フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 東京都観光菊花大会 | トップページ | むべなるかな(その2) »

2009年11月 6日 (金)

むべなるかな(その1)

新聞の地方版に「皇室にムベ献上――大嶋・奥津嶋神社宮司ら上京」の記事を見つけたのでドライブがてら、琵琶湖の東岸、滋賀県近江八幡市に向かいました。実際に木になっているところを見てみたいし、どんな味なのかを知るいい機会と思ったものですから。ムベはアケビ科で別名をトキワアケビともいい漢字では「郁子」とも書きますが神社には「薁」=「草カンムリ」に「奥」=の一字を使っていました。

Cimg1851 Cimg1856

こちらが大嶋・奥津嶋神社で境内にムベの棚があります。前の石碑は明治天皇巡行に際して当時の滋賀県令(知事)が詠んだ「大君=天皇にささげしむべは古き代のためしをしたふ(慕う)民のまごころ」を刻んだもので神社の絵馬にもなっています。右の柱に漢字が書かれた板を見つけました。

Cimg1852

さて「むべなるかな」の由来ですが、大津に都があったとき(大津京:667-672)天智天皇が狩りに出かけられた際にこの地に立ち寄られ、8人の子を持つ元気な老夫婦に「汝ら、いかに斯く長寿ぞ」と尋ねられました。老夫婦は「この地で採れるこの実を食べているためです」と説明したところ「むべなるかな=なるほど、それはもっともなことだ」と仰せになり、毎年献上することになったそうです。この話は古記録の「延喜式」に残されています。 (記入者:野次馬)

*大嶋・奥津嶋神社という名前は写真=上右の拝殿の奥に祭神の違う大嶋神社と奥津嶋神社の二社が祀られているところからです

« 東京都観光菊花大会 | トップページ | むべなるかな(その2) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/177803/46685532

この記事へのトラックバック一覧です: むべなるかな(その1):

« 東京都観光菊花大会 | トップページ | むべなるかな(その2) »