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2014年5月25日 (日)

興福寺「中金堂再建上棟式」(その2)

前回の(その1)で素屋根に覆われた中金堂を紹介しようかとも思いましたが代わりに工事現場から見た五重塔と東金堂の眺めをお見せしておきます。

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いずれも国宝で、五重塔は聖武天皇のお后の光明皇后の発願で創建されました。皇后は藤原不比等の娘で、皇女ではない臣下から上がったことからも一族の期待を集めたわけです。現在の建物は室町時代の再建で、国宝の五重塔では京都・東寺(教王護国寺)の五重塔に次いで2番目の高さがあります。こちらが「遠景」とすると「近景」はこちら。

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正岡子規が 秋風やかこいもなくて興福寺 と詠んだのを季節外れながら紹介するように、寺域には垣根がないこともあって観光客がひっきりなしに訪れていました。なかでも多いのが海外からのツアー客や個人客でこちらの方もそう。いまの時期、鹿は生えそろった角の先が変わった形なのが面白いらしく、みなさんカメラを向けていました。

外人の方といえば瓦の寄進を受け付ける窓口にも多く来られているようで、写真を一枚だけ撮らせていただきました。

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右端はフランス語(多分)、左端は台湾と書かれています。それぞれの「願い」が込められているのでしょう。

(記入者:野次馬)

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コメント

4年ほど前に、中金堂の立柱法要の記事を書かれましたが、再建上棟式は、立柱法要から工事がどの程度進んだのですか?
それにしても、時間が掛かるんですね。

亀さんへ 立柱式は創建1,200年の2010年でした。落慶まではあと4年だそうです。新聞には上棟式までで全体の80%と書かれていましたが、あくまで建物関係では、ということでしょう。大屋根の棟の両脇には金色の鴟尾(しび)を乗せ、瓦を葺き、建物内部を完成させていくことになります。工事関係の方が大変だったのは用材探しで、台湾やカナダをはじめとしてアフリカまで。しかもまとめて手配すると木材価格に影響しかねないということで苦労したと言われていました。それも考えると30年近い、まさに「大事業」ですね。

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