亀さんちの雛飾り(1)
―江戸雛と京雛―
昨年も、亀さんちの雛飾りを3回にわたり報告しました(注)が、亀さんちの室内は、恒例により、現在、色々な雛飾りで埋めつくされています。
今年の和室の床の間は、上村松園の「御ひな之図」の複製画と吊るし雛と色々なお雛様が飾ってあります。
今年は、昨年とは異なり、亀さんちで一番豪華だった「親王飾り」がありません。
娘が生まれたときに“清水の舞台から飛び降りる”ような思いで買った親王飾りは、娘がお嫁に行っても亀さんちにあったのですが、昨年、娘に女の子(亀さんの孫)が生まれ、娘のところに行ったのです。
先日、その娘から、「お雛様には京雛と江戸雛があって、並べ方も違うようだが…」という電話がありました。
そこで、亀さんは、「関東雛(江戸雛)と京雛の違い」を説明することにします。
まず、現在、江戸雛は男雛(親王)を右(向かって左)に・女雛を左(向かって右)に飾りますが、京雛はその逆に飾ります。
このような違いが生じた原因は、次の通りだと考えられます。
まず、中国の律令制では当初「右尊左卑」の思想でした。「左遷」とか「右に出るものはいない」という言葉は、「右」が「左」よりは優れていることを表しています。
しかし、中国でも唐・宋の時代には、「左尊右卑」の思想になりました。そこで、その時代の中国の制度を倣ってつくられた、日本の律令制では「左尊右卑」の考え方が取り入れられ、左大臣の方が右大臣より上位であるなど、左は右より格が高いとされていました。御所における玉座の位置も天皇が左(向かって右)に座られました。
このため、江戸時代までは、関東雛も京雛も、男雛を左(向かって右)に飾りました。
しかし、明治時代以降、西洋の流れを受けて、大正天皇の即位の礼で天皇陛下が皇后陛下の右に立たれるなど、国際儀礼である「右が上位」の考え方が取り入れられました。
そこで、関東を中心に、大正天皇の即位時のスタイルにあわせて、男雛を右に飾るようになりました。(京雛は、伝統を尊重して、従来どおり、男雛を左に飾ります。)
ただ、関東雛と京雛の違いは並べ方だけでなく、顔なども異なっています。関東雛の頭ははっきりした目鼻立ちですが、京雛は目もやや細めで、京頭といわれる独特のおっとりした顔立ち、という違いがあります。以上。
なお、亀さんちのお雛様の並べ方は、原則的には、関東雛の並べ方です。ただ、上村松園の複製画や(2)に掲載する版画などは京雛の並べ方になっています。
このほか、居間、玄関と階段の窓にもお雛様がありますが、長くなりますので、(2)に書きます。(つづく)(記入者:亀さん)
(注)昨年2月19~21日の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-2d95.html、http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-81a2.html、http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-3645.html
(参考1)関東雛・京雛の違い:http://www.hinaningyou.jp/know04.html、http://www.ando-doll.com/hina_glossary_7.html
(参考2)左大臣と右大臣:http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1136141.html
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