ちょっと散歩に(瀬田唐橋界隈)
梅雨空の晴れ間、近所の瀬田唐橋界隈を散歩してきました。琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川を、東海道が「渡る」橋として昔から交通の要衝でした。「唐橋を制する者は近畿を制す」とまで言われ、大海人の皇子の「壬申の乱」(672)、木曽義仲の「寿永の乱」(1183)、北条義時の「承久の乱」(1221)」など多くの戦の重要ポイントになって来ました。激戦地というよりはどちらが先に占拠するか、とか敵が攻めてくるのを防ぐため焼払ったり、打ち壊したわけです。
さらに昔なら「俵藤太のむかで退治」が有名です。この地に巨大なむかでがいたというより「まつろわぬ地方豪族」を懲らしめたということなのでしょうか。現在の位置に架け替えたのは織田信長とされています。
この石碑の裏に「むかで退治」の話が紹介され、すぐ脇にはロータリークラブが建てたその絵があります。
折から各大学や高校などの漕艇・カヌーの選手らが練習に励んでいました。橋の上でデジカメを構えていたのですがシャッターのタイミングがなかなか合わなかったり隣のほうをくぐったりで散々でした。何とか紹介できそうなのがこちらです。でも後で見るとみな後ろ向きでした。ボートは遠ざかるアングル、カヌーは近づくアングルでないと顔が写らないのでしたね。次はちゃんと考えて位置取りします。
(記入者:野次馬)
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コメント
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日本史、中国史、大好きの私ですが、ジワーと思い出しました。
最後の写真が、野次馬さん風のギャグ?でしょうかネ(エッ!真面目な・・・失礼致しました)
投稿: マルチュウ | 2011年6月23日 (木) 19:40
マルチュウさんへ 漕艇は後ろ向き、それに比べてカヌー・カヤックは「前向きスポーツ」と口を滑らせて京大漕艇部OBの方に叱られたことを思い出しました。この3枚は正直、失敗作でしょう。
投稿: 野次馬 | 2011年6月23日 (木) 23:13