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2013年1月18日 (金)

近江散歩 (その2)

旧・東海道を京の都から下っていくと山城と近江の境にあったのが「逢坂の関」です。古代から都の防衛の要衝でした。現在は国道1号線が切り通しを通り、JRは「逢坂山トンネル」を抜けていきます。坂の頂上から450mほど琵琶湖寄りの国道そばにあるのが関蝉丸神社です。

Imgp1466

百人一首に「これやこの行くもかへるも別れてはしるもしらぬも逢坂の関」を残した蝉丸を祀っています。平安時代、宇多天皇に仕えた雑色(雑役をつとめる官人)とも醍醐天皇の第四皇子ともいわれますが和歌や琵琶の名手でした。年を経て盲目になりながらも源博雅に琵琶の秘曲を授けたところから「音曲芸術祖神=歌舞音曲の神様」といわれることが右の石碑に刻まれています。

Imgp1469

これが本殿です。「カラオケの上達」を祈って参拝しました。

Imgp1472

百人一首の蝉丸作品を紹介する歌碑が建てられていました。

Imgp1470

本殿前の狛犬にちょうど雪が残っていて<いい感じ>でしたので撮っておきました。
「はい、チーズ!」と言ったら「男前に撮ってや!!」と言われたような。

                           (記入者:野次馬)

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コメント

火でしたか…。
ところで、東京の王子神社にも末社・関神社があり、蝉丸公が祭神です。
蝉丸公の姉「逆髪姫」のために髢・鬘を作ったという伝説により、髢、鬘や床山業界の方々の信仰厚い神社で、全国でも珍しい「髪の祖神」です。
http://ojijinja.jp/yuisho.html

亀さんへ さすがにお詳しい。「逆髪姫」は狂乱して宮中を追われます。逆髪は「髪が逆立つという異常を身に負う」とされます。一方の蝉丸は「盲目であったのかあとで盲目になったのか」わかりませんがそれを理由に帝から出家を命じられます。この二人が逢坂の関のあたりの蝉丸の庵で出会い、互いの縁を思い、業の深さを嘆きあいながら別れていくというのが浄瑠璃の『蝉丸』です。

ただ近年、表現の制約が色々ありますから身体の「障がい」については気を使います。

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