中高生時代の通学手段と思い出
今週初め、孫を連れて、大宮(さいたま市)の「鉄道博物館」(注1)に行きました。JR東日本が創立20周年記念のメインプロジェクトとして建設し、昨年の10月に開館したもので、開館半年で100万人(休日1万人、平日4千人)の入場者を記録した、人気スポットです。
JRとニューシャトルを乗り継ぎ、10時の開館直前に到着すると、既に千人以上の行列が出来ていました。ただ、入場は、Suica(PASMO、ICOCA)が使えるので、スムーズでした。
博物館は、ヒステリーゾーンの実物展示やミニ列車運転・運転手ミレーターなどの体験ゾーン、模型鉄道ジオラマ、キッズコーナー、ミニシャトル列車などがありました。
本来は、孫のために行ったのですが、2歳の孫は、展示されている電車や機関車の実物に殆んど興味を示さず、キッズコーナーにある鉄道模型や模型鉄道ジオラマ(注2)に興味を示しました。
むしろ、亀さんにとっては、中高生時代に通学で乗った呉線の列車を牽引したC51蒸気機関車やキハ11形式の気動車(ディーゼルカー)、さらには、朝、通学途中でよく見たブルートレイン(特急「あさかぜ」)に遭遇して感激しました。(INOさん! INOさんの通学路線の山陽本線(注3)は、昭和37年の電化以降、湘南型電車(国鉄80系電車)でしたね。)
亀さんは、朝6時36分発の蒸気機関車牽引の列車に乗って、広島のS中・高に行き、広島発16時45分の気動車に乗って帰るのが、中高生6年間の日常でした。今は亡き初恋の人も同じ列車で広島の女子中・高に通っていました。(最初の頃は隣り合わせに立って、時々、数学を教えてあげるのが、亀さんの至福のときでしたが、大人に冷やかされて、別の車両に乗るようになりました。)
孫が模型に熱中する合間に、中高生時代の思い出に浸った亀さんでした。(記入者:亀さん)



(写真)上順に:ニューシャトル、鉄道博物館に入場する人の列、ヒステリーゾーン、C51蒸気機関車、キハ11形式の気動車、特急「あさかぜ」。下順に:模型鉄道ジオラマ(開始前・夕景・夜景)、一号機関車、弁慶号、ミニ運転列車「はやて」
(注1)鉄道博物館のHP:http://www.railway-museum.jp/top.html
(注2)日本一大きいHOゲージ模型鉄道ジオラマだそうです。
(注3)山陽本線には、「瀬野八」という急勾配があり、列車の最後尾に補助の機関車が連結され、後押ししていました。昭和37年の電化以降も、貨物列車は補助の電気機関車が後押ししていました。
(追記)シェリーさんのコメントで、貨物列車用のD51形蒸気機関車(デゴイチ)のことが書いてありました。そこで、D51の頭部(鉄道博物館では、入口正面に、その頭部が飾られているだけ)の写真を追加します。あわせて、「貴婦人」と称されているC57形蒸気機関車とブルートレインを牽引していたEF66形電気機関車の写真も追加します。
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コメント
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亀さん、こんにちは_φ(゚▽゚*)♪
私も機会があれば一度は行ってみたい場所です。
電車のこともよく知らない私ですが、小さい頃
ディゴイチ「D51」を見て綺麗な汽車だなぁ~♪とメルヘンな気持ちになったのを思い出しました☆
お孫さんもきっと大喜びだったのでしょうね!
投稿: シェリー | 2008年8月23日 (土) 15:55
> シェリーさんへ
貨物列車を牽引していた代表的な機関車のD51については、鉄道博物館では、入口正面に、その頭部が飾られているだけでした。
なお、「貴婦人」と称されていたC57の実物やブルートレインを牽引していたEF66電気機関車も展示されていましたので、写真を追加しておきます。
投稿: 亀さん | 2008年8月23日 (土) 21:09
亀さん、汽車通学が懐かしいね。亀さんは呉線、僕は山陽本線だった。
実は僕は広島市の親戚に下宿したので、週末に実家に帰る時しか汽車通学は無かった。従って、亀さんのような通学のロマンスは生まれなかったけれど、下宿の近所に、亀さんの初恋の人と同じ女子校の女の子が居て、毎朝、僕の部屋の窓の下を跳ねるように歩いて行くのをみるのが楽しかった。
ところで、山陽本線の八本松と瀬野の間の急勾配を機関車を増結して登るのは、一つの風物詩だったね。(INOより)
投稿: INO | 2008年8月24日 (日) 01:27
鉄道博物館、私も行きたいなと思っていました!
でも混みそうなので少しほとぼりが冷めてからにしようかなと思ってます。
亀さんの青春時代の思い出にほのぼのしながら
鉄道の写真を楽しみました♪
投稿: ほよりん | 2008年8月24日 (日) 12:33
> INO さんへ
実を言うと、亀さんも高校の1年半は下宿をして、通学期間は4年半だったんです。
初恋の人がバス通学になったのがきっかけなんですが、親には勉強時間の確保の為と説明しました。
投稿: 亀さん | 2008年8月24日 (日) 17:49
> ほよりんさんへ
会場が広く、関心を惹くテーマが多いので、思ったほど混雑していませんでしたよ。
しかも、ゆっくり楽しめば、1日中、十分に楽しめますよ。
いずれにしても、亀さんにとっては、青春の思い出の回想のいいきっかけになりました。
投稿: 亀さん | 2008年8月24日 (日) 17:57
写真を追加で見せて下さってありがとうございます♪
忘れていた記憶から、子供の頃に見た感動が甦りました^^なっつかしぃ~~☆
投稿: シェリー | 2008年8月24日 (日) 19:29
> シェリーさんへ
どう致しまして。お役に立てて良かったです。
一度行かれるといいですよ。
投稿: 亀さん | 2008年8月24日 (日) 22:02
亀さんの通学は蒸気機関車だったの??!!
呉線は単線なんだけど トンネルはなぜか
2本有る所もあるよね。
昔使ってた古いものなんでしょうかね。
それとも 複線を考えて作られたものなのかな??
投稿: IWATO | 2008年8月26日 (火) 21:38
> IWATOさんへ
呉線が電化されたのは、1970年(昭和45年)で、それまでは蒸気機関車又はディーゼルカーでした。
亀さんが大学入学のため上京するときにも、蒸気機関車に牽引された寝台急行「安芸」でした。
急行「音戸」もありました。
呉線にトンネルが2本あるところがあるのは、第二次大戦中に呉・広島間の複線化工事が行われた為です。昭和18年の呉の人口は40万4千人で、全国の十大都市の一つでした。その工事は、戦況の悪化で中止されました。
しかし、電化されるときに、その工事で造られた一部のトンネルは活用され、元のトンネルは廃止されました。
投稿: 亀さん | 2008年8月26日 (火) 23:07
蒸気機関車に触れたくなったら、京都駅近くの梅小路機関区に出かけます。
煙吐く蒸気機関車がたくさん生きています。
投稿: ひこうちゅうねん | 2009年4月14日 (火) 13:21
> ひこうちゅうねんさんへ
去年のブログへのコメントで、驚いています。
梅小路の蒸気機関車があるのは知っています。
亀さんの近くでは秩父鉄道で1日1往復運行しています。先日、そのSLが桜と菜の花の中を走る写真を撮ってきました。ご覧ください。
http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-1225.html
投稿: 亀さん | 2009年4月14日 (火) 21:42