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学問・資格

2009年7月17日 (金)

雪月花の数学

     -和算の魅力に取り憑かれたよ!-

亀さんは、7月6日のブログ(注1)に書いたとおり、「円周率を計算した男」(注2)を読んで以来、和算(明治以前に日本で発展してきた数学)に取り憑かれています。

09071501そのブログでも書いたように、最近は、Amazon.co.jpに注文して購入した、「東海道五十三次で数学しよう」(仲田紀夫・黎明書房)と「雪月花の数学」(桜井進著・祥伝社)を読みました。

前者は、内容が2部に分かれていて、第Ⅰ部が和算の歴史、第Ⅱ部が東海道五十三次パズルになっており、和算とは何かを知るには面白い本で、数学が苦手な人にも読み飛ばせます。

後者は、数学に興味のあるが、日本文化には疎いという人に是非読んで欲しい本です。この本は5章に分かれますが、章名と副題を順に記載すると、次の通りです。

“①日本の美に潜む√2と正方形の謎 日本人が愛する「数」と「形」、②黄金比が描く「動」 白銀比が示す「静」 数学が明らかにしたヨーロッパと日本の感性の違い、③「五・七・五」と「素数」の関係 なぜ日本人は「3・5・7・9」の「奇数」を大切にするのか、④江戸の驚異的数学「和算」の世界 天才数学家を輩出する日本。その伝統と理由、⑤雪月花の数学 四季折々の自然を愛でる心。数式はすべてを知っていた

著者は、「はじめに」で、”この本の表題にある「雪月花」とは、かつて川端康成がノーベル文学賞受賞記念講演で挙げた、日本人の自然観を表現する最もシンボリックな言葉である。そこに数学がクロスオーバーする。”と書いている。つまり、日本人の自然観と数学という無関係のようなものがそこの方で繋がっているというのは、実の面白い。

逆に、欧米人が好きな黄金比から螺旋階段が生まれ、ガウディのサクラダファミリアの建築群が生まれること、また、ヒマワリの種や巻き貝の渦などが黄金比に由来する螺旋状であることなども興味深かったですよ。

また、日本の生け花が「3・5・7」を基本とし、西洋のフラワーアレンジメントが「3・5・8」を基本とする理由など、実に面白いものでした。

最後に、「私は数学が苦手だから・・・」という人に、ひとつ興味深い話を。「にっちもさっちもいかない」という言葉は、江戸時代の人が寺子屋で習っていた「割り算の九九」からきた言葉だそうですよ!(記入者:亀さん)

(注1)7月6日のブログ:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-2e8c.html

(注2)6月5日のブログ:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-88c5.html

2009年7月 3日 (金)

法隆寺と白銀比・五稜郭と黄金比

    ―身近な√2に驚く!―09070101

6月5日のブログ(「浅草の算子塚…」・注1)で書いた「円周率を計算した男」を読んで以来、亀さんは和算に興味が出てきました。

そこで、和算に関係した本を探しにいくつかの本屋さんに行きましたが、お目当ての「雪月花の数学」(桜井進著・祥伝社)や「東海道五十三次で数学しよう」(仲田紀夫・黎明書房)はありませんでした。

そこで、江藤邦彦著の「法隆寺にひそむ白銀比 五稜郭にひそむ黄金比」(ベレ出版・注2)を購入しました。

江藤邦彦さんは高校の数学の先生を定年退職後、喫茶店を経営する傍ら、分かりやすい数学の本を出版されている人で、この本は、「目に見える数学のおもしろさを」分かりやすく解説しています。

第1話は、√2をめぐるおもしろい話が満載しています。

“√2なんて関係ない!”と思われがちですが、日本では聖徳太子の時代から使われていたようですよ。

驚きの最初は、大工さんの持っている曲尺(直角に曲がった金属製のものさし)の裏の目盛りはおもての目盛りの√2倍の間隔で刻んであるということです。それは、丸い木材から最も太い角材を作るために必要だったようです。(詳しくは本を。)

それに、身近にあるA○判、B○判の用紙は、縦の長さは横の長さの√2倍になっており、法隆寺の五重塔の一番下の庇の幅は一番上の庇の√2倍、夢殿の側面の横幅は縦の√2倍になっていて、1:√2は白銀比というそうです。単行本やガイドブックも縦横が白銀比のようです。

第2話は、五稜郭・五角形と黄金比(1:1+√5/2)の関係が分かりやすく、解説されています。身近なものとしては、キャッシュカード、テレフォンカード、IC型乗車券は縦横が黄金比になっているようです。

以下、色々興味深い話題が満載の本です。ただ、多少、数式や幾何図形などが出てくるので、数学の苦手な人はそこを飛ばして読まれると良いとおもいます。

なお、冒頭に書いた2冊の本は、一昨日、Amazon.co.jpに注文し、昨夜届きました。それを読んだら、またレポートをします。(記入者:亀さん)

(注1)6月5日のブログ「浅草の算子塚・・・」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-88c5.html

(注2)「法隆寺にひそむ白銀比 五稜郭にひそむ黄金比」:http://www.beret.co.jp/books/detail/?book_id=331

2009年6月 8日 (月)

コンセントの穴の秘密!

      ―全然知らなかったよ!―09060609

【ステージ1】

みなさん、コンセントの穴の秘密を知っていますか? 上の写真を見て、何か気が付きますか?

実は、亀さんは気が付きませんでしたし、その秘密は全く知りませんでした。コンセントなんて、何十年見てきたのでしょう・・・。でも、全く気が付きませんでした。もっとも、じっくり見ることもありませんでしたがね。

先週の水曜日、寝ぼけ眼で、深夜テレビ番組(番組名は不明?)を見ていると、“コンセントの穴の長さが左右違うのはなぜか?”という疑問に、番組が答えているのです。

みなさん、左の穴の長さの方がが長いのが分かりますか?もし、この写真がおかしいと思う人は、近くのコンセントで確認してください。

【ステージ2】

①なぜ、左右の長さが違うのかについては、左の穴につながる電線は、接地している(地面につながっている)電線であることを示しているようです。

②また、なぜ、接地されているかというと、(電気は、送電線からの電気を変圧器で降圧して家庭に引き込んでいますが、故障等で降圧できないときに)家庭に高圧の電気が流れると、火災・人身事故等の原因になるので、高圧の電気を地面に逃がす必要があるからのようです。

亀さんの説明で分からなかった人は→こちらをクリック!

“人の気付かないところで、大切な役割を果たしているものが沢山あり、それを支えている科学技術があるんだなあ!”と感じました。

翌朝、奥さんに、コンセントの穴の長さの違いを話したら、「本当だ!」と大喜びでした。でも、それ以来、コンセントが目に付いて仕方ないようです。(記入者:亀さん)

追記:愛読者のシェリーさんに教えてもらいました。番組名は、テレビ朝日の「シルシルミシル」(水曜23:15~)でした。

2009年6月 6日 (土)

産医師異国に向こう産後厄なく

    ―明智光秀、いちごパンツ―

昨日の「浅草の算子塚に行きました。」への野次馬さんのコメントを読んで、円周率の覚え方を思い出しました。

皆さんは、どんな覚え方をしましたか? 亀さんは、「産医師異国に向こう産後厄なく・・・」=3.14159265358979…と覚えました。

「こんな丸暗記をしても…」という意見もありますが、これと同時に、“円周率が循環小数でないこと”、また、“何万、何億桁も続き、何桁まで計算できるかが研究されていること”や“江戸時代の人が20桁以上計算したこと”などを知って、数学の面白さに触れたような気がしたものです。

平方根も、“一夜一夜に人見ごろ”(√2=1.41421356…)か、“人並みに奢れや、おなご”(√3=1.7320508075…)か、“富士山麓、オウム鳴く”(√4)とか覚えました(注1)

化学では、元素の周期表(注2)を“水兵リーベ、バックの船、なーに、間があるシップはすぐ来らー”(H、He、Li、Be、B、C、N、O、F、Ne、Na、Mg、Al、Si、P、S、Cl、Ar)と覚えました(注3)

これらのことも、丸暗記だと批判したり、“実生活にどれだけ役立ったか?”などと、野暮なことは言わないで、数学や科学の面白さの入口として活用すればいいのではないかと思います。

このほか、“いい国つくろう・鎌倉幕府”(1192年)などの歴史年号の覚え方(注4)がありましたね。最近は、“明智光秀、いちごパンツ(1582年本能寺の変)”っていうのもあるようですよ。

こんなことが、皆さんにとって、今となっては楽しい(又は苦い)青春の1ページになっていませんか?(記入者:亀さん)

(注1)平方根の覚え方:http://mtf.z-abc.com/?eid=683068

(注2)周期表:http://www.d2.dion.ne.jp/~hmurata/goro/table2.html

(注3)周期表の覚え方:http://www.d2.dion.ne.jp/~hmurata/goro/digest/yoko01.html

(注4)歴史年号の覚え方:http://www.tcp-ip.or.jp/~syaraku/nengou.htm

2009年6月 5日 (金)

浅草の算子塚に行きました。

    ―円周率を計算した男たち―09060401_2 09060402

亀さんは、先日、浅草に行ったときに、浅草の浅草寺・新奥山(注)にある「算子塚」に行って見ました。

その理由は、最近、鳴海 風著「円周率を計算した男」(新人物文庫)を読み、江戸時代の数学(和算)学者の生きざまを知り、また、その一人の会田安明の功績を讃える「算子塚」が浅草寺にあることを知ったからです。

「円周率を計算した男」の文庫本は、今年5月14日に刊行されものですが、和算学者6人の生きざまを主題とした「円周率を計算した男」(歴史文学賞・日本数学会出版賞受賞作)などの短編を集めたものです。

亀さんは、高校の日本史の教科書で、江戸時代に”世界的な数学者の関孝和”がいたことを知識として知っていましたが、関孝和が突然変異的に出現したように漠然と感じていました。

しかし、この文庫本を読んで、関孝和の周辺に、立身出世・生活・学問的探究のために、和算を学んだり、円周率の計算に躍起となったりした、多くの若者がいたことを知りました。また、江戸時代の日本には3.14の円周率を知る人が結構いたことに驚きました。

そのうち、関孝和と一番弟子の建部賢弘が考案した円周率の計算方法は、20世紀になって数値計算で使われるようになった方法のようです。200年以上も前にこうした計算法を日本の数学者が世界に先駆けて発見していたのは驚きです。

「算子塚」で讃えられている会田安明は、関流和算の閉鎖性を批判して少数派の「最上流和算」を創設した学者で、文庫本に所収された短編の「算子塚」にその生きざまがイキイキと描かれています。

なお、算子塚の近くには、関流和算の高名な?学者を讃える「五瀬・植松氏明数の碑」もあります。

この文庫本を読み、また、「算子塚」に行って、亀さんは、“最近、学問的な探究心が薄れているなあ!”と実感しました。同時に、一時採用されていた、円周率を3と教える「ゆとり教育」の無謀さを再確認しました。(記入者:亀さん)

(注)浅草寺五重塔の北西にあり、多くの石碑や銅像が集められている。http://www7.ocn.ne.jp/~sehayama/sinokuyama.htm

(下の写真説明)左:新奥山、右:手前から、五瀬・植松氏明数の碑、狂歌三十六歌仙の碑、算子塚0906040409060403

2008年10月10日 (金)

おめでとう、ノーベル物理学賞(定員3名が全部日本人)

このたび、ノーベル物理学賞の定員3名を全て日本人が受賞した。南部さんが「自発的対称性の破れの発見」で受賞、益川さんと小林さんは「CP対称性の破れの起源発見」で共同受賞。

まず、南部さんは1960年代に「対称性の破れ」理論を初めて素粒子の世界に導入。益川さんと小林さんは、その理論を勉強して、さらに発展させたようである(すみません、私は理解できていません)。特に益川さんは南部さんの論文をしゃぶりつくすほど読んだとのことで、同時受賞を大変に喜んでいる。

ところで、南部さんは戦後間もなく米国に行って数十年研究された所謂頭脳流出組である。一方、益川・小林のお二人は留学は一切していないので純国産のノーベル賞である。純国産での受賞は日本の物理学の発展のためにも、本当に喜ばしいことである。ニュースによると、お二人は対照的な性格らしいが、テレビで拝見すると、ヤンチャな益川さん、温厚な(しかしプライドの高い)小林さん、という感じがする。何れにせよ、微笑ましいコンビだと思う。

自分の話になるが、私は中学・高校時代は物理班に入っていて、高校のときには原子力や核磁気共鳴などに興味を持って勉強していた時期がある。東芝の研究所に手紙を出したら、主任研究員の方から返事が来て恐縮したりした。そんな物理少年の時代があったので、物理と聞くと懐かしい思いと、嬉しさを感じている。なお、物理班の仲間数人のなかで、研究の道に進んだのは、現在名古屋大学で結晶の研究?をしているY教授唯一人である。Yさん、名古屋大のノーベル賞第2弾は無理ですかね?(INO記す)

※10月10日に、純国産ではないが先達である南部さんを追加しました。

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2008年9月14日 (日)

近所のおしろい花の研究

亀さんのおしろい花の報告(メンデルの遺伝の法則の一例?)に刺激されて、今日、近所の遊歩道を散歩したときに「おしろい花の調査研究」をしました。

遊歩道には、おしろい花が道沿いに沢山植えられているので、突然変異的な色の変化を発見出来るかもと期待をして調べてみました。多くは赤紫と黄色の一色の花ですが、多様な形で色が混ざっている複数の花を容易に見つけることが出来ました。どうも自然界では普通に起きているようです。

花の色のパターン例: 1)一色、2)扇形に異色が混ざる、3)筋状に異色が混ざる、4)斑点状に異色が混ざる、5)もやもやと異色が混ざる。
携帯カメラではピンボケになりましたが、撮ってきた証拠写真を次に示します。最後の2枚は、おまけで遊歩道と百日紅の花の写真です。
(INO記す)

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2008年9月12日 (金)

いろいろな色のオシロイバナ!

  ―メンデルの遺伝の法則を思い出す―08090913 0809091408090915080909160809091708090919 08090920 08090918_2

先日、見沼田んぼに行ったときに、いろいろな色をしたオシロイバナの群生を発見しました。

亀さんは、赤い色や白い色やピンクのオシロイバナはよく見ており、オシロイバナを見るときには、いつも、中学生のときに習った「メンデルの遺伝の法則」(注)を思い出します。

つまり、“オシロイバナの色は、不完全優性だ”とか“赤と白を交雑させると、全部ピンク。そのピンクとピンクを交雑させると、赤:ピンク:白=1:2:1”ということを、すぐに思い浮かべます。

ただ、このため、亀さんは、“オシロイバナの色は、赤と白とピンクしかない”と思い込んで来たきらいがあります。

ところが、その群生には、写真のように、赤、白、ピンクのほか、黄色のものや赤白・赤黄のツートンカラーのもの、黄色に赤の縞模様のものなど、いろいろありました。

白い色のものもよく見ると、真っ白なものから白い花びらの一部や雄しべの一部が赤いものまで、いろいろなものがあります。

“中高生のときに、このような事実を知っていたら、混乱したんだろうなあ!”と思いましたが、同時に、自然を観察しないで、「知識を知識としてしか教えない」教育の恐さを実感しました。(受験勉強のためには、知識を知識として勉強すればいいのかも知れませんが…。)(記入者:亀さん)

(注)メンデルの遺伝の法則:http://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/textbook/genetics.htm

2008年9月 3日 (水)

この漢字、何と読むの?

―「犇」・近所の焼肉屋さんの名前―08090201_2

昨日行った理髪店の隣りに、焼肉屋さんがあって、右の写真のような看板が店頭にありました。

「牛」の字が3つ重なった「犇」という字と「MOーKU(モーク)」という店名が書かれています。

でも、亀さんは、「犇」という字を「モーク」と読むとは信じられませんでした。しかし、その漢字を何と読むのか分かりませんし、“ひょっとすると、創作漢字かも知れないなあ”とも思いました。

こんなことを放っておけないのが亀さんの性分です。

家に帰ると、早速、漢和辞典(漢語林)を引くと、「ホン」と読む正真正銘の漢字で、「①牛がおどろく ②はしる=奔 (国)ひしめく。押しあって騒ぐ。」とある。

つまり、我が国の固有の意味での訓が「ひしめく」のようです。

ついで、同じ漢字が3つ重なる漢字を考えてみました。亀さんが考え付いた順に書くと…

森(シン・もり)、品(ヒン・しな)、姦(カン・かしましい)、晶(ショウ)、卉・芔(キ・花卉)、卅・丗(ソウ・三十)、…

もっとあるだろうと、漢和辞典で調べると・・・

蟲(虫の旧字体)、磊(ライ・磊落)、淼(ビョウ)、毳(ゼイ・むくげ)、皛(キョウ・あきらか)、麤(ソ・あらい)…。

インターネットで調べると、他にも次の漢字もあるようで・・・

畾(ライ・雷の本字の略字)、驫(ヒョウ)、鱻(セン)、厵(ゲン)、众(ギン)、叒(ジャック)…。

もう、きりが無い!終わります。(オソマツ!!)(記入者:亀さん)

2008年6月 1日 (日)

米国のロボット事情

米国のロボット最新動向を知る一つの手段として、ブログ「GetRobo Blog」がある。http://getrobo.typepad.com/getrobo_blog/

元日経関係の米国駐在員だった影木さん(女性記者)が、シリコンバレーに居ついて、ロボットを専門に取材し、ブログや講演で情報発信している。海外企業や日本企業のロボットの状況と、市場の評判も聞ける。最近見た、面白い記事を紹介する。

※GetRoboBlog記事を見る前の補足説明(INO記): 

1)Willow Garage社とは、昨年からロボット業界で注目されている「米国の新興ロボットベンチャー」。桁違いの富豪がスポンサーで資金の心配は無用らしい。

2)アイロボット社は、日本でも有名になっている「お掃除ロボット・ルンバ」を制作販売している会社。全世界で200万台を売っているらしい。でも、地雷探査ロボットを国防総省予算で開発し、その技術を使っているはずなので、日本メーカーからみるとハンデがある。ルンバは、国内のデパートでも売り始めている。土曜日に行った玉川高島屋でもルンバを売っていた。例によって携帯電話で撮った写真を下に示す。200805312020000 200805312133000

                           

                        

                        

                        

ーー以下は「GetRoboBlog」から転載ーーー

■Willow Garage - 最新情報

 ロボットの国際会議「ICRA」で、久しぶりにWillow Garageのスティーブ・カズンズ社長兼最高経営責任者(CEO)に会った。同社については以前書いたが、最近、組織変更をしたという。

 もともと、家事や高齢者介護などで役立つパーソナル・ロボット、自律型無人ロボット車、そして無人で1年間、航海できるロボット船の開発、という3つのプロジェクトに取り組んでいたが、このほど「パーソナル・ロボットのプロジェクト1本に絞ることにした」(カズンズ社長)。「難しい決断だったが、会社がまだ小さいうちは、1つに集中するほうが良いと判断した」と言う。これまで無人ロボット車、ロボット船の開発に携わってきた技術者は当面、そのまま社内にとどまり、パーソナル・ロボットの開発にシフトする。

 今年の夏に予定されていたロボット船の進水式を楽しみにしていたので残念だ。船は大学に寄贈されたそうだ。

■アイロボットの人事

 アイロボット社の家庭用ロボット事業部門のトップ、Sandra Lawrence氏が同社を辞めるという。同社が今日、発表した。プレスリリースはここ

 家庭用ロボット事業を拡大するために、ポラロイドやジレットで経験を積んだコンシューマー製品のプロとして同氏がアイロボットに招かれたのは昨年の4月だから、わずか1年ちょっとしかもたなかったことになる。しかもプレスリリースの書き方から、これは彼女が辞めさせられたに違いない。通常、本人の希望で退社し、会社側ができれば引き留めたかったような場合には、プレスリリースにはその人の会社における功績などを書き連ね、「誠に残念」みたいな文言が入るからだ。このリリースにはそのような形跡がない。

 なにがあったのだろう。興味津々。アイロボットは2週間前にCFO(最高財務責任者)もすげ替えているし、社内の混乱がうかがえる。

 このところアイロボットにとってはうれしくないニュースばかり。同社の自走式掃除ロボットの主要顧客だった小売チェーンのLinens 'n Thingsがチャプターイレブンを申請(経営破たん)する、その結果、今期の業績を下方修正する、などなど

■ロボットの国際会議 ICRA 2008

 ロボットの国際会議 ICRA 2008 を取材して来ました。記事は ROBOT WATCH に掲載されています。盛りだくさんの会議を1人でカバーするのは本当にたいへんでしたが、楽しかったです。

 先日書いたHOAP-3とPONGをして、無惨に負けました。私の後ろにいる黄色いTシャツの方はYouTubeのビデオで有名になったEric Sauserさんです。(写真の女性が影木さん)

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■富士通のHOAP、オムレツ作りを学ぶ

 富士通オートメーションの小型ヒューマノイド・ロボット、「HOAP-3」がオムレツ作りを学ぶ過程をYouTubeで見ることができる。Loving the Machineを通じて知った。短いバージョンのビデオがこれ。音楽が楽しくて良い。

http://getrobo.typepad.com/getrobo_blog/2008/05/hoap.html

(INO記す)

2008年5月 6日 (火)

めん割烹「なか川」と足利学校

 相田みつをゆかりの店の天ぬきそば御膳 080504082  Photo 080504080504_2

亀さんたちは、「あしかがフラワーパーク」の藤を満喫すると、おなかの減り具合がちょうど「花より団子!」状態になりました。
予定していた色絵・染付磁器の伊万里・鍋島のコレクションで有名な「栗田美術館」の見学はカットして、(「善は急げ!」ならぬ)「お膳は急げ!」とばかりに、大行列のシャトルバスを避け、タクシーで足利市内に急ぎました。

人の良さそうなタクシーの運転手さんに、「食事の美味しいところは?」と尋ねると、「足利学校の傍の『めん割烹 なか川』がいいですよ!相田みつをゆかりの店ですよ。」と薦めてくれます。亀さんたちは、即断即決です。

足利学校跡の入口(入徳門)でタクシーを降りて、「なか川」(注1)に着くと、食事客が10人以上行列していますが、並ぶことにしました。前に並んだお客さんが何人か諦めて列を抜けたり、ちょうどお客さんの交代時間であったりと、幸運が重なって意外に早く席に着くことができました。
メニューは、GWの「足利藤まつり」期間中の特別メニューだけで、亀さんたちは、全員、「天ぬきそば御膳」(注2)に決定。かき揚入りのダシ付のソバ、鰊の甘露煮、かやくご飯、ソバ団子のセットで、分量も適当・なかなか味も良く、値段は普通盛り2,000円とリーゾナブルでした。

亀さんたちは、満腹になって、運転手さんが薦めてくれた国指定の史跡・足利学校に入学(見物)しました(注3)。国の史跡に指定されており、建造物自体は復元されたものがほとんどでしたが、その時代の雰囲気を味あうことができました。また、記念に「論語抄」(足利市教育委員会発行)を買いましたが、80ページのその本の値段が100円で、「今どきこんな安いものがあるのか!?」とビックリしました。

亀さんたちは、土産には、運転手さんが薦めてくれた香雲堂本店の「古印最中」(注4)を買い求めました。家で食べると、甘くて美味しかったですよ!!(記入者:亀さん)

(上の写真)順に:めん割烹 なか川、天ぬきそば御膳、なか川のパンフレット・箸袋、足利商工会議所主催「相田みつを ふるさと展」(2008/4/26~5/25)のパンフレットの一部。
(下の写真)順に:足利学校の入口(入徳門)、同入学証・論語抄、同学校門、孔子廟、庫裏・方丈・書院、北庭園
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(注1)孤高の書家・相田みつをが全く売れない頃から、「めん割烹 なか川」の前身「旅館 なか川」の初代女将がその作品を購入し、全面的に支援した。「めん割烹 なか川」のHP:http://www.soba.info/index.html
(注2)なぜ、「天ぬき」と言うのかは不明で、亀さんは、“相田みつをの好きなものから天婦羅が抜けている”という意味かな?と思いました。
(注3)足利市役所>史跡足利学校:
http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/01_kakuka-page/10_kyouiku/06_ashikagagakou/gakko.html
(注4)香雲堂本店の「古印最中」:http://www.ashikaga-kankou.jp/member/kounhon/kounhon.htm

2008年4月14日 (月)

ムベなるかな!!

  -植物の「ムベ」が語源!

08041203今日の亀さんの「我が家のアケビ&近所のトキワアケビ」の記事を見て、文学的素養のある「阿部さん」から亀さんに「今日のブログのムベって、『宜(むべ)なるかな』の語源じゃないの?調べたら…。」との電話がありました。

亀さんも「そうかな!?」とも思いつつ、調べないでいましたが、阿部さんの指摘を受けて、インターネットで調べると、「ピッタシ、カンカン」でした。

しかも、大変な故事があることが分かりました。
最初に「むべなるかな!」と言われたのは、天智天皇(大化の改新の「中大兄皇子」と同一人物)だそうです。
つまり、同天皇が近江八幡を行幸されたときに、寿の秘訣を尋ねられた老夫婦が「ムベの実を食べることだ」と答えたのに対して、同天皇は「むべなるかな(いかにも、もっともなことだ)!」と言われたそうです(注)

阿部さん、本当に勉強になりました!!(記入者:亀さん)
(注)これに関する記事は沢山あり、2003年12月3日付の日経新聞の文化面にも滋賀県近江八幡の大島神社・奥津島神社宮司の随筆が掲載されたようですが、「園芸豆知識・植物の名前雑学編」が分かりやすいので、URLを記します。http://www.yonemura.co.jp/main/engei/mame/005/005l.htm

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2008年2月17日 (日)

ASIMOの案内・飲み物デリバリサービス

~ASOMOのサービスの体験レポート~

ASIMOのサービスを青山のホンダ本社受付で経験したレポート(※1)がWebで報告されていた。写真や動画も多数あって、現状のASIMO機能の素晴らしさと限界が良く判るので紹介する。⇒ http://robot.watch.impress.co.jp/cda/column/2008/02/06/880.html

小生の感想は、ASIMOは二本足歩行機能が完成の域に近づいているが、一般的な知能や手足の機能は未だ先が長い感じが正直なところである。しかし、ロボットは人間の役にたてば良いのであって、人間と同じ機能を持つ必要は無い。用途を限定すれば、近い将来に実環境で使える状況になると思う。  (INO記す)

(※1)Webニュース「Robot Watch」の記事「ASIMOの案内・デリバリーサービスを体験してきました(2008.2.06)」より。下記の写真や動画も同記事より。 

(※2)小生のロボットに対する考察(ロボット考シリーズ) http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/cat20035286/index.html 

(※3)ASIMOのHP(技術的紹介) http://www.honda.co.jp/ASIMO/newmodel/

★ASIMO動画  「honda_p1330428.wmv」をダウンロード                                     

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2008年2月13日 (水)

ロボット考(3)「産業ロボットとサービスロボット」

ロボットという言葉は最近良く目にするが、これはロボットへのニーズが高まっているとともに、知能と機能を持ったロボットの実現が可能になりつつあることが背景と思う。トヨタ自動車もロボットを将来の中核事業にすると宣言した。ところで、ロボットは大きく分けて2種類のロボットがある。「産業ロボット」と「サービスロボット(非産業ロボット)」である。

産業ロボットは、昔から工場で活躍しているロボットで、主に自動車の溶接や塗装、あるいは液晶ガラス基板搬送などである。全世界のロボットの大半が日本にあるそうで、自動車産業などの競争力のバックボーンの一つであろう。このロボットは7000億円市場に育っている。

ちなみに、産業ロボットの効果であるが、先ずは工場で働く方々を3K的な仕事から解放した点がある。さらに熟練工が少ない発展途上国では、ロボットは安定した作業で一定品質のものを製造する役割も持っている(凄いことと思う)。

 また、サービスロボットは、少子高齢化の時代の介護作業支援、掃除などの家事手伝い、荷物搬送や案内、あるいは癒し系ロボットなど多彩なものが現れ始めている⇒事例(日本ロボット工業会HPより) http://www.jara.jp/x3_jirei/index.html

最近、話題になっているロボットは、大部分が、このサービスロボットに分類されるものである。しかし、商品としては機能やコスト低減が未だ不十分で、今後の発展が期待されているのが現状である。このサービスロボットを高機能かつ廉価に実現する「次世代ロボット開発技術」の進展が待たれるところである。ある予測では、家庭へのロボット導入が進むことを前提にして、サービスロボットは、2025年には7兆円市場に拡大すると考えられている。

(INO記す)

※ロボット考(n)記事のバックナンバーは、カテゴリー「ロボット」をクリック下さい⇒ http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/cat20035286/index.html

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2008年1月27日 (日)

ロボット考(2)大ロボット博で「鉄腕アトムの設計図」を入手

本日1月27日は、上野の国立科学博物館で「大ロボット博」の最終日であった。何はともあれ見ておこうと、別の用事をかたずけた後に、上野に午後3時過ぎに駆け付けた。これまでは、入場の待ち行列が1時間半だったらしいが、夕方近かったおかげで、30分待ちで入場できた。 会場の込み具合を見て、日本人のロボット好きを再認識した。           

入ってすぐの所に、ロボットの動向などが解説してあったが、本ブロッグのロボット考(1)の主旨に近いことが書いてあって、同感であった。展示は、あまりに多種類のロボットがあったので、ここで全てを紹介は出来ないが、紹介しているWebを見つけたので末尾にアドレスを示す。展示されたロボットは、一応は全種類を網羅されており、漫画やアニメに出ていたロボット、からくり人形、サービスロボット、産業用ロボットなどで、要するにすべての種類のロボットが展示されていた。なお、アシモは別格で別室が設けられてあった。

私にとっての出来事は、「鉄腕アトムの設計図」が売られていたことである当然、大きな筒に入った設計図を買って大事に持ち帰った。天馬博士のサインが入った、畳1枚くらいの大きさの設計図が2枚、筒に入っている。写真で一部をご覧にいれる。子供時代に好きだった鉄腕アトムの記念である。

(INO記す)                                  

※ロボット考(1)「日本人はロボットが好き」http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_f7a0.html    

※大ロボット博の紹介 http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/10/23/704.html                                

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2007年6月 3日 (日)

インド数学ドリルにチャレンジ!

―インドの躍進の原動力・数学重視の「インド式教育」―

07060201_1 昨日(6月2日)、登山関係の本を買いに近くの書店に行き、目的の本を買って出ようとすると、出口に積んである本に眼が止まった。その本は、「脳をきたえる インド数学ドリル 入門編」で、在日インド人学校の日本代表が監修している本です。

亀さんたち団塊の世代が中学・高校の頃、日本の児童・生徒の学力は高く、国際的にもいつも上位の成績をあげていた。しかし、最近、日本の児童・生徒の学力の低下は著しく、国際的な調査によると、全体の平均は上位を維持しているものの、最も高いレベルの生徒の割合は平均並みで、1位グループからは脱落しているし、勉強時間の長さは調査参加国で最低でした(注1)

この日本の教育と対比して最近取りあげられるのは、インドのIT技術立国を支える「インド式教育」です。

すなわち、かつては、IT技術は日本が支えていた時代がありましたが、今や、ゼロを発見した国インドが、世界のITを支える技術立国に躍進しています。そして、インドのIT技術者は日本でも活躍し、日本のIT技術を支えているようです。

その「インド式教育」は、数学重視で、なかでも、「2桁かけ算の暗唱」が有名で、私たち日本人は九九を暗唱しましたが、インドの児童は「99×99」を暗唱するそうです。亀さんもそのような報道を何度か耳にしたことがあり、気になっていました。

そんな亀さんの目に「インド数学ドリル」に飛び込んできたわけですから、数学好きの文科系人間・亀さんとしては、「日本の教育再生」の糸口を確認するため、直ちにその本を買い、数学ドリルにチャレンジすることにしました。(記入者:亀さん)

(注1)生徒の学習到達度調査(PISA)・2000年調査(OECD実施)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/siryo/04110101/002/003.htm

2007年5月18日 (金)

石の博物館・国会議事堂

―亀さんの田舎の石もたくさん使われているよ!―

070519022070519044亀さんは仕事には関係ない「雑学」が大好きです先日、国会議事堂に行ったときその中にある本屋さんに寄ってみました。この本屋さんには、一般の書店に売っていない本がよく有り、亀さんの「雑学」の蓄積に役立つのです。

亀さんの目に留まったのは、「新版 議事堂の石」という本です。パラパラと見ると、国会議事堂は国産の石の博物館であるとして、地質学の知識を駆使して、議事堂に使われている石材の解説を行なっているのです。亀さんの「雑学」的関心にピッタリで、つい、衝動的に買いました。買った後で、著者は?と見ると、工藤晃さん(元衆議院議員)で、出版元もある政党系の出版社でした。しかし、政治家の著作や政党系の出版社の本としては珍しく、ほとんど政治的な主張がない、科学的な解説本です(注1)

この本によると、国会議事堂には、外装材として3種類の花崗岩が、内装材として33種類の大理石、2種類の蛇紋岩、各1種類の珊瑚石灰岩、橄欖岩、日華石が利用されており、1種類の大理石(韓国産の黄龍)(注2)を除いて、国産の石材を使用している。その意味から、著者は国会議事堂を「日本の石材の博物館」と称しています。

亀さんとして何よりも嬉しかったのは、議事堂の2階以上の外装材には「建築史上はじめて、石材日本一をきめるコンクールをくぐりぬけ」、倉橋島の尾立石が使われており(注3)量的にも1番たくさん使われている石材のようだということです。因みに、倉橋島は、亀さんの故郷の呉市にあります。

何だか、今後、国会議事堂を見るときには、おらが田舎の名産を見るような眼で見ることになりそうです。(記入者:亀さん)

(注1)政治家の著作は代作が多いし、内容も自慢やこじつけが多いので、亀さんは、ほとんど読みません。ましてや、政党系の出版社の本を読むこともほとんどありません。しかし、この本は、大学で地質学を学んだ工藤氏が国会議員になる直前に議員会館の一室の大理石の表面にわが国最古のサンゴの化石を見つけたことを契機に、国会議事堂の石材に関心を持ち、地質学の学者と一緒に調査してまとめた本でしたので、亀さんの「雑学」的な関心を満たすものでした。
(注2)著者は、「当時、日本の植民地を含んで「国産」とよんでいた」とする。
(注3)1階部分の外装材は、山口県の黒髪島産の黒髪石である。

2007年3月13日 (火)

受験シーズン・合格発表

      ―亀さんの大学受験の頃―

07031201大学の 受験・合格発表のシーズンになると、亀さんは自分の大学受験の思い出に暫し浸るときがある。その思い出には、ほろ苦い程度から激辛なものまで、僅かながら甘いものも。既に40年の歳月が経過し、薄れつつあるが、青春の大切な思い出の一つ。

当時も、国立大学には2回のチャンス。今の前期日程・後期日程という形式ではなく、大学自体を1期校、2期校に区分。また、センター試験(前身の共通一次試験)はなく(注)、各大学が独自に試験を実施。大学によっては1次試験も。受験科目も現在よりは多かったと記憶。ただ、今のように医学部偏重という状況ではなく、当時の高校生はかなり自由かつ広く受験校を決定。
亀さんは、現役の時には、「次の年から、戦後のベビーブーム(つまり、団塊の世代)で受験生は増加の一途だ」という危機感を持って試験に臨む。2次試験の最初の科目は亀さんの得意だった数学、だが、大失敗。その後の試験も戦闘意欲が沸かず、結果は不合格。「数学でもできない問題はあるんだ」というのが貴重な経験。
実を言うと、亀さんは、30歳くらいまで1年に1回くらい、大学受験の夢をみてうなされた。それは不合格の現役の時の試験ではなく、合格した1浪の時の試験。広島の予備校に通い、学力のアップはほとんど無かったものの、万全な受験技術を身に付け、自信をもっても臨んだ試験。
しかし、マークシート方式の1次試験で大ハプニング。問題を全部解いたはずなのに回答欄が1つ余っている。つまり、どこかで問題を1つ解かずにとばしていた。言い換えると、途中から回答欄が1つずつずれているということ。だが、どの問題をとばしたのか分からず、時間もあと30分。アセル。最後の問題から1問ずつさかのぼって確かめる。試験終了間際、とばしていた問題にたどり着く。その問題を解いたところで、試験終了のチャイム。(同時に、寝汗をかいた亀さんは夢から覚める。最近は、こんな夢も見なくなった。)
こんなこともあって、1浪の時は第1志望校に合格。大学では、多くの読書と勉強、そして生活のためのアルバイトとほんの少しの遊び。そして、恋愛と失恋。そして、卒業。
こうして、社会人になり、還暦を迎えた今がある。亀さんは、家族に受験生を抱えていないのに、今週月曜日、入試結果を掲載している週刊誌を買った。出身高校の後輩達の奮闘振りと自分の青春の確認のために。(記入者:亀さん)
(注)「能検テスト」という全国一斉学力試験がありましたが、これは大学入試の判定材料にはなっていませんでした。

2007年1月26日 (金)

給食費滞納に想う!

     ―団塊世代の学校給食の思い出―

自前のアルミの食器、コッペパン・脱脂粉乳・鯨肉・肝油ドロップ Kyusyoku

「給食費滞納9万9000人」「原因の6割『親のモラル』」などと小中学校の学校給食費の滞納が問題化しているとの新聞記事(注1)を読んで、亀さんたち団塊世代の学校給食はどうだったか、記憶を呼び起こしてみました。

亀さんの住んでいた町では、学校給食は小学校だけで、中学校にはありませんでした。

食器は自前のアルミの皿1枚、椀2個と箸を「給食袋」に入れ、それをランドセルに吊して、ガチャガチャ鳴らしながら通学します。

給食時間になると、みんなから選ばれた給食係(白いエプロン・頭巾・マスクを着用)が調理室から教室へ大きな箱に入ったコッペパン、バケツに入った脱脂粉乳とおかずを運んでくる。他の人は机の上に自分の食器を並べて待っています。そして、給食係がみんなに配り、先生と一緒に食べます。

今でこそ、米飯給食もあるが、当時はパンが近代的ということで、ホットドックロールに似た「コッペパン」。塗るのはマーガリン(みんなは「バター」と言っていた)かジャム。スライス食パンは6年生の時からで週1回。

みんなに嫌われたのは、米国の援助物資の「脱脂粉乳」(注2。スキムミルク)。みんな、不味く臭くても、栄養があるからと言って鼻をつまんで飲んだ(注3)。亀さんは、ヤギの乳よりは美味しいと思って飲みました。

おかずは、魚介類や野菜・豆・芋類の煮物が主力で、肉はあまり出ず、時たまに出るのは当時安かった鯨の肉か魚肉ソーセージ亀さんが「人間の食べ物でない」と駄々をこねたのは、「おから」。亀さんはウサギの餌にしていましたので。

デザートはなし。デザートにミカンやリンゴやヨーグルトが出るのは、亀さんたちが卒業してから。そうそう! 金が払った人にだけ、「肝油ゼリー(ドロップ)」が1個配られ、美味しそうにデザートとして食べました。

給食代は、月1回、袋に入れて先生に渡す。期日までに持って行かないと、みんなの面前で先生が注意するので、誰が滞納しているかがすぐ分かった。また、生活保護家庭等貧しい人は免除されていましたが、誰が免除されているのかもすぐ分かりました。

当時は、みんながおおらかで、肝油について差別的だという話もなく、みんなの面前で先生が給食費を督促しても個人情報漏洩などとは言われない時代でした。

(注1)「doc0701251503430001.pdf」をダウンロード

(注2)脱脂粉乳が援助物資に決定した経緯等は次の資料に詳しい。

http://homepage3.nifty.com/ksmansaku/site1/zatsuji_20011222.html 

(注3)脱脂粉乳が牛乳に比べて不味いというのではない。だって、一般家庭では、牛乳など殆ど飲んだことはなく、かなり豊かな亀さんちですら、毎朝、近所の農家からヤギの乳を買って飲むのが贅沢だったくらいだ。

(記入者:亀さん)      Shasin3

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2007年1月20日 (土)

外国人留学生と日本文学

   2006年留学生文学賞の授賞式-

あなたは、「留学生文学賞」を知っていますか?

070119413_7070119594_7                   左は留学生文学賞のシリン・ネエザマフィさん、上は受賞者と選考委員

「留学生文学賞」は、外国人留学生のための日本語文学新人賞です(注1)

亀さんやINOさんの高校の同期生であり、新宿・檸檬屋の主人である住枝君と日本語文学を学ぶアジアからの留学生との交流のなかで生まれ、ボランティアが支える特異な文学賞です。

このことは、一昨年、朝日新聞夕刊の「ニッポン人脈記」に「アジアの留学生と」と題して10回にわたり紹介されました(注2)

亀さんは、この賞に関係する人や審査委員などの(進歩的な)思想について行けないところがあるのですが、同期のよしみで初期段階からささやかに応援しています。

                        昨日(1月19日)、その授賞式と記念パーティが神田神保町の学士会館であり、亀さんも参加しました。

今回は、13カ国・地域の留学生から78編の小説、詩、エッセイが応募され、留学生文学賞は神戸大学大学院で学んだイラン人女性が、各種の奨励作品賞はコートジボワール(アフリカ)、モンゴル、マレーシア、中国からの留学生が受賞しました。

そのため、会合は国際色豊かなものでした。また、原東京大学留学生センター教授、評論家の呉智英氏、作家の辻井喬(堤清二)氏、宮崎学氏等の著名人も多く出席されていました。

二次会は、受賞者、選考委員を交えて、新宿の檸檬屋で開かれたが、夜も遅くなりそうなので、亀さんは参加しませんでした。

このような活動を通じて、日本の文化がアジアを始め世界に理解され、世界の人たちの相互理解と世界平和につながることを祈っています。

(記入者:亀さん)

(注1)            留学生文学賞の詳細は、http://www.ryu-bun.org/

(注2)            朝日新聞の記事の詳細は、http://www.ryu-bun.org/scrap/asahi0509.html

(下の写真は会場風景)

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