異常に大きな中央分離帯か?
東京の本郷通り(都道455号線)の旧古河庭園と飛鳥山公園の間に、異常に大きな中央分離帯?があります。道の真ん中にうっそうとした森がドンと腰を据えているようです。
これは、中央分離帯として造られたものではなく、江戸時代の一里塚の「西ヶ原一里塚」で、国の史跡に指定されています。
江戸幕府は、諸街道の整備を行いますが、街道の道のりを示すために、一里ごとに街道の両側に塚を設け、その上に1本の榎を植えました。(そのため、一里塚のことを別名二本榎といいます。)
「西ヶ原一里塚」は、「岩槻街道(日光御成街道)」(注1)の2里目の一里塚で、江戸時代に設置されたままの旧位置を留めている都区内で唯一の一里塚です(注2)。
道路の真ん中に一里塚が残っている背景には、過去の有名な保存運動があったようです。つまり、大正初期に同一里塚と榎が東京市電の軌道敷設で撤去されてしまうのを近くの飛鳥山に邸宅(注3)を構えていた渋沢栄一などの地元有志、東京市長・滝野川町長、学者などの努力により保存されたそうです。このことを記念して、「二本榎保存之碑」(注4)が建てられています。
この一里塚だけでも一見の価値がありますが、飛鳥山・渋沢史料館→旧古河庭園の散策コースの際に立ち寄るといいでしょう。その際には、近くの「平塚神社」(注5)の入口にある老舗の和菓子屋「平塚亭つるおか」(注6)の焼き団子や豆大福で舌鼓を打つのもいいでしょう。
なお、近くに、お札(日本銀行券)を印刷する「国立印刷局滝野川工場」(注7)があり、平日4回、お札を作る工程が見学できます。また、亀さんが散策の際に見つけた銭湯「えびす湯」(注8)は、昔ながらの唐破風・宮型造りの銭湯で、ここで散策の汗を流すことも出来そうです。(亀さんが行ったときはまだ営業していませんでした。)(記入者:亀さん)
(上の写真順に)本郷通りの真ん中の西ヶ原一里塚(南側)(上り車線外側に同一里塚(北側)も)、同一里塚の鬱蒼とした榎、飛鳥山側から見た同一里塚、二本榎保存之碑。(下の写真順に)平塚神社、平塚亭つるおか、国立印刷局滝野川工場、えびす湯。
(注1)岩槻街道(日光御成街道):http://ikoi.web.infoseek.co.jp/nihonhen/saitama/onarikaidou.htm
(注2)旧中山道の3里目の「志村一里塚」も国の史跡に指定されていますが、新中山道建設の際に、少し移動されたようです。
(注3)渋沢栄一記念財団 渋沢史料館:http://www.shibusawa.or.jp/museum/
(注4)二本榎保存之碑:http://members.jcom.home.ne.jp/nobish/setsumei/s_nisigahara1ri2.html
(注5)平塚神社:源氏の棟梁・平安時代の武将の源義家(八幡太郎)を祀る神社で、この付近に中世の武将・豊島氏の居城の平塚城が在ったとされている。http://www.hiratsuka-jinja.or.jp/
(注6)平塚亭つるおか:1996年に内田康夫の人気ミステリー小説シリーズの
登場人物『浅見光彦』が通った店として物語に登場。http://www.ntv.co.jp/burari/060603/info08.html
(注7)国立印刷局滝野川工場:http://www.city.kita.tokyo.jp/misc/kanko/data/g/8.html、http://www.npb.go.jp/ja/event/index.html






トトロの森の様な立派な木ですね。
でもこんな大きな木が中央分離帯に有るなんて。
何百年も前から鎮座してるんでしょうね。
投稿: IWATO | 2008年9月16日 (火) 22:30
> IWATOさんへ
結果的に中央分離帯になっている一里塚は、出来て400年になりますが、榎は2代目だと言われています。
それにしても、道の真ん中ですから、わき見運転をしていると、大変ですよ。
投稿: 亀さん | 2008年9月17日 (水) 00:05