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2007年3月11日 (日)

呉で世界最初の10万トンタンカーを見た

INOさんです。呉と聞くと造船の話をしたい。実は、呉は母の実家があり、母の兄弟親戚も多く居るが、特に母の兄は造船技術者として大きな実績を残した。私が技術系に進んだのは、母の兄(以下、叔父さん)の影響が大きいかもしれない。

叔父さんは、戦争中は呉の海軍工廠で技術少尉であったが、戦後はそのまま呉の播磨造船所(後に⇒ナショナルバルクキャリヤNBC⇒石川島播磨重工業)に勤めた。思い出すのは、私が小学校3年生のときに、世界最大のタンカーを建造し進水式をするので見に来なさいと言われ、母と一緒に進水式に行った。そのとき叔父さんは技術部長で、所長はSさん(後にNTT総裁になる)であったが、Sさんから「坊や良く来たな」と頭をなでられた。タンカーの先頭から末尾まで走った時に、学校の運動場よりも大きいな、と思ったのを覚えている。

ところが、小学校に戻って「世界一大きなタンカーに乗った」と言っても、「日本が世界一の船を作れるはずが無い」と誰も信じてくれない。先生までもが信じてくれなかったのは悲しかった。戦艦大和を作った日本の力を忘れたのか! 敗戦国の自信喪失か?

いささか記憶も薄れたので、インターネットで確認したら上記は間違いの無い事実であり、建造したタンカーの名前はユニバース・アポロであった。調査した資料を次に添付する。日本の造船技術を誇りにし、今後も大事に育てていこう

                          INO記す     

■以下は調査資料

<石川島播磨重工業の呉造船関係の歴史>

 旧呉造船所

  • 1945年 - 株式会社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
  • 1952年 - 米ナショナル・バルクキャリア(NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
  • 1954年 - 株式会社呉造船所、播磨造船所から分離設立。
  • 1958年 - 世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」就航。
  • 1962年 - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。

 石川島播磨重工業

  • 1960年 - 石川島重工業株式会社と株式会社播磨造船所が合併し石川島播磨重工業株式会社設立。
  • 1966年 - 世界初の20万トン級タンカー「出光丸」就航。
  • 1968年 - 石川島播磨重工業株式会社、株式会社呉造船所を合併。

<呉造船での世界最大級タンカー建造>

●海軍のハイテク技術を生かした世界最大級タンカー
 海軍工廠のハイテク技術を享受した呉では、造船分野において特にその技術の高さを発揮し、次々と世界最大級のタンカーを生み出した。昭和27年に進水式を行った「ペトロ・クレ」(3万8千重量トン)を皮切りに、昭和33年の世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」、昭和46年の「日石丸」、昭和47年の「グロブティック・トーキョー」、昭和49年の「日精丸」など、世界最大の記録を次々と塗り替えた。http://www.city.kure.hiroshima.jp/mitekure/mite01_04.html

造船船舶記念碑(戦艦大和関係) http://www.itsukushima.net/PROFILE/Memory/YAMATO/20060327/003.htm

56m

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コメント

>INOさんへ
亀さんです。
私も小学校のときに学校代表で、戦艦大和を造ったドックで行われた、NBCの世界一のタンカーの進水式を見学したことを覚えています。印象的だったのは、綺麗な外国人の女性(女の子?)が斧でロープを切ったら、タンカーが進水したことです。「日本はスゴイ!」と思いました。

こんにちは♪
造船関係は詳しくないけど。。。
石川島播磨重工業(IHI)を見て懐かしく
思いました。
ヨコハマに住んでいた20代の頃
IHIに勤めていた子とお付き合いしていたんです。造船設計部コク設計2課とか言っていたなぁ?
それに当時車関係の会社で新車を運ぶタンカーが『日進丸』だった様な。。?

懐かしかったのでコメント入れました。

TBありがとうございました。私も大の船ファンです。また訪問してくださいね。

INOさん、コメント&トラバありがとうございます。残念ながら、コメント内に残していただいたアドレスは移動不可のようで(汗)

ナルホド、そんな歴史があったんですねぇ。そういった発展があったのなら、大和建造も悪くはなかったのかなぁ、と思います。
戦争そのものは、たとえ紛争を解決する手段だとしても、良い事だとは絶対に思えませんけど。

讃岐屋さん
味わい深いコメントを有難うございます。
いま、秋葉原に立ち寄って、駅前の無料情報コーナーから発信しています。秋葉原には数年ぶりに来ましたが、高層ビルが立ち並ぶ街に変身していました。

INOさん、こんにちは。うちのブログに
訪問いただきありがとうございます。
旧海軍工廠からNBC呉を経てIHI呉に至
るお話は前間孝則氏著「戦艦大和の遺
産」上下巻(講談社+α文庫)で詳し
く読みました。もしまだお読みでない
ようでしたら是非ご一読をお勧めしま
す。
私も神戸のK重工に勤務してます。
(造船関係ではありませんが)ビルの
窓から船台で建造中の船がよく見えま
すが最近は2ヶ月半ぐらいに1隻の
ペースで進水式がありその速さに驚い
てます。中国や韓国の台頭もあります
がそれに打ち勝つには真似の出来ない
高付加価値の船を造り、つねに技術革
新を怠らないようにしなければいけま
せんね。
長文、失礼いたしました。

福寿草さん
コメント有難うございます。20歳の頃、IHIの男子と交際されていたそうですが、実は私の叔父さんも造船屋らしく豪快な男前でした。IHIは男前が多いのでしょうか。なお、私の父の名誉のために補足すると、父も私と違って男前でした。

jigenさん
前間孝則氏著「戦艦大和の遺産」上下巻(講談社+α文庫)を教えて頂き有難うございます。今度、買って読んでみます。
日本は、高速で船を構築する手法(ブロックに分けて構築、他)を世界に先駆けて開発しましたが、今後も、新手法を考えてビジネスを勝ち抜かれるようにお祈り致します。

私も呉市に縁があり、IHI呉造船所が建造する船舶の雄大さに憧れ、IHIへの就職を熱望したものです。しかしながら夢は叶わずに終わりました。
石川島播磨重工業・・・。何と重みと風格のある社名でしょう。社名をIHIに変更するのは如何なものか。

サトシさん
コメントありがとうございます。
私は母の兄が呉の造船所で技術者として活躍しておりまして、子供の頃に呉に遊びに行って、大変可愛がってもらったのを覚えております。日本の造船は今後も頑張って欲しいですね。

建造量にて世界の半数のシェアを握っていた日本の造船業も、量的には世界NO1の座から陥落してしまいましたが、高付加価値船では世界NO1の座にあるものと確信しています。技術力および高付加価値船の分野では、今後も他国の追随を許さない存在であり続けてもらいたいと思っています。日本は技術立国ですから。

実は私もこのタンカーの進水式を見に行きました。
当時小学校2年生だったと思います。親戚の伯父が当時のNBCに勤めておりそちらから話があったと記憶しております。それに私も最初の就職先は造船所でして船穀課に5年勤めました。その後家庭の事情もあり転職いたしましたがとても懐かしくこのブログを拝見しております。

iwaさん
コメント有難うございます。
iwaさんも同じ進水式を見られたのですね。懐かしいですね。
ブログを読み返しますと、2007年5月に書いていて、5年前になります。実は、伯父さんは既に亡くなりまして、私自身も65歳になってサラリーマンは卒業していますが、いまは中小企業が集まってロボットを研究している某ロボット研究会の纏めをやっております。伯父さんが造船で頑張っていたので、私もロボットの世界で少しでもお役にたてば嬉しいと思っています。

INO

初めまして。

亀さんの処で名前だけいつも見てます。
日本の造船技術は凄いですね。
テレビで出光丸を見た時は驚きました。
あの長さのドックが日本にも有ったのか。と。
京浜地区、京葉のドックは取りあえず見てますがどこも短いです。
高島町のドックは可愛い位、小さかったです。
本牧の三菱、磯子のIHI、追浜の住重など京浜地区では余り大きな船は建造出来ないのが残念です。

最近、大和の沈没場所が特定された様ですね。
大和の姿を目にしたいものです。

ななごうさん
コメント有難うございます。そうですか、京浜地区では超大型のドックはありませんか。戦時中に大型の戦艦を造船した場所が、今も、超大型の船の造船を引き受けているのですかね。造船技術者の集積した地域として考えると、当然の流れかもしれません。
ところで、このブログは私が立ち上げたのですが、数年前から、高校同期の亀さん、野次馬さんと共同ライターにして運用しています。今や、亀さんが主にブログを支えてくれていて、私はお休みした状態ですが、コメントを頂いて、久しぶりにブログに書きました。

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私はドライブが好きです。車は夢を育んでくれますね。 運転があまり上手ではありませんので、大きな車は苦手です。 セリカが好きなんですが。 旅行も大好きです。 [続きを読む]

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