江戸時代の運河・見沼通船堀
―閘門の開閉の実演―
国指定の史跡「見沼通船堀」については、このブログの昨年1月8日の記事(注)で紹介しましたが、今日(27日)、その通船堀の閘門(木製の関)の開閉実演がありました。
この通船堀は、太平洋とカリブ海をつなぐパナマ運河と同じ閘門式運河で、江戸時代の1731年に見沼地域と江戸をつなぐために、荒川(隅田川)の支川の芝川と見沼代用水との間に造られたものです。 我が国でも、高瀬川(京都) などとともに、古い時代のもので、国の史跡に指定されています。
見沼代用水と芝川の水位差が3mあります。
芝川からの船が一の関を通過すると、一の関の関枠に「角落板」(20cm)を10枚入れて一の関・二の関間の水位を上げます。これによって、船は二の関を通過できるのです。(船が二の関を通過すると、二の関で一の関と同じ作業をして、見沼代用水と同じ水位を上げるのですが、その実演はありませんでした。)
船が見沼代用水から芝川に下るときは、これと逆で、「角落板」を外していくと、水位はどんどん下がり、芝川の水位と同じになります。
最後の写真を見ると、一の関のところに、水の痕跡がついており、水位差が分かります。
実演には、多くの人が見学に来ており、国指定史跡「見沼通船堀」の保存への理解が深まったのではないかと思いました。
昔の人の優れた知恵に感心した実演でした。(記入者:亀さん)
(注)07.01.08付の記事「見沼通船堀と飛行船」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_cf7e.html
(参照)さいたまの歴史散歩「見沼通船堀」:http://homepage3.nifty.com/hoshino/Tsusenbori/Tsusenbori.html。「もぎたてさいたま情報」(8月13日):http://www.scvb.or.jp/mogitate/2008/08/tsusenbori08.html
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