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2008年3月29日 (土)

呉で世界最大のタンカーを見た

~小学校時代の思い出~

亀さんが広島県呉市の話をしていたが、呉と聞くと造船の話をしたい。実は、呉は母の実家があり、母の兄弟親戚も多く居るが、特に母の兄は造船技術者として大きな実績を残した。私が技術系に進んだのは、母の兄(以下、叔父さん)の影響が大きいかもしれない。

叔父さんは、戦争中は呉の海軍工廠で技術少尉であったが、戦後はそのまま呉の播磨造船所(後に⇒ナショナルバルクキャリヤNBC⇒石川島播磨重工業)に勤めた。思い出すのは、私が小学校3年生のときに、世界最大のタンカーを建造し進水式をするので見に来なさいと言われ、母と一緒に進水式に行った。そのとき叔父さんは技術部長で、所長はSさん(後にNTT総裁になる)であったが、Sさんから「坊や良く来たな」と頭をなでられた。タンカーの先頭から末尾まで走った時に、学校の運動場よりも大きいな、と思ったのを覚えている。

ところが、小学校に戻って「世界一大きなタンカーに乗った」と言っても、「日本が世界一の船を作れるはずが無い」と誰も信じてくれない。先生までもが信じてくれなかったのは悲しかった。戦艦大和を作った日本の力を忘れたのか 敗戦国の自信喪失か?

いささか記憶も薄れたので、インターネットで確認したら上記は間違いの無い事実であり、建造したタンカーの名前はユニバース・アポロであった。調査した資料を次に添付する。日本の造船技術を誇りにし、今後も大事に育てていこう

(INO記す)

※お詫び:この記事は2007年春に書いた記事ですが、評判が良くて、今でも毎週数件はアクセスがあるので再掲しました。(実は、亀さんが治療中のための、記事不足を補う面もありますが)

     

■以下は調査資料

<石川島播磨重工業の呉造船関係の歴史>

 旧呉造船所

  • 1945年 - 株式会社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
  • 1952年 - 米ナショナル・バルクキャリア(NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
  • 1954年 - 株式会社呉造船所、播磨造船所から分離設立。
  • 1958年 - 世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」就航。
  • 1962年 - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。

 石川島播磨重工業

  • 1960年 - 石川島重工業株式会社と株式会社播磨造船所が合併し石川島播磨重工業株式会社設立。
  • 1966年 - 世界初の20万トン級タンカー「出光丸」就航。
  • 1968年 - 石川島播磨重工業株式会社、株式会社呉造船所を合併。

<呉造船での世界最大級タンカー建造>

●海軍のハイテク技術を生かした世界最大級タンカー
 海軍工廠のハイテク技術を享受した呉では、造船分野において特にその技術の高さを発揮し、次々と世界最大級のタンカーを生み出した。昭和27年に進水式を行った「ペトロ・クレ」(3万8千重量トン)を皮切りに、昭和33年の世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」、昭和46年の「日石丸」、昭和47年の「グロブティック・トーキョー」、昭和49年の「日精丸」など、世界最大の記録を次々と塗り替えた。http://www.city.kure.hiroshima.jp/mitekure/mite01_04.html

造船船舶記念碑(戦艦大和関係) http://www.itsukushima.net/PROFILE/Memory/YAMATO/20060327/003.htm

56m

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