フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 16日のカワセミは… | トップページ | 興福寺の中金堂「立柱法要」(その2) »

2010年10月17日 (日)

興福寺の中金堂「立柱法要」(その1)

奈良はいま「平城遷都1300年」でさまざまな行事が開催されています。そんななかで興福寺から中金堂再建の「立柱法要」のご案内をいただいたので16日、家内と参列させていただきました。興福寺といえば皆さん「ああ、あの阿修羅の!」とおっしゃるかもしれませんね。昨年、東京と福岡で開催された「国宝 阿修羅展」は170万人が来場し<仏像ブーム>を超えて<社会現象>とまで言われたのは記憶に新しいと思います。

興福寺は遷都と同じ710年(和銅3年)に藤原不比等により飛鳥から移されました。春日大社も同じ年に創建されそろって藤原氏の氏寺・氏神となりました。しかし戦乱などで焼失と再建を繰り返し、中枢建物の中金堂も火災で7度焼失、江戸時代の1717年(享保2年)に焼失後は仮金堂でしのいできました。

「立柱法要」は一般の棟上げにあたる「立柱式」の法要です。中金堂は創建当初の規模で再建されるので柱は1本が高さ約10メートル、直径約80センチで5トンもの重量があります。ご覧のように基壇に建物中心部となる36本の柱が組み上がった段階で全体が巨大テントで覆われています。国内ではこれほどの大きさのケヤキは手に入らないのではるかカメルーンで伐り出された「アバ=アフリカケヤキ」が使われています。会場入口では真っ白な衣装の若者が迎えてくれました。見上げればその大きさがお分かりいただけるでしょうか。

Cimg3097Cimg3080Cimg3078

この日は晴天に恵まれ午後1時半からの「立柱法要」には約700人が参列しました。国宝五重塔を背景に最後尾の正装した多川俊映貫首の入場でいよいよ開式です。
(記入者:野次馬)

Cimg3082

« 16日のカワセミは… | トップページ | 興福寺の中金堂「立柱法要」(その2) »

コメント

こんばんは。

立柱式に招待状が来るとは野次馬さんはどんな方何だろう?と思ったのが最初の気持ちです。

柱1本が5トンとは凄いですね。
総重量はどの位なのかな?と余計な心配をしてしまいました。
無事上棟されるのが楽しみですね。

立柱法要の招待があるとは、文化人の野次馬さんならではですね。本当にすごいですね。
亀さんが夏に興福寺に行ったときにはようやく工事に入ったところでしたが、いよいよ立柱式なんですね。
完成(落成)までに相当の期間がかかるんでしょうね。

8年後の2018年秋が落慶予定です。いま柱が立っている主体部の外側に庇を支える構造物が作られ屋根は二層になります。完成後は東西36メートル、南北23メートル、高さ21メートルで平城宮跡に復元された大極殿に匹敵する大きさになるそうです。創建当時そのままの中金堂が再建されることで境内を「天平の風」が吹き抜ける!という関係者の皆さんの夢が実現します。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/177803/49769125

この記事へのトラックバック一覧です: 興福寺の中金堂「立柱法要」(その1):

« 16日のカワセミは… | トップページ | 興福寺の中金堂「立柱法要」(その2) »