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2010年12月 6日 (月)

旧暦はすごい!

 ―松村賢治著「旧暦と暮らす」

     と半井小絵著「お天気彩時記」―10120406p1040909

今年は、天候が暦どおりでなく、春先から雨ばかりで、梅雨が明けると、今度は猛暑が連続し、熱中症による多数の死者まで出る始末でした。秋になっても夏が続き、秋晴れのない秋になってしまいました。

“地球の温暖化”の証左だという人もいますが、何か変です。

亀さんがそのように感じていたときに、書店で2冊の文春文庫が目に留まりました。

そのうち、「お天気彩時記」は、NHKの人気お天気お姉さんの書いた単行本(2006年刊)の文庫版で、ベストセラーになっていました。天気と24節気と四季折々の彩りと俳句の季語などを結びつけたエッセイを面白く読みました(注1)

この本と並んで、「旧暦と暮らす」が置いてあり、“旧暦”と“天候”とがテーマであるようでしたので、買ってみました。この本は、2002年刊行の単行本の文庫版です。

旧暦の従ったスローライフの勧めの書で、それがいかに合理的で健康的な生活なのかを色々な事例を挙げながら解説してくれています。

内容的には、①閏月のオモシロさ、②新暦の1月7日の「七草粥の日」には天然の春の七草は入手不能、3月3日の「桃の節句」には桃は開花していない、5月5日の「端午の節句」には菖蒲は咲いていない、7月7日の「七夕」は梅雨明け前で曇天が多い等々と興味深い話が多く書かれていました。

特に、春の花は梅→桃→桜の順で咲くとの誤解は、“桃の節句が新暦の3月にある”ことに起因していることには、納得せざるを得ませんでした。(本当は、梅→桜→桃)

なお、明治政府が明治6年に急いで旧暦から太陽暦に改暦した第一の理由がお役人の2か月分の給料のカットであるという「改暦の怪」をはじめて知りました。

ところで、著者の松村賢治氏が、広島県出身で、ヨット世界周航し、「大阪南太平洋協会」(注2)を設立して理事長に就任しておられ、スローライフを推進されているのが、“何となく、このブログの共同運営者の野次馬さんに似ているなあ!”と感じました。(因みに、野次馬さんは、シーカヤックで世界の色々な海峡を渡り、「国際CANつぶし協会」を設立してその会長に就任しています。)

亀さんは、“ひょっとすると、松村氏は同じ高校の卒業生では…”と思い、S学園同窓会名簿を調べてみると、果たして、亀さんや野次馬さんやINOさんの同窓生で、4年先輩でした。

何か、うれしくなりましたよ(記入者:亀さん)

(注1)、「お天気彩時記」は、①“「さわやか」は秋の季語なので、春には使えないこと、②「五月晴れ」は、本来は梅雨の晴れ間をいい、晴れ続きの5月ではないこと、③エルニーニョ現象で冷夏になったため、子供用目薬の売上げが20%減ったこと、④雷のときに言う「くわばら」の語源、⑤冬至のゆず湯は禊ぎの名残りであるが、「冬至」と「湯治」とをかけたこと、⑥高層ビル最上階の有名美容院とビル風の話など、面白い話が満載でした。

(注2)(社)大阪南太平洋協会のHP:http://www.aspa-osaka.com/、ブログ:http://www.aspa-osaka.com/blog/

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コメント

亀さんへ 過分な?ご紹介をいただき恐縮です。松村さんがわが高校の先輩で関西在住ということですので機会があれば事務局を表敬訪問したいです。その前に『旧暦と暮らす』を読んでからにしないと。

>野次馬 さんへ
野次馬 さんへ既に読まれていると思いましたが…。なかなか面白い本でしたよ。
八重洲のブックセンターに行って、大阪南太平洋協会の発行する旧暦カレンダーを買おうかなと思います。

旧暦カレンダー代金¥2,300を振り込みました。
宜しくお願いいたします。

>深井 豊さんへ
亀さんは、旧暦カレンダーの販売取次ぎはしていません。また、亀さんへの振込先自体、存在しません。
コメント先を誤っておられると思いますので、ご確認下さい。

旧暦の仕組みをよく知らないことで有名な著者が書いたトンデモ本を真に受けないように。
そこから導かれる説はオカルト旧暦教と笑われています。
http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlwa/200703100.htm
http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlwa/200703110.htm
半井さんもよくわかってません。

> あらま さんへ
御意見、有難うございます。
松村氏は、オカルト旧暦教ではないと思いますが…。

亀さんへ 久しぶりの旧暦の話題ですね。明治新政府がいきなり太陽暦への移行に関する詔書を発表したのが1872=明治5年の11月9日でした。12月3日を明治6年の1月1日とするといわれたほうもびっくりですよね。もっとも国民のほうは案外平気だったかも。お役人さんは大変だったでしょうが。給与の件もそうですが。

>野次馬さんへ
2年前の記事にコメントがあったので、返事のコメントをしただけですよ。
明治の改暦は、最初から給料をケチる目的があったと聞きますね。当時、国家財政が大変だったので、その対策だったようで…。
ところで、最近、貞亨の改暦をした渋川春海のことを書いた冲方丁の「天地明察」を読みましたよ。

亀さんへ そうでしたね。私は例のブログの11月23日にフランスの「革命暦」を紹介しました。この連載で亀さんから聞かれた新暦・旧暦の問題と言うのは常に頭に残っています。1年やり遂げてと思いましたが14日に京都で編集長に会いますので聞いておきます。それとオカルト云々のKさんとはK林さんですか?

>野次馬さんへ
オカルト云々のことは、コメントをくれた人の言っておられることで、亀さんは全く何のことか分かりません。

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