学理学部物理学科で勉強したのが研究者としてのスタートである。

江崎さんは1947年に神戸工業に入社。半導体の研究を開始しSONYよりも半年早くトランジスタラジオを作ったそうである。後に、半導体の本格的研究環境を求めてSONYに移り、ダイオードのPN結合の研究に没頭した。そして1957年にエサキダイオードの発見に至った。

ところで、江崎さんが神戸工業に入社した1947年は、世界スケールでは「アメリカのベル研究所で半導体トランジスタの誕生」、個人スケールでは、私INOさんが誕生した年である。なんと、トランジスタと私は、同い年60歳(団塊世代の仲間?)。

トランジスタと自分が同い歳と思うと、私の理科好きの人生も格別の味がしてくる。思えば、私が小学生のときに、親父が高価なSONYのトランジスタラジオを嬉しそうに家に持ち帰った日を覚えている。煙草のピースの箱を一回り大きくした形であった。裏蓋を開けるとビッシリと部品が詰まっていた。 そして、S高校の物理班のときに、エサキダイオードのことを聞きつけて、広島のSONY支店に出かけて買い求め、実験室で「負性抵抗(電圧を上げたのに電流が減ってしまう)」を測定して喜んだものである。 さらに、通信機と国産コンピュータが旗印の某社に就職してからは、製品は全て半導体の塊(IC,LSI)だった訳である。まさに、自分は半導体の進歩とともに歩んできた感じもする

                                                                         INO記す

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◆付録:エサキダイオード発見の瞬間(日経新聞朝刊1月16日、私の履歴書より) 「57年7月の暑い夏であった。研究室の冷房はきかない。逆方向ダイオードを零下約80度の槽に入れ、順方向に流れるトンネル電流を見ていると、何と、かける電圧を上げるほど流れる電流が少なくなる、いわゆる「負性抵抗」を発見したのである。これがエサキダイオードの嚆矢である。」(江崎玲於奈氏記)

◆付録:SONYトランジスタラジオの写真(国産1号機TR-55)>    なお、私の父が買ったのはクリーム色のTR-63だった 

Tr55

http://www.ne.jp/asahi/uchio/tokyo/radiokobo2/tr-radio1/sony.html