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2011年11月12日 (土)

ならまちめぐり(その2)

ネパールの窓格子がはまった民家を発見!あれっちょっと違うなと気づきましたがなかなか細かい加工が施されています。不思議と合いますね。

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「奈良町物語館」ではちょうどクリスマスを彩るリースの作品展が開かれていました。いずれも力作ぞろい、仕上げるまでには何日もかかったみたいです。

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こちらは大正10年創業という吉田蚊帳です。日本伝統・奈良特産の蚊帳だけでなく蚊帳生地を使ったのれんやタオル、ふきんなどが並んでいました。蚊帳は3畳用から。ふきんを選んでいる家内に「夏は開けっぱなしてこれで寝たら気持ちいいだろうなあ」と言ったら「使いもしないのに作ったうベランダのウッドデッキでそうしたら!」と返されてトホホ。店内は遠慮しましたが外観はこちらです。左の写真手前方向から歩いて行くと古い町工場風の建物の隣に<クラシカルモダン>な店舗があります。入口のも右の通用口ののれんも蚊帳生地です。

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屋根を見上げるとてっぺんに何やら人形のようなものが。最大ズームで撮ったのですがどうやら魔除けの鐘馗(しょうき)のようです。 (記入者:野次馬)

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コメント

素敵なレポートアリガトウ。ホッコリとしますね。
来週は新撰組の歴史館に行く予定。古いものを見るのはとても楽しみです。

奈良めぐりも、観光的でなく、ネパールの窓格子や魔除けの鐘馗様や蚊帳店など、面白いですね。
小さい頃、寝るときに蚊帳を張ったのを思い出しました。蚊帳に入るときに、蚊が入らないようにカヤの縁をバタバタ振るって入りましたよ。

GORO爺さんへ そうでした。そちらには新撰組の歴史館がありましたね。残念ながら行けませんでした。こちら(京都)は実際の舞台だった街なので色々な見どころがあります。壬生の屯所跡とかさまざまな襲撃現場の石碑とか。つわもの共の夢の跡でしょうか。

亀さんへ 蚊帳の思い出があるのは我々「団塊の世代」まででしょうか。入りかたもそうですが捕まえてきた蛍を中に放して叱られたり。そういえば夏用に「蚊帳テント」を買ったものの一度も使っていません。夜間の雨が心配でテントになってしまうので出番なし。やはり蚊帳は室内ですよね。

こんにちは。
私も、蚊帳の思い出は沢山・・・
蛍もどこにでもいて、確かに蚊帳に入れていましたネ。朝起きると死んでるので、なんとなく寂しい気持ちがしたものです。
また、傍に寝ている弟が蚊帳の外に出るので、何度も引っ張って入れたり、良い思いでです。
現代では、「蚊帳の外」などの言葉は生きているのでしょうか?
奈良、京都は歴史好きの私にはたまりませ~ン!

マルチュウさんへ 芭蕉にも「近江蚊帳汗やさざ波夜の床」という句がありますから江戸時代にはあったのでしょうね。「蚊帳の外」は意味がわかっていてもあまり使われない<半死語>のように思います。

マルチュウさんへ=追報 講談社現代新書(No
1304)『「死語」コレクション 歴史の中に消えた言葉』水原明人、1996 に「蚊帳」がありました。引用しておきます。
【蚊帳】「蚊屋」とも書く。昔は夏になると、蚊を避けるために室内に蚊帳を吊った。この習慣はかなり古く、千年以上も前からおこなわれていたらしい。一般には麻製が多かったが、絹、紗、木綿なども用い、江戸時代には紙製の蚊帳まであった。(中略)蚊帳というのは蚊を防ぐだけでなく、外の世界から隔絶されているような不思議な雰囲気があり、雷が鳴ると蚊帳を吊って中にいると安全とも言われていた。最近は蚊帳を使う家はなくなったが、仲間内の話し合いから一人だけ外されたり、情報が伝わらなかったりする時、そういう状態を「蚊帳の外」と呼ぶ表現だけは残っている。

江戸川柳に「食う蚊より食わない蚊帳までぶち壊し」というのもあって昔から蚊は<憎きやつ>だったんですね。

野次馬さん、アリガトウ御座いました。
良い勉強に成りました。「B玉」でも勉強に成り、ユーモアも沢山感じさせて頂き「ボケ防止」に大いに役立っています。感謝、感謝!デス。

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