フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 久しぶりに「アートな現場」へ(その2) | トップページ | 乗換えが大変! »

2011年12月20日 (火)

久しぶりに「アートな現場」へ(その3)

最後は建物の北側、保津川の護岸に2本だけ残るサイカチの木です。マメ科の落葉喬木で高さは15mほど、しっかりと根を張るところから亀岡を治めていた明智光秀が植えさせた記録もあるそうです。もちろんこれがその名残の、というわけでもありませんが20-30cmの豆果とか莢果と呼ばれる実をいっぱいつけています。これがカサカサと風に鳴っていました。

Imgp1136 052

055

落ちていた実を拾ってきたのを並べて撮ったのが左の写真です。これの煮汁にはサポニンという「石鹸成分」が20%も含まれており、それが汚れを落とす作用があるそうで世界各地では石鹸の代用に使われているそうです。私は捨てるのももったいないので紐で結んで書斎のオブジェにしました。 (記入者:野次馬)

Imgp1151 Imgp1154

« 久しぶりに「アートな現場」へ(その2) | トップページ | 乗換えが大変! »

コメント

へー!明智光秀に縁のあるサイカチという木があるんですか?
おでこが出ている頭のことを「サイカチ頭」といったような気がするんですが…。その語源なんでしょうか?
もっとも、明智光秀は「金柑頭(禿げ頭)」と信長に呼ばれたそうですが…。

亀さんへ 木の根元に観光協会が立てた看板があります。「樹齢400年以上とも云われ天正年間、明智光秀公が亀山城(旧称、明治初期に伊勢・亀山と紛らわしいとして亀岡に改称)築城の際、北方最外側の防備を保津川堤としその決壊を防ぐため堤一帯に植えたと伝えられますが今はこの2本のみとなりました。京都・本能寺にも同じサイカチの木があり、この巨木は光秀公の花道を飾って由緒深い余韻を河風に漂わせています」とロマンチックに表現しています。ここでは「光秀公」は逆臣ではなく愛される人物なんでしょうね。

亀さんへ 「サイカチ頭」じゃなくて「才槌=サイヅチ頭」です。木槌などのように額と後頭部が尖っているのを言います。「金柑頭」のほうは光秀の髪が薄いのを信長に日ごろからからかわれていたのが「本能寺の変の原因」という俗説もありますが境内にサイカチの木があるというのは知りませんでした。近くに行ったら確かめてきます。

>野次馬さんへ
確かに、さいづち頭の方が形として納得できるのですが、亀さんの田舎では、誤用したのか、さいかち頭と言っていたんですよ。
亀さんの勘違いかと思ってインターネットで調べたら、この誤用はかなり広がっているようですよ。
なお、京都市のさいかち町という名前の町があるようですよ。

亀さんへ さいかち町は上京区にあります。二条城東側の堀川通りを北に上った東側あたり。漢字は皀莢町と書きますが「一口=いもあらい」などと同じく京都の難読地名のひとつです。その昔、町内にサイカチの大木があったからとか。江戸時代の絵図には「さいもく丁」ともあるのでこのあたりに密集していた材木商のざいもくからの由来とも。「災勝」「採勝」「催勝」などの当て字のある幸先のよい木ですと観光協会の看板にあったことを付け加えておきます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/177803/53524663

この記事へのトラックバック一覧です: 久しぶりに「アートな現場」へ(その3):

« 久しぶりに「アートな現場」へ(その2) | トップページ | 乗換えが大変! »