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2008年10月 7日 (火)

芸州藩上屋敷の石垣石!

     ―広島ゆかりの遺跡で発見!―081003011 081003022 081003033 08100304

亀さんは、先日、用事で某省に行った帰りに、芸州藩(安芸広島藩)浅野家上屋敷の石垣石が某省の構内に展示してあるのに遭遇しました。

江戸時代、国会や中央官庁のある霞ヶ関や永田町には、親藩(注1)や大きな大名の屋敷がありました。霞が関駅から国会前庭付近にかけての「外桜田」には、芸州藩浅野家上屋敷、筑前福岡藩黒田家上屋敷、近江彦根藩井伊家上屋敷などがありました(注2)

亀さんは、亀さんやINOさんが学んだ私立中学・高校が芸州藩の藩校にゆかりのあったこと(注3)から、芸州藩上屋敷の遺跡跡に某省のビルが建っていることを以前から知っていました。

しかし、それは、江戸古地図上の知識だったのですが、今回、芸州藩浅野家上屋敷の石垣石により、物的にも確認でき、何となく感激しました。

説明によると、その石垣石は、“某省の構内掘削工事の際に発見された石積みの一部で、石に刻んである刻印は浅野家が築城した和歌山城にも見られ、この石は、浅野家が江戸城の天下普請に参加した際に自藩の屋敷にも使ったのではないか(趣旨)ということでした。

この石垣石を見ながら、故郷・広島や母校に想いを馳せた亀さんでした。(記入者:亀さん)

(注1)例えば、紀尾井町には、紀州徳川家中屋敷、尾張徳川家中屋敷、近江彦根藩井伊家中屋敷があり、

(注2)桜田門外の変の日、井伊大老は今の国会前庭北庭園にあった上屋敷から登城しようと、桜田門に向かっていた。

(注3)同校の今年度の関東同窓会には、浅野家宗家・浅野長孝氏も出席されている。

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コメント

おはようございます。
昔は石垣の石は大名たちのお手伝いで山から切り出して石に印をつけて川船や海船で江戸などへ持ち込んだようです。埼玉県内にも利根川沿いに石垣の集積所があったようです。そこに残された石には各藩の印が刻み込まれているそうです。しかし大変な労力だったでしょうね。幕府に睨まれないように苦労したのだと思います。

社会科全般が苦手な私ですが、こういうちょっとしたこぼれ話は、大好きです。
東京って、面白そうなものがいっぱいですね。

そうそう、上のヒントで亀さんたちの出身高校がわかりました。名門ですねぇ。

(アケビが無事収穫できたそうで、よかったです。お味のほどはいかがでしたか?)

> シゲさんへ
江戸幕府は、各藩の財政力を低下させることで、幕藩体制の確立を図ったようで、参勤交代、江戸城などの築城・改築の普請、木曽三川の治水工事(宝暦治水)などの治水工事を命じたようです。
江戸城の石垣石は、主に伊豆半島の東海岸の石が多いようで、船で運んだんですね。大阪城は瀬戸内海の島などの石を海船で運んだようです。
なお、国会議事堂の外壁の石は、亀さんの故郷の石が沢山使われています。
http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_d2c7.html

> ubazakuraさんへ
調べてみると、亀さんの出身県のお隣りの岡山県の大名の刻印の石垣は、文部科学省の建替えの際に江戸城の外堀の石垣として発見されて、現在展示されているそうです。亀さんの好奇心を刺激します。意外と東京は古いものも残っていますよ。
このブログを書くと、出身校が分かるなあと思ったんですが、マッイイカと…。
最後に、アケビの実はタネが多いんですが、ゼリー状でとても甘い味でした。実の皮は、今回は食べませんでしたが、「芸術の小径」というブログに、「アケビの味噌炒めのつくり方」が出ていたので、次回の収穫の際には奥さんに作ってもらおうと思っています。

http://www.city.okayama.okayama.jp/hishokouhou/tokyo/news/16fy/040615ishigaki/ishigaki.htm
http://www.mext.go.jp/ishigaki/index.htm

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