今回は11時半に時を告げる「開版(かいぱん)」が鳴らされると聞いていましたのでそれを見学してきました。当番のお坊さんが壁に掛けた棒を取り、作法に則って拝礼し、床に1度ゴツンと当ててから「腹」の部分を力いっぱい叩きます。「ボコッ」という鈍い音でしたが、境内中に届くような結構大きな響きでした。
最後に「番外」の話題です。お土産に御開山隠元禅師が伝えたという特製の「蓮の実納豆」を買って来ました。それを撮影用に袋から出したのが下の写真です。
いちばん手前のをご覧あれ。なんと「双頭」になっているではありませんか。製造過程でくっついたのでしょうが、これだけがそうなっています。切った断面はどうなっているのかな。偶然くっついただけかもしれませんが、このひと粒はいちばん最後に食べてみます。 (記入者:野次馬)
萬福寺の「双頭の蓮」が開花したというので再び宇治へ出かけてきました。あいにくの雨でしたが天候回復を待って散ってしまったらと気が気ではありませんでしたから。さっそくお見せしましょう。
お嬢さん2人も入れてパチリ。よく観察すると茎が2本合わさっているようです。成長の過程で偶然そうなったものでしょうか。「双頭の蓮」を見つけたのはお参りにきた女性の方だったようで、それから150メートル離れた売店の前に運ぶのが大変だったとのこと。揺すってつぼみを傷つけないようそろりそろりと。急遽、柵を作ったり立札を用意したりとひと騒動。立札の文字が「双 頭蓮」になっているのは「焦って書いたからでしょうか」というのはご愛敬でした。「ご覧になった方にはきっといいことがありますよ」とお寺の方が話されていました。 (記入者:野次馬)
今日ほど、“仕事には頭脳労働と肉体労働との二つがある”ということに気付かされた日はありませんでした。
亀さんは、今まで、どちらかというとデスクワーク・頭脳労働だけやってきたのですが、先月末から、仕事の関係で、事業所めぐりをしています。それも、電車を乗り継いで、駅から徒歩又はタクシーで回ります。結構、肉体労働です。
今日も、朝は川越、昼前は赤羽、お昼は鶴見と3都県の旅をしました。
“今NHKの朝ドラの「つばさ」の舞台の川越だから、ついでに町を散歩をしてみるか。”と思ったものの、その暇もありません。せいぜい、小江戸循環のレトロバスの写真を撮るだけでした。
家に帰って、歩いた歩数を見ると、1万7439歩でした。意識的にウォーキングした時に2万歩くらい歩いたことはありますが、仕事だけで、こんな歩数を歩いたことはありませんでした。足はパンパン、身体はヘロヘロでした。
でも、一眠りをすれば、明日は元気な亀さんが再生しているはずです。不況でリストラの横行しているときに、仕事のあることは有り難いことです。明日も元気に頑張るぞ!(記入者:亀さん)
<ダチョウ博士>として注目を集める京都府立大学の塚本教授の“快著”です。「新型インフルエンザを無害化するマスクをはじめウイルス退治、免疫力の強化、皮膚炎の治療、ダイエット、美肌づくりまでダチョウはとにかく役に立つ!」というのが帯に紹介された<効能>の一部です。「<ダチョウ博士>の異常な愛情が人類を救う」とどこかで見たようなPRと並んで「バカ力!アホ力!ダチョウ力!」「ダチョウが世界のヒーローになる!?」ともおまけにあります。
『ダチョウ力』(塚本康浩著、朝日新聞出版、本体1300円)
塚本教授は1968年生まれ、大阪府立大学農学部のOB。母校の准教授時代にプライベートで神戸市郊外にあるダチョウ飼育施設の「主治医」に就任。初めてダチョウにじかに接するようになって次々に起こる信じられないような数々のエピソードが面白く(面白過ぎる、が正確か)紹介されています。「愛のダチョウ観察日記」「ダチョウの鈍感力」「ダチョウ1号大脱走」・・・なかでも女子大生のリクエストで実現したダチョウ肉試食会の顛末記や、ニワトリ卵の25倍、1.5キロの重さがあるダチョウ卵の味や料理法には思わず笑ってしまいます。
「ダチョウ力とは、ふだんは失敗や挫折ばかりしていても、自分の興味に素直に動いていたら、ここぞというときに人々のために発揮することができるすごい力のこと」というのが博士の解説エッセンス。次に紹介する本の裏側も見て「書店に急げ」!
(記入者:野次馬)
先日、本郷にある「鳳明館」(注1)台町別館で、大学のサッカー同好会の同窓会がありました。
その界隈は、太平洋戦争の戦禍から免れた地域らしく、明治・大正の古い木造建築物が沢山残っています。
この鳳明館は、本館(上右)、台町別館(上左)、森川別館に分かれていますが、鳳明館本館は明治30年代の建築で、国の登録有形文化財に指定されています(注2)。当初は学生下宿であったものを途中で旅館に変えたようです。
本郷台地から白山通りに向けては多くの坂があり、この本館や台町別館も胸突坂(下左)の坂上にあります。
胸突坂を下ったところにある菊坂付近は、石川啄木、森鴎外、坪内逍遥、樋口一葉などの文人が居を構えたところです(注3)。
その日は、時間がなく、樋口一葉ゆかりの伊勢屋質店(下右)の写真を撮るなど、少ししか散策できませんでしたが、今度ゆっくり来ようと思いました。(記入者:亀さん)
(注1)鳳明館:http://www.homeikan.com/
(注2)文化庁>登録有形文化財>鳳明本館:http://www.bunka.go.jp/bunkazai/shurui/touroku_yukei_koukai/008.html
(注3)本郷・菊坂:http://www.try-sky.com/town/saka/kiku/kiku.html、http://www.icnet.ne.jp/~seikoh/hongo.htm、http://members.at.infoseek.co.jp/manpokei/tokyo/0501kikusaka/kikusaka.html
昨日、うだるような暑さになりました。ここのところ、姿を見せなかった青い空もわずかに顔をのぞかせました。
その暑い中、仕事で埼玉県の北端の栗橋に行ったときのことです。栗橋駅のそばに、源義経の愛妾の「静御前の墳(墓)」(上左)を発見しました。
こんな所に、「なぜ静御前の墓があるんだろう?」と、町の設置した説明板を見ました(写真下)。
それによると、静御前は、奥州藤原氏を頼って落ち延びた源義経を慕って、京都から平泉に向かう途中で、義経の討死を知り、仏門に入り、京都に戻って義経の菩提を弔おうと京都に向かったが、病気となり、この地で亡くなったそうです。そして、侍女がこの地のその遺骸を葬ったそうです。
この墓は、1808年に、墓のしるしがないのを哀れんで、中川飛騨守忠英が建てたものと考えられています。墓の周辺には、「静女塚碑」(上右)や歌碑などの石碑が沢山建てられていました。
亀さんは、愛する人を慕って、こんな遠くまで来て、哀しく散った女性・静御前の悲恋に思いを馳せ、墓前で手を合わせました。
なお、調べてみると、全国には、ここのほか、香川県三木町、福岡県福津市、兵庫県淡路市、新潟県長岡市などにも静御前の墓と伝えられるものがあるようですが、“奥州平泉の義経を慕ってそこに行く途中に亡くなった”とする、栗橋や長岡の墓の方が男冥利に尽きるような気がします。(男としての感想ですが…)(記入者:亀さん)
(参考)静御前ゆかりの地くりはし:http://www3.ocn.ne.jp/~kurihasi/Sizukagozen.htm
今日は七夕!昨日、地下鉄に乗るとき、改札口の近くに七夕飾りの笹があり、乗客が短冊に願いを書いて吊るすようにしてありました。
昔から地下鉄ではこのようなイベントをしています。一時期、地下鉄の警備強化で行なわれなくなっていましたが、復活したようです。
見ると、黒いスーツを着た社会人1年生のような人が一所懸命に願いを書いた短冊を笹にくくりつけています。
社会人としてのスキルアップや成長を祈っているのでしょうか? または、こんな不況でリストラの嵐の中にいるので、景気や会社の業績の向上を祈っているのでしょうか? それとも、恋の成就を祈っているのでしょうか?
亀さんは、娘の年齢よりも若い彼女たちが幸せなで平穏な人生をおくられることを心から祈っています。がんばれ!日本の若者たちよ!(記入者:亀さん)
先日、上野の花屋さんの前を通ると、黒いヒマワリがありました。
7月22日の皆既日食を前に記念に生産されたものではないでしょうが、初めての遭遇です。
調べてみると、ヒマワリにも色々な種類があるようで(注1)、「ブラドレッド」という種類のようです。さらに調べてみると、昭和記念公園などにも植えられ(注2)、最近人気の品種のようです。
一方、亀さんちの近くの線路端で、黄色いひまわりが曇り空に顔を向けて元気に咲きだしました。
亀さんは、やはり、皆既日食のような黒いヒマワリよりは、夏の太陽のような黄色いヒマワリが好きです。(記入者:亀さん)
(注)ひまわりの種類:http://www.jtw.zaq.ne.jp/tanakun/spot/himawari2.htm
(注)昭和記念公園のひまわり:http://satotake.web.infoseek.co.jp/sanpo/2008/tokyokinko/sanpo324.html
最近、日比谷公園に行って、気になることがあります。
これまでは、大噴水と日比谷公会堂の間にある第二花壇はグリーンの芝生のじゅうたんがとてもきれいでした。その中に入ることが出来るのは、鳩やカラスやスズメと蝶だけで、人間がそのじゅうたんに座ったり寝そべったりすることは出来ないのは欠点ですが、目に入ってくる緑が安らぎを与えてくれていました。
ところが、昨年あたりからシロツメクサの白い花が目立つようになり、最近では芝生広場の半分以上がシロツメクサに覆われています。芝生が消滅するのは時間の問題です。
高温多湿の日本では、芝生の管理が大変で、“シロツメクサが可愛いから”といって、抜かないでおくと、1、2年で芝生はなくなり、シロツメクサだけになります。昔、団地の芝生がシロツメクサに変わり、子供のパンツが緑色に汚れるので、あわててシロツメクサの除去をしたことがあります。
地方財政の悪化で、芝生を維持するための管理費用が削減されたためかもしれませんが、東京・日本を代表する都市公園なので、ちゃんとした管理をして欲しいものです。
かりに、“費用がないのなら、公園管理のボランティアを募集して、良好な管理を期することもあるのではないか”と思う亀さんです。(記入者:亀さん)
6月12日のブログ「最近日比谷公園は小学生で一杯!」(注)で、日比谷の日生劇場で、現在、メセナ活動として、「こどものためのミュージカル」の無料招待で、劇団四季の「エルコスの祈り」が公演されていることを書きました。
この公演は一般公開されていないのですが、縁あって(業務の関連で)観劇することができました。
ストーリーは下の参考で記しますが、50年後のユートピア学園を舞台にした、子供の教育はどうあるべきかを考えさせる本格的なミュージカルでした。構成・演出は浅利慶太、出演は劇団四季、作曲は鈴木邦彦、装置・衣裳・照明・音響も本物です。
このミュージカルは、四角四面の詰め込み教育は幸せ(四あわせ)を生むのではなく、個性や夢、仲間、思いやりの大切さを訴えていました。
招待された子供たちが何を感じ、それを自分の中でどう生かすかは分かりませんが、少なからず、いい影響を与えるであろうと感じました。子供たちは、出演者全員がお別れの挨拶をする中を満足そうに帰っていきました。
それと、企業がこのようなメセナを行なう場合、よく企業の露出が気になる場合がありますが、それが全くなかったのは、企業の「粋」を感じ、清々しかったですよ。(記入者:亀さん)
(注)6月12日のブログ:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-68d1.html
(参考)あらすじ:物語の舞台は今から50年後のユートピア学園。そこは、社会から問題児と決めつけられた子どもたちを厳しく管理・教育する学校でした。夢や希望、笑うことさえ忘れてしまった子どもの前に、ある日、心をもった一台のロボットがやってきます。「エルリック・コスモス」、通称「エルコス」。暖かい気持ちで、子どもたち一人ひとりの個性を引き出していくエルコス。彼女のやさしい心に触れた子どもたちは、やがて心をひらき、仲間の大切さ、人を思いやる素晴らしさを知り、その瞳は輝きを取り戻していきます。(以下略)(パンフレットより)
本好きオジサンから『気まぐれ読書日記』の新作が届きました。今年になっての12作目だそうで。いったんは「梅雨明け間近号」にしようかというのを思い直したみたい。色々と「お願いしたいこと」も多いみたいで。今回は「詩集」ですと。えーっ、詩なんか読まないくせに。何にでも食いつくのがあの人の好奇心というか悪いクセというか。詩集のタイトルは南紀・熊野にある地名みたい。「中上健次の面影を探しながらの旅」か。ははん、これですねきっと。ファンみたいだから。 (記入者:野次馬)
6月5日のブログ(「浅草の算子塚…」・注1)で書いた「円周率を計算した男」を読んで以来、亀さんは和算に興味が出てきました。
そこで、和算に関係した本を探しにいくつかの本屋さんに行きましたが、お目当ての「雪月花の数学」(桜井進著・祥伝社)や「東海道五十三次で数学しよう」(仲田紀夫・黎明書房)はありませんでした。
そこで、江藤邦彦著の「法隆寺にひそむ白銀比 五稜郭にひそむ黄金比」(ベレ出版・注2)を購入しました。
江藤邦彦さんは高校の数学の先生を定年退職後、喫茶店を経営する傍ら、分かりやすい数学の本を出版されている人で、この本は、「目に見える数学のおもしろさを」分かりやすく解説しています。
第1話は、√2をめぐるおもしろい話が満載しています。
“√2なんて関係ない!”と思われがちですが、日本では聖徳太子の時代から使われていたようですよ。
驚きの最初は、大工さんの持っている曲尺(直角に曲がった金属製のものさし)の裏の目盛りはおもての目盛りの√2倍の間隔で刻んであるということです。それは、丸い木材から最も太い角材を作るために必要だったようです。(詳しくは本を。)
それに、身近にあるA○判、B○判の用紙は、縦の長さは横の長さの√2倍になっており、法隆寺の五重塔の一番下の庇の幅は一番上の庇の√2倍、夢殿の側面の横幅は縦の√2倍になっていて、1:√2は白銀比というそうです。単行本やガイドブックも縦横が白銀比のようです。
第2話は、五稜郭・五角形と黄金比(1:1+√5/2)の関係が分かりやすく、解説されています。身近なものとしては、キャッシュカード、テレフォンカード、IC型乗車券は縦横が黄金比になっているようです。
以下、色々興味深い話題が満載の本です。ただ、多少、数式や幾何図形などが出てくるので、数学の苦手な人はそこを飛ばして読まれると良いとおもいます。
なお、冒頭に書いた2冊の本は、一昨日、Amazon.co.jpに注文し、昨夜届きました。それを読んだら、またレポートをします。(記入者:亀さん)
(注1)6月5日のブログ「浅草の算子塚・・・」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-88c5.html
(注2)「法隆寺にひそむ白銀比 五稜郭にひそむ黄金比」:http://www.beret.co.jp/books/detail/?book_id=331
亀さんは、昼食で週に一回は、新鮮な魚料理を食べます。
亀さんの職場の近くに、「ひげ勘」という魚料理屋さんがあり(注)、ランチはイワシ・かつおの刺身やアジのたたき、ねぎまなどに、シジミの味噌汁、大根おろし、香の物が付いて、1000円と手頃です。
また、亀さんが好きな青ネギのみじん切りが刺身やたたきの上にたっぷりと載せられていて、魚の味を引き立てています。ごはんもふっくらと美味しいのです。
亀さんは、大体はイワシの刺身かアジのたたきを注文し、「ごはんは半分にしてください」とお願いします。(これは、メタボを気にしているせいです。)
店のご主人は、店の名前の通り、ヒゲをはやして一見気難しそうに見えますが、なかなか気さくな料理人です。
一度、神保町に来られたら、この店でのランチを楽しまれると良いですよ。(記入者:亀さん)
亀さんの奥さんが趣味の先生からハンゲショウの花をもらってきました(注1)。初めて見る花ですが、気品のある花です。聞くところによると、お茶を嗜む人に人気のある花のようです。
そもそも、半夏生は24節気を3分した72候の一つで、夏至から11日目で、毎年7月2日頃にあたるそうです(注2)。その頃に、サトイモ科ハンゲ属の半夏(カラスビシャク・注3)という薬草が生えるので、そう名付けられたようです。
このハンゲショウ(半夏生・半化粧)は、ドクダミ科ハンゲショウ属の植物で、カラスビシャクとは植物学的には関係ありません。その名前は、半夏生の頃に咲かせるから(半夏生)とも、葉の一部を残して白く変化する様子から(半化粧)とも言われています。
この花が咲く半夏生の頃の雨は、「半夏雨」(はんげあめ)といい、美しい響きがありますが、大雨になることが多いようです。梅雨の大雨に注意しなければいけませんね。(記入者:亀さん)
追記:今朝のスーパー「ベルク」や「ダイエー」の広告には、“半夏生の日にはタコを食べる風習があるので特売する”と書いてありました(参考)。
(注1)ハンゲショウ:http://www.hana300.com/hanges.html
(注2)半夏生:http://iroha-japan.net/iroha/A05_zassetsu/07_hangesyo.html
(注3)カラスビシャク:http://www.e-yakusou.com/yakusou/104.htm
―紫式部・島崎藤村ゆかりの地―
今回の関西出張で、時間があれば、大阪城や琵琶湖や神戸の異人館などを観光しようという魂胆を持っていたのですが、ハードスケジュールで、諦めていました。1日目は訪問先の窓から大阪城を見ただけでした。
2日目は大津・京都・神戸の訪問先を訪ねるスケジュールだったのですが、南郷洗堰(注1)の近くの事業所の訪問後、時計を見ると、次の訪問先の時間までに1時間ほど余裕があります。
そこで、急遽、帰路の途中にある石山寺(注2)を観ていくことにしました。石山寺は、聖武天皇の勅願で749年に開基された古寺で、西国巡礼十三番札所です。本堂や多宝塔などの国宝の木造建築物や緑の木立が厳かな雰囲気を醸し出し、夏のような暑さをふっ飛ばしてくれました。

本堂には、紫式部が源氏物語を書いたといわれる「源氏の間」があります。
また、鎌倉時代の建立の多宝塔は均整の取れた美しい塔でした。付近からは眼下に瀬田川、遠くに琵琶湖を見ることが出来ました。
ここで、付近に住む野次馬さんに“石山寺に来ているよ!”と電話をしてみました(注3)。すると、山門(東大門)の近くの「茶丈藤村」で、お菓子とお茶を飲んでいくことを勧めてくれました。「茶丈藤村」は、島崎藤村が石山寺に逗留し、滞在した坊を「茶丈」と称したことなどに因んで名付けられたようです。

行ってみると、美味しそうな和菓子が抹茶や煎茶などと一緒にいただけるようでした。亀さんは、一番人気の「たばしる」というおもち(注4)とお薄の抹茶をいただきました。
美味しい和菓子でしたので、土産にも買いました。野次馬さんのご助言に感謝!(記入者:亀さん)
(注1)南郷洗堰:琵琶湖の出口の瀬田川にある堰。http://agua.jpn.org/tour/t8c.html、http://www.kkr.mlit.go.jp/water/04_setagawa.html
(注2)石山寺:http://www.ishiyamadera.or.jp/ishiyamadera/flower.html
(注3)石山寺の付近に野次馬さんが住んでいることは知っていたのですが、時間的余裕がないので電話をしていなかったのですが、全然連絡しないのも不義理だと思って、電話しました。
―握ると開くドア・神札・通り抜け―
今回の関西の出張で、関西の電車に乗りましたが、関西の電車での発見を書いてみます。

関西の電車に使われている色彩で、関東人と関西人の色彩感覚の違いを感じました。特に、京阪3000系の電車は、つり革まで暗い紺色をしていて、清潔感が感じられませんでした(注1)。まあ、色彩感覚の違いくらいは驚きませんが、この京阪3000系の電車では、東京にないものを2つ発見しました。
その一つは、成田山の「交通安全・災難消除祈願」お守り」が各車両の上部に飾られていることです。“オイオイ!交通安全は神頼みなの?”と心配になります。
また、この電車の車両間のドアは自動ドアでした。電車の車両間の移動はドアの開け閉めがかなり面倒ですが、東京の電車で自動ドアのものはありません。この自動ドアは、取っ手を握ると開くのです(注2)。不便を我慢せず、工夫で解決する関西人の気質を感じました。
最後は、阪神電車で経験した、“電車を通り抜けした乗換え”には、本当に驚きました。今回最大の驚きでした。
亀さんは、芦屋から梅田に行く際に、快速急行の奈良行に乗ってしまい、乗車後、その電車が梅田に行かないことを知りました。
そこで、尼崎で乗り換えることにしました。同じホームに梅田行の普通電車が止まっています。亀さんは、その電車に乗り換えようと思ってのですが、直後に隣りのホームに急行の梅田行が入ってきました。亀さんが隣りのホームに行く階段を探していたときに見たのは信じられない風景でした。
普通電車の扉が全部開いて、多くの乗客が普通電車を通り抜けて、急行に乗るのです。写真でホームに座っている女性の向こうに止まっているのが、奈良行の快速急行です。普通電車が渡り廊下の機能を果たしているんです。こんなことは、関東にもあるかもしれませんが、関西人の思考の柔軟性の結果だろうと思いました。
ということで、結構楽しい電車移動でしたよ。(亀さん)
(注1)もちろん、近鉄の伊勢ライナーのクリーム色の車体や京阪の8000系に描かれた時代祭行列絵図など、東京の感覚に合うような車両もありました。
(注2)正確には、ドアを開けるために取っ手を握ろうとすると、右側から出ている赤外線が切られ、その反応でドアが開くのです。なお、店舗の自動ドアと同じものだと、ドアに寄りかかっただけで開き、危険ですから、グッドアイデアですね。
―東京は右空け、大阪は左空け、京都は・・・―
木曜日・金曜日に関西に出張しました。大津から神戸までの8箇所の事業所を訪問し、打合せをするハードスケジュールでした。この2日間で、埼玉高速鉄道、JR東日本、JR東海、JR西日本、大阪市地下鉄、京阪電鉄、近鉄、阪神電鉄の8つの鉄道とタクシーに乗って移動しました。
このとき、駅のエスカレーターの乗り方に、関東と関西の違いがあり、その境目が京都駅辺りにあることが分かりました。今回撮った写真をもとに説明しましょう。
関東では、エスカレーターでは急がない人は左側に乗り、急ぐ人のために右側を空けています。左の写真は亀さんちの最寄り駅、右は東京駅です。
亀さんは、“関西は左空け”と聞いていたのです(注)が、上の写真をご覧ください。左が大阪・梅田駅で、右が京都駅です。大阪・梅田駅では左空けですが、京都駅では右空けでした。また、神戸では左空けでしたし、大津では右空けでした。
そうすると、新大阪ではどうなのか、見てみると、左空けになったり、右空けになったりしています。
そこで、亀さんの推論としては、当初は“関東:右空け、関西:左明け”だったのが、新幹線などによる人の移動により、左空けのところが右空けに変化しているのではないか…”、そして、“京都は変化したが、新大阪では、今、左空け派と右空け派が多数派抗争をしている最中では…”ということです。
皆さんの町では、右空けですか、左空けですか?(記入者:亀さん)
(注)エスカレーターはどっちをあける?:http://weekly.freeml.com/chousa/eska.html、http://news.ameba.jp/2007/03/4003.php
一昨年の6月末に「ヤマモモの実もたわわに!―駅前広場のヤマモモはあわれ!―」という記事を書きました(注)が、“ヤマモモの実が誰にも収穫されず、駅前広場のタイルを赤く染めているのは、かわいそうだ”という趣旨の記事です。
しかし、多くの市民からは、“汚い!”との声だったらしく、そのヤマモモの木は丸坊主のように刈り込まれました。
そのせいで、昨年は、ほとんど実がなりませんでした。ですから、広場のタイルも汚されませんでした。
ところが、今年は刈り込みから時間が経ったので、一昨年ほどではないにしても、赤い実がなっています(左が今年、右が一昨年の状況)。そのため、広場のタイルは、赤い血で汚れたようになっており、“汚いなあ!”という表情で、眉をしかめて通り過ぎる人もいます。
亀さんは、ヤマモモの実は、ジュースやジャムや果実酒にすると美味しいので、そのように活用してやった方が幸せだと思います。
このヤマモモの木を管理をしている人が、“汚い!”と思わず、“かわいそう!”と思ってくれることを祈っています。また、このような実のなる木を植える場合には、実がなった時のことを考えて植えるのが自然愛護の精神ではないかと確信しています。(記入者:亀さん)
(注)2007年6月30日の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_bbe4.html
―背は高く、スタイルがいいけど・・・―
前にも書きましたが(注1)、東京宝塚劇場の前には、休演日の月曜日を除き、多くの宝塚ファンが好きなスターに声援を送ったり、贈り物を手渡したり、握手をするために集まっています。ファンたちの多くは、ファンクラブ毎に決めたユニフォームやマフラーを着けています。
スターたちは、13:30の開演に合わせて、11:30~12:00頃に楽屋入りするのですが、亀さんは、たまたま、その時間に劇場の前を通りかかったので、現在公演中の宙(そら)組公演『薔薇に降る雨』 に出演中のスターを観察してみました。

1、2分の観察でしたので、宙組の3番手の男役の北翔海莉さん(写真左)と2番手娘役の美羽あさひさん(写真右)をながめ、写真を撮っただけでした。2葉の写真の後方の帽子をかぶった人は、今回の公演で引退される七帆ひかるさんのようです(注2)。美羽さんは、我が郷土の広島出身のようです。
スターたちは専属のマネージャーを伴い、堂々としていました。背も高く、スタイルもよく、ファンに真摯に対応している姿勢には感心しました。でも、男役のせいか、胸はひかえめでしたよ。
どちらにしても、亀さんは、北島さぶちゃんのファンになれても、多分宝塚ファンにはなれないような気がします。ちなみに、亀さんは、Ayuちゃんファンです。(記入者:亀さん)
追記:「かおり」さんのご指摘で、当初の記事には名前に間違いがあることが判明しましたので、訂正致しました。なお、2葉の写真の後方に映っているのは、宙組の男役トップスターの大和悠河さんだと思ったのですが、大和さんは大抵最後に楽屋入りされるようです。
(注1)2008年12月13日の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-184b.html
(注2)もちろん、亀さんは宝塚ファンではないので、スターの名前は皆目分かりませんでしたので、近くのファンの聞きました。
オペラ歌手の髙丸真理さんからチャリティ・コンサートのご案内をいただきました。髙丸さんは西宮在住で多くのオペラに出演したり、FMの番組や街角コンサートで活躍されています。阪神淡路大震災の前からブラジルのスラムに住む子供たちへの支援活動を続けてきました。はじめてのブラジル行きは震災直後だったのですが、子供たちに「地球の裏側の日本人からもあなたたちは愛されている」ということを直接伝えたいと2日がかりで現地に飛びました。今回は第45回のチャリティ・コンサートで、大阪-サン・パウロ姉妹都市提携40周年記念です。「心は地球をかけめぐり」―あなたの善意をブラジルの子供たちへ―がテーマです。
公演は7月18日午後2時30分から大阪市北区堂島浜の中央電気倶楽部5階大ホールで(2時開場)。阪本朋子さんのピアノと髙丸さんのコラボレーションで毎回大人気の「女ありけり=アクユウの世界」などを予定しているそうです。
入場料は1人3千円、問い合わせは06-6634-2322(実行委員会・宮本さん)まで。5時からの交流会(3千円)の収益もすべてサン・パウロなどの施設支援と優秀な施設出身者の大学進学のための奨学金に充てられます。 (記入者:野次馬)
日比谷シャンテの地下2階に、小さなインドカレー店の「ひつじや」があります(注)。一昨日の昼食は、前から気になっていた、その店のインドカレーにしました。
その店には、本場のインドカレーがナン、サフランライス、デザート付きで、大体800~1000円程度の手頃な値段で食べられるのです。薬膳、タマゴ、マトン、チキン等の色々なカレーがあります。ナンとサフランライスはお変わり自由です。
調理人や従業員はすべてインドの人で、サフランなどの原料も本場のもののようです。
亀さんは、マトンのカレーも入っている「マトン アサド カレーセット」にしました。日本人の口に合う適度の辛さで、味も実に美味く、今後の昼食のリストにいれることにしました。
“美味かったな~!”と満足したのはいいのですが、亀さんはここで大失敗してしまいました。ブログ用の愛機・LUMIXのカメラをその店に忘れてしまいました。
そのことに気が付いたのは、帰宅後の夜10時頃です。昔、レストランでカメラを忘れたときには出てこなかった経験があるので、“多分無いだろうな”と諦めました。
昨朝、ひつじやに行き、「昨日、カメラを忘れたんですが・・・」と尋ねると、スタッフの方が「心配してたよ」と亀さんの愛機を引き出しから出してくれ、一緒に喜んでくれました。
お礼に、亀さんのブログに書いて、「ひつじや」の宣伝をする話をすると、スタッフは、ニッコリ笑ってポーズをとってくれました。
これで、亀さんの昼食にはカレーが多くなりそうです。(記入者:亀さん)
(注)おいしいカレー工房 ひつじや:http://hitujiya.ddo.jp/curry/curry.htm、http://r.tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13007608/、http://r.tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13007608/dtlblog/、http://gourmet.livedoor.com/restaurant/3409/
「ええ加減しつこいでー」と言われそうだが、私のブログ『石山文也の「きょうのB玉」』で取り上げた本の話題が意外に好評だったので紹介させていただきます。
「チリモン」ってご存じだろうか。チリメンジャコに混じったヘンな生き物のことだ。数年前から各地の水族館や自然科学館などで子供たちを対象にした「チリモンイベント」が人気を集めていたが、初めてのチリモン本『チリモン博物誌』(きしわだ自然友の会編著、幻戯書房)が発刊されたり、選別前のチリメンジャコが「チリモン探し用」として売られるなどブームになっている。珍しモン好きの私、実はたまたまこの本を発注したから知っているのだけど。チリメンジャコは漢字の「縮緬雑魚」からきている。食用にされるのはカタクチイワシやマイワシなどイワシ科の幼魚で、高級品としてハゼ科のシロウオのジャコもある。一般のチリメンジャコは一応は、選別後だからチリモンは見つけにくいだろうが、選別前のならタコ、イカ、イボダイ、カワハギ、タツノオトシゴ、タチウオ、サバなどまさにチリモンの宝庫だ。ポケモンには縁がなかったオジサン=私もこちらにははまるかも。
ええ加減しつこい私、今夜もルーペとこの本をお供に、いざ行かん「チリモン・ワールド」へ。 (記入者:野次馬)
先日、本屋さんに行ったら、皆既日食関係の本が山積みにしてありました。
子供たちも手に取っているのですが、意外と大人も手にしています。亀さんもその大人の一人です。
亀さんは躊躇なく日食メガネ付きの本を買いました。
7月22日の皆既日食は、日本の陸地で観測できるものとしては、1963年7月21日以来、46年ぶりだそうです(注1)。しかし、このときは、北海道東部では皆既日食でしたが、亀さんの住む広島では、日食がありませんでした(注2)。
むしろ、亀さんの体験上で最大の日食は、1958年4月19日の(八丈島の)金環食で、広島でも太陽の86%が欠けました。
その日は土曜日で、当時は小学校は半日でしたが、日食観察のために11時頃に授業が終わり、宿題に“日食観察日記を書くこと”が出されました。
皆んな家に帰って、ろうそくのススをつけたガラスで、空を見上げて観察をしました。観察の内容は、太陽の欠け方と気温の変化でした。それを紙に書いて、月曜日に提出するのです。
亀さんの記憶では、最も欠けたときには、気温が5℃くらい下がったような気がします。また、カラスなどの鳥たちがギャーギャーと激しく啼いたような気がします。
今回の日食は、東京では太陽の74.9%が欠けるようですので、亀さんが50年以上前に経験した日食と同じ経験が出来るのではないかと、ワクワクしています。
どうか、7月22日が晴れになるますように!!(記入者:亀さん)
(注1)国立天文台HP>2009年7月22日皆既日食の情報:http://www.nao.ac.jp/phenomena/20090722/
(注2)1963年7月21日の日本での日食現象:http://star.gs/njkako/nj19630721.htm
(注3)1958年4月19日の日本での日食現象:http://star.gs/njkako/nj19580419.htm
亀さんは、土曜日公開された映画「剣岳・点の記」を見に行きました。2週連続の映画です。この映画の撮影については、国土交通省国土地理院の友人からかなり前に聞いており、是非観ようと思っていましたので、公開当日に行くことにしていたのです。

この映画は、日本地図の空白を埋めるために、測量手・柴崎芳太郎たちが命がけで剣岳に登頂し、三角点の設置に挑んだ実話に基づいたものです。大自然の中で猛吹雪に耐え、危険を顧みず、ただ地図を作るだけの為に愚直なまでに仕事に取り組む測量技術者の姿がそのままの形で、表現されています。
原作は、新田次郎ですが、彼も富士山気象レーダーの建設責任者をするなど、愚直なまでに陰の仕事に取り組んだ気象技術者でした。
監督・撮影は、日本を代表する名カメラマンの木村大作で、実際の剣岳のその現場で撮影する方針で撮影するだけに、大自然の中での真に迫った作品となっている。しかも、浅野忠信(柴崎芳太郎役)、香川照之(案内人・宇治長次郎役)などの出演者に自分の足で剣岳に登山させて撮影したそうで、俳優がその役柄の追体験をすることによって、迫真の演技が出来たようです。
日本山岳会も「剣岳初登頂」を目指し、測量部の上層部が柴崎たちに「剣岳初登頂」を指示する中で、あくまでも、「測量」という仕事を中心に据える柴崎の姿勢には、感嘆するばかりでした。
その柴崎や長次郎を演じる浅野、香川の迫真の演技には驚くばかりでしたが、「初登頂」にこだわる測量夫・生田信役の松田龍平、日本山岳会・小島烏水役の仲村トオルの演技も素晴らしく、その存在によって、柴崎と長次郎の愚直さが強調されるとともに、それぞれの人たちの内面の葛藤を伝わってきました。
結果としては、初登頂は既に修験者がしており、「初登頂」の名誉は得られませんでした。
また、三等三角点は設置できず、四等三角点としての「覘標」(測量観測用のやぐら)の設置にとどまり、それをもとに剣岳等に位置・標高を求めました。したがって、「点の記」(三角点設定の記録)(注1)は作られませんでした。(だから、新田次郎は「剣岳・点の記」を書いたともいえます。)
なお、このときに求めた剣岳の標高は、2998mでしたが、その後、剣岳の標高は、昭和5年の地形図では3003m、昭和45年の地形図では2998mに変化しています。
また、平成19年の「剣岳測量100周年記念事業」の一環として、同16年に柴崎が果たせなかった三角点が設置され、GPS測量・水準測量により、最高点は、標高2999mと確認され、選定者が柴崎芳太郎と表記された「点の記」も作成されたそうです(注2)。
このような“縁の下の力持ち”にスポットを当てた映画は見ていて気持ちがいいですね。(記入者:亀さん)
追記:なお、現在も地図の作成という地道な仕事は続けられています。例えば、平成16年には、異常のあった日本第二の高峰・北岳の三等三角点も102年ぶりに復旧されました。国土地理院職員やボランティアが、60Kgの三角点の柱石や資材を担いで登り、復旧した記録を下の参考に載せていますので、読んでみてください。
(注1)三等以上の三角点について作られ、永久保存される、三角点設定の記録で、三角点標石埋定の年月日及び人名、覘標建設の年月日及び人名、道順、人夫賃、宿泊設備等を集録したもの。
(注2)国土地理院HP>地図は歴史の目撃者4-大台を一度は超えた「針の山」 :http://www.gsi.go.jp/kohokocho/kohokocho40054.html
(参考)国土地理院HP>北岳三角点を102年ぶりに一新 :http://www.gsi.go.jp/WNEW/koohou/458-2.htm
先日、近くの本屋さんに本を買いに行ったときのことです。
多くの本に並んで、黒い包装に包まれたトイレットペーパーが置いてあります。
“何でトイレットペーパーが?”と思って、手にとって見ると、「トイレで読む体感ホラー ドロップ」(注)と書いてあります。亀さんの隣りでも、女子中学生が手にとって見ています。お互いに顔を合わせて、ニッコリ!![]()
値段も1個(1冊?)210円と安く、亀さんは1個買うことにしました。女子中学生も1個持って行ったんですが、親に「ダメ!」と言われたのか、元あったところに戻しに来ました。
家に帰ってあけてみると、トイレットペーパーのミシン目ごとに、10行の程度の小説が書かれています。
今後使用するまでは内容の詳細は分かりませんが、オリコンのニュース(注1)によると、“「鈴木氏がこれまで発表してきた数ある作品のモチーフのひとつである“水”と、もともと日本人が怖いイメージを持っているトイレがテーマ」という書き下ろし小説『ドロップ』の舞台は公衆トイレ。1章10行前後、全9章で構成されており、“トイレ滞在時間”に手軽に読める点が特長となっている。”ようです。
これからは、トイレに本や新聞を持ち込んで、奥さんに叱られることもなく、正々堂々と小説が読めそうです。フンバッテ読んだら、感想でも書きます。
なお、:“このトイレットペーパーは本か?”という疑問がわいたので、Amazon.co.jpやBooks.or.jpで検索しましたが、ヒットしませんでした。本ではなく、トイレットペーパーなんですかね!(記入者:亀さん)
追記:作者の鈴木光司さんは静岡県浜松市の出身で、静岡県富士市の林製紙(注2)との同県コラボのようです。同社は、過去には漫画家のやくみつる氏が“食”に関する4コママンガを描いた『やくみつるのフードトイペ』や、経済アナリストの森永卓郎氏が節約術を説く『森永卓郎の年収崩壊時代生き残り10箇条』などを発表している。
(注1)オリコンのニュース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090521-00000006-oric-ent
(注2)林製紙:http://www.hayashi-paper.com/contents/pick-up/drop.html
このツアーは<ジャングル・ツアー>と名付けていますが、将来的には<シーカヤックを使ったエコ・ツアー>をめざそうという試みのひとつです。
漕ぎ出したわれわれを最初に歓迎?してくれたのは大繁殖が問題になっているカワウの集団でした。それも見渡しただけで軽く数百羽、毎朝、ねぐらにしている竹生島などからこのクリーク周辺に「出勤」してくるそうです。本流である安曇川北流と南流には遡上する子アユが狙われないように漁協の方たちによって川を横切るように10メートル間隔で両岸から数メートルの高さにテグスが張られています。つまりカワウが着水しようと滑空するときに引っ掛かってしまうので近寄らない仕掛けだそうです。
クリークには金魚鉢にはおなじみのホテイアオイがあちこちで目につきましたが、それ以上にびっくりしたのがはじめて目にしたのオオフサモ(大房藻)です。パロット・フェザーの別名を持つ藻類です。南アメリカ、とくにアマゾンなどの原産で、大正時代にわが国に帰化しました。一本ずつはオウムの羽のような形で、色もきれいな緑ですが、千切れても再生する能力がすぐれ、厳冬期も凍らない水中で越冬します。06年には外来生物法で「特定外来生物」に指定されましたが、霞ケ浦や各地の河川でも繁殖が危惧されています。水路の手前に広がる緑の部分がその群叢です。ここは1メートル以上の水深がありますが一見、その上を歩けそうです。
最後に紹介するのがヒシの実です。水面に浮かんでいる葉につながった根茎をそうっと引っ張りあげると1-3個の実が付いています。「茹でたら食べられる」という解説がありましたが「忍者が逃げるときに廊下に撒くあれです」のほうが受けていました。私も6個ほど採集してきました。
来月は<幻の化石海岸・お宝探しツアー>で能登半島へ。計画担当は何を隠そうこの私です。みなさんにハンマー、ルーペ、ゴーグルの「化石探し3点セット」を忘れずにね、と言っていますがさて。 (記入者:野次馬)
友人のシーカヤック・ガイド「ナチャラ」の北村さんに誘われて14日の日曜日、琵琶湖の<ジャングル・ツアー>に参加してきました。「琵琶湖にジャングルなんてあるの?」と思われるでしょうが、北西部に注ぎ込む安曇川=あどがわ=の河口部がクリーク地帯になっていてまるでジャングルのなかの川を探検する雰囲気を味わえるのです。最初の予定でははじめに沖合6キロにある「白石」*を往復する計画でしたが風が強かったのと散弾銃によるカワウの駆除が行われているという情報もあり沿岸ツアーに切り替えました。 *この石を「抜いたら」琵琶湖の水がすべて無くなるという言い伝えがある高さ10-20メートルほどの岩が数個並ぶ奇観です
参加したのは17人、16艇。私も含めこの新企画に期待した面々がかけつけました。みんな「珍しモン好き」なんですね。久しぶりに1人艇に乗りましたのでいつものようにデジカメを構える余裕がありませんがこんな感じです。
いちばん手前が私の愛艇「HIMIKO3」です。上にくくりつけているのが帆走用のセールで、後ろから風を受けると扇子を広げたようになり、漕ぐより何倍も速く進めます。この日は恐る恐る内湖で実験しましたが、残念ながらその写真はありません。いちばん上の写真の先がクリークなのですがこちらも。一列で進んでいますので写真を撮るヒマがなかったのです。 (記入者:野次馬)
前回の番外編はちょっと過激なタイトルだったけど今回はまたどうしたの。やさしい季節感で。迷っていて体力を使い果たしたわけでもなさそうだけど。林業助成のための「緑の雇用制度」にいきなり応募させられた18歳の若者の経験ですか。でも「いきなり応募させられた」ってどういうこと?舞台は三重県の山奥の「なあなあの村」だって。わけわかんねえ、あ、これはその主人公の口癖みたい。 (記入者:野次馬)
―喜多方ラーメン坂内と古典札幌柳麺・芳蘭―
亀さんの昼食は、ラーメン、寿司、日本そば、スパゲティー、中華や和食の定食などをローテーションしています。なかでも、ラーメンや寿司好きの友達が多く、ラーメンが多くなっています。
そのラーメンも色々な店を食べ歩いていますが、亀さんは、「喜多方ラーメン坂内」(注1)の喜多方ラーメンと「古典札幌柳麺・芳蘭」(注2)のしゅうまい塩バターラーメンが好きです。

坂内の喜多方ラーメンは、値段が安い(580円)上に、美味しいチャーシューが5枚も入っているんです。初めて行ったときには、850円の喜多方焼豚ラーメンを注文したら、麺が見えないほどチャーシューが入っていました。味もよく、割安感があります。
「古典札幌柳麺・芳蘭」は、30年近く前から亀さんが行っているラーメン店です。客が来ると「お帰りなさい!」と、客が帰るときには「行ってらっしゃい!」と店員が言うのが特徴でした(注3)。ただ、値段は当時から1000円以上で、当時の亀さんにとっては、贅沢なラーメンでした。
味は、コッテリしていてコクがあり、亀さんは大好きです。また、メニューに無いトッピングができます。亀さんが好きなのは、しゅうまい塩バターらーめん(1200円)ですが、メニューに書いてある、塩バターらーめん(1000円)としゅうまい塩らーめん(1200円)の組み合わせ版です。さらに、塩ちゃーしゅうめん(1200円)を組み合わせると、「しゅうまい塩バターちゃーしゅうめん」(1400円)になります。(算数の計算みたいでしょう!!)(なお、昼は100円割引です。)
味がいいのですが、若い人には少し高いのかなあ…。
店の壁に、昔から、客としてきた有名タレント・スポーツ選手・作家・俳優・歌手などのサインが所狭しと張ってあり、名物となっています。
このほか、麺屋・空海のとんこつラーメンもまずまずの味ですが、特徴が特にないのが欠点です。
なお、各店とも、サービスで、白飯が出ますが、亀さんは、ダイエットの為、辞退します。
今後、亀さんの昼食の感想を時たま書きますので、期待していただくとともに、ご意見をお寄せください。(記入者:亀さん)
(注1)「喜多方ラーメン坂内」有楽町店:http://gourmet.livedoor.com/restaurant/10211/、同・内幸町ガード下店:http://30min.jp/place/1408
(注2)「古典札幌柳麺・芳蘭」:http://r.tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13002736/
(注3)ただ、今は、「お帰りなさい」「行ってらっしゃい」の挨拶がなくなっているのは、とても残念なことです。
(注4)麺屋・空海:http://r.tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13025280/
皆さんに色々と道を尋ねながらようやく亀さんのいた「日比谷公園」までたどり着くことができました。東海道を大津宿から草津宿、中山道に入って守山宿と・・・など書くと、事情をご存じない方は「あらあら歩いて東京まで!」と勘違いされても困りますので、冗談はここまで。
取り急ぎの「到着」ご報告まで。 (記入者:野次馬)
昨日、日比谷公園を横切ったとき、雲形池のほとりで、人だかりがしており、何台かのテレビカメラで撮影がされています。
好奇心旺盛の亀さんは、見過ごしていくわけには行きません。
「東京都公園・・・」と書いてある腕章をしている女性に尋ねると、「草魚を捕まえようとしているんですよ。」と言います。また、その人に対して、男性が「草魚がいるので、駆除しないとダメだと公園事務所に連絡しているのに、駆除しないで、テレビ撮影だけするのはおかしい!」と怒鳴っています。
「おもしろそう!!」 亀さんの好奇心はピークへまっしぐら!
雲形池が青い浮きをつけた網で仕切られています。また、テレビカメラには、TBSの文字があり、池に入る準備をしたタレントもいます。よく見ると、「飛び出せ!科学くん」と書かれたツナギを着たココリコの田中直樹さんです。
“TBSテレビの番組収録だ!”と気がつき、もっと見たかったのですが、仕事の関係で、さぼってもいられなかったので、後はテレビを見ることにして、打ち合わせ中の田中さんの写真だけ撮って終わりにしました。
家に帰って調べてみると、月曜日の23:30~23:55に放映する、TBSの「飛び出せ!科学くん」という番組で、「しょこたん」こと中川翔子さんとココリコの田中直樹さんがレギラーのバラエティ番組でした(注1)。
面白そうなので、今度見てみようと思います。“どうせなら、田中直樹さんではなく、しょこたんに会いたかったなあ!”と、いい歳をしてミーハー丸出しの亀さんでした。(記入者:亀さん)
追記:雲形池に体長1メートルの草魚がいることについては、5月末の産経新聞で報道されたようです(注2)。また、草魚の写真を下に掲載します。
(注1)飛び出せ!科学くん:http://www.tbs.co.jp/program/kagakukun.html。このバラエティのコンセプトは「子どものころに持っていた、夢や好奇心を呼び覚まそう!身近な疑問から、地球規模のミステリーまで この世に存在する全ての謎を遊びながら解明していく『謎解きバラエティ』」というものです。
(注2)http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/090528/tky0905282151015-n1.htm
(注記)草魚の写真は、次の「草魚写真集」からの転載です。体長1.2mです。http://page.freett.com/kiluba0523/sogyosyasin.htm
―葉っぱの水滴と落花した夏ツバキ―
連日の激しい雷雨の後は、新緑の緑がきれいに洗われ、葉っぱの水滴もきれいです。
亀さんちの葉っぱの水滴の美しさは、1位が古代蓮の葉っぱ、2位はヒイラギナンテンの葉っぱ、3位はホテイアオイの葉っぱです。葉っぱの表面に毛が生えていない方がきれいです。
特に、古代蓮は大小丸い水滴が沢山出来てきれいです。昨日の雨は相当激しかったのか、よく見ると、水滴の中に虫が閉じ込められています。
水滴の付いたヒイラギナンテンの葉っぱを見ると、何となく、ミドレンジャーや仮面ライダーの顔に似ています。
でも、雨の後庭に出ると、夏ツバキの醜い姿の遭遇します。せっかく咲いた亀さんちの夏ツバキは、咲いて1日しか経っていないのに、雨が降るとすぐ落花し、芝生の上に醜態を曝しています。
かわいそうなので、花期の終わったサツキの木に乗せてみましたが…。(記入者:亀さん)
【追記】亀さんの故郷の広島は今年も雨が少ないようで、故郷の友から、「その雨を少し中国地方(倉橋)にも分けて欲しい」とコメントがありました。最近の天気は東日本と西日本との違いが極端ですね。
梅雨入り以来、関東では連日夕方から土砂降りの雷雨が続いています。日曜日から火曜日まで3日連続です。今も、向うのほうでゴロゴロ鳴っています。
この雨も、朝になると小雨になっているか止んでいます。火曜日の朝も霧雨でした。
朝起きると、スズメがうるさく鳴いています。どうしたのかと庭に出ると、亀さんちの上の電線やお隣りのBSアンテナの上でたくさんのスズメがうるさく鳴いています。
一方、芝生の上で、子供のスズメがピーピー鳴いています。どうやら、電線のスズメはこの子スズメに向けて鳴いていたようです。
子スズメのからだには怪我はないのですが、ずぶ濡れで飛べないようです。きっと、雨に打たれて、落ちてきたようです。亀さんが近づいても1メートルぐらいしか飛べず、仲間のところには帰れません。このままだと野良猫に食べられてしまいます。
そこで、亀さんは、出勤前に、野良猫の来ない木の影に隠してやりました。しかし、一日中、「子スズメがどうなったか?」が気になりました。
夜帰宅して一番に、奥さんに子スズメのことを尋ねると、午後になって羽が乾いたのか、少し飛べるようになり、しばらくは松の木にとまっていたそうですが、5メートルぐらい飛んで崖につかまり、それからはよじ登って、仲間のところに戻って行ったそうです。メデタシ、メデタシ!(記入者:亀さん)
このところ、週末には雨の日が多く、たまの晴れの日には外出していたので、亀さんの庭には、(“ニハニハニワトリ”ではなく、)雑草が目立つようになり、毛虫も出てきました。また、生垣のアカメガシ(ベニアカメ)の斑点病も気になっていました。
天気予報で“土曜日から日曜日昼までは天気が良さそうだ”というので、土曜日は早起きをして、農薬散布と除草をしました。
農薬散布は、薬剤(オルトランやダコニールなど)に展着剤をまぜ、適切な濃度に薄めて噴霧器で撒くのですが、マスク・手袋、長袖の上着、手ぬぐい・帽子の完全武装の作業です。
作業途中で、クチナシや夏ツバキには多くのツボミがでて、花が咲き出しているのに気が付いて、農薬をかけるのがかわいそうになりましたが、ベランダにあるオリヅルラン以外は、情け無用です。特に、クチナシは、よくオオスカシバが飛んで来て(注1)、その大きな幼虫のアオムシ(注2)がクチナシの木を丸坊主にするので、情けは禁物です。
農薬散布が終わったら、今度は雑草取りです。
カタバミやツメクサの一種やジシバリなどがかわいい花を咲かせているが、情け容赦はない。(ただ、ヒメツルソバだけは、1年中、寒い冬も花を咲いていたことに免じて例外です。)
草花にとっては、「きれいな花」を咲かせても、雑草扱いされるのは心外なんでしょうね。“ゴメンネ。”と言いつつ、薄情な亀さんでした。(記入者:亀さん)
(注1)「ホバリング名人発見!?」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_1978.html
(注2)オオスカシバの幼虫:http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/youtyuu/HTMLs/oosukasiba-b1.html
亀さんは、13日、映画「真夏のオリオン」(注1)を観ました。太平洋戦争の末期の日本海軍の潜水艦長たちの生きざまを描いたもので、亀さんとしては、公開前から興味がありましたが、そのストーリはほとんど知りませんでした。
亀さんの故郷の呉市は、旧日本海軍の軍港で、潜水艦の基地もありました。特に、この映画の一つの主役といえる伊号潜水艦(注2)については、亀さんもその実物を見たことがあります(注3)。また、助演男優?で広島県出身の堂珍嘉邦さん(ケミストリー)が呉市(大崎下島)で、小中学生を招待して特別試写会を開催した(注4)というので、呉出身者としては、この映画に故郷のつながりを感じ、公開初日に見ざるを得ないと思いました。
あらすじは下の(注5)に譲りますが、観る前は、戦争に引き裂かれる若者の悲劇だろうという、亀さんの予想に反して、終戦直前の若い潜水艦の艦長(倉木:玉木宏)が生きる希望と生きるための智恵で、勇猛に闘い、幸運にもハッピーエンドを迎えるというものでした。
恋人の志津子(北川景子)が出航前に手渡したイタリア語の自作の「真夏のオリオン」の楽譜とメッセージを糧に、絶望的な環境でも、生きる「希望」を捨てない。また、死んで敵を攻める、人間魚雷・回天3隻を活用して(注6)、生きて戦う「智恵」を出し尽くす。このことを通して、生きることの大切さを観衆に訴えていた。
このことは、「俺たちは死ぬために戦ってるんじゃない。生きるために戦ってるんだ。人間は兵器ではない。」という倉木艦長の言葉に凝縮しています。
主演の玉木の好演は言うまでもないが、共演者がそれぞれの味を出していて、見ごたえがあった。特に、吉田栄作(桑田機関長)の演技が光った。また、堂珍嘉邦(共同作戦の潜水艦長で、倉木の親友の有沢艦長)、太賀(鈴木水雷員)、鈴木拓(秋山烹炊長)などの演技も目立ちました。さらに、玉砕に走る回天搭乗員を演じる黄川田将也の演技も、主演の玉木を引き立たせる意味で、光っていました。
ただ、故郷・呉の風景や海軍兵学校の場面がなかったのは、亀さんにとっては期待外れでした。
戦争物の嫌いな奥さんは、見なかったのですが、戦争物の嫌いな人も見ると感激する映画でしたよ。(記入者:亀さん)
追記:呉市には、戦艦大和や潜水艦に関する博物館として、それぞれ「大和ミュージアム」(注7)や「てつのくじら館」(注8)があります。
(注1)真夏のオリオン公式サイト:http://www.manatsu-orion.com/index.html
(注2)旧海軍の潜水艦:一等(伊号)潜水艦、二等(呂号)潜水艦、三等(波号)潜水艦のほか、特殊潜航艇や特攻兵器(人間魚雷・回天)があった。
(注3)戦後、瀬戸内海で沈没した艦船を引き上げ解体しましたが、亀さんが住んでいた集落の造船所でも解体されました。その中に、伊号潜水艦があり、小学校のみんなで見に行きました。
(注4)http://blog.manatsu-orion.com/index.php?UID=1244682175
(注5)「真夏のオリオン」のあらすじ:http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tydt/id332860/、http://cinema-j.com/houga/?p=337
(注6)1隻はその高圧酸素を、海上に浮上できず艦内の酸素が限度以下になろうとする危機を脱するために使い、残りの2隻はゆっくり並べて走らせ、スクリュー2機の潜水艦の走行を偽装するために使う。
(注7)大和ミュージアム:http://www.yamato-museum.com/
(注8)てつのくじら館:http://www.jmsdf-kure-museum.jp/
―エビで鯛が釣れるか?―
5月の初めに、虎の門に、料金0円のCafeが出現したことを書きました。
そのCafeha,亀さんがヒイキにしている、せんべいの播磨屋本店が運営している「播磨屋ステーション東京霞が関」ですが、亀さんは、今まで一度も入ったことがありません。
そこで、先日、近くの病院に行くついでに、「コーヒーとせんべいでも…」と立ち寄ってみました。
しかし、満員・長蛇の列で、とてもコーヒー・せんべいにありつくまでには相当時間が掛かりそうです。この0円Cafeが、せんべいの販売拡大のためのPR手段であるとすれば、大成功です。まさに、“エビで鯛が釣れる”かも知れません。
亀さんは、0円コーヒーを諦めて、“大好きなせんべい(黒豆の入った「御やきもち」)でも買って帰るか”と思ったのですが、どこで売っているのかと探すと分かりにくいところで売っていました。
一方、0円コーヒーを飲んでいる人もその多くがせんべいを買わず、コーヒーだけ飲んで出て行きます。売り上げのためのPRという播磨屋さんの意図にも“屁のカッパ”です。
これでは、“エビ鯛”ではなく、“カッパえびせん”ですね。
オッと、播磨屋さんでは、カッパえびせんは売っていません。(記入者:亀さん)
―技術の進歩とやさしさ度の違いを実感!―
今日も亀さんの下らない都市観察にお付き合いください。
亀さんは、階段を下りるときに、若い頃から手すりを持つクセがあります。
その亀さんが大変苦手にしている階段の手すりがあります。下の写真の階段ですが、その理由が分かりますか? 写真をよく見てください!
よく見ると、手すりが所々で途切れているんです。その箇所で、一瞬ヒヤリとするんです。
そればかりか、途切れたところの処理がされていないので、背広のそでが引っ掛るのです。
“他の階段の手すりがどうなっているのか?”と、好奇心の旺盛な亀さんは、調べて見ました。
最近の手すりは、上の写真のように、溶接などで連続させたものがほとんどで、背の低い人用に上下2本のものもあります。
昔は、このような連続の手すりを作る技術がなかったのか、やや古い手すりを見るとわずかな隙間があるものもあります(上左)。また、都市型水害用の遮水壁(防水版)(注)の設備のためにやむなく途切れている場合もあります(上右)。
また、手すりの末端部の処理には、亀さんの知る限り、壁側に曲げたもの、床側に曲げたもの、下に曲げたうえで外側に曲げたもの、末端部を上下でつないだものの4種類のものがあり、興味深かったですよ。
これらを総合して、最初の階段の手すりは、“人に優しい手すり”とは言えないような気がします。また、亀さんが“人に優しい階段の手すり”第1位に独断的に認定したのは、上の階段です。因みに、この階段は、亀さんの最寄駅の階段です。
こうして手すりの構造をじっくり見ると、技術の進歩や施設管理者のやさしさ度の違いが感じられて、結構面白いですよ。皆さんも近くの階段の手すりを観察されては・・・。(記入者:亀さん)
(注)都市型の集中豪雨で、地下室や地下街に大量の水が流入し、水害が起こる現象が生じており、それを防止するために、洪水の地下流入を防ぐ遮水壁の設置が進められている。
今月に入って、平日の昼なのに、日比谷公園が小学生で一杯です。方々に座って、弁当を食べたり、お喋りをしています。
最初は、“遠足か、社会見学だろうな。梅雨時に遠足もないだろうに…”と思ったのですが、あまり気に留めませんでした。
小学生たちは昼ごはんが終わると、整列し、グループごとに道路を横断して、日生劇場に入っていきます。
劇場の入口には、「ニッセイ名作劇場第46回東京公演 エルコスの祈り」(注1)という看板が出ています。
聞くと、日本生命が、1964年以来、メセナ(企業の文化、芸術活動支援、企業の行う社会貢献活動)として行なっている「こどものためのミュージカル」への無料招待で、小学6年生が学校ごとに招待されているようでした。そのミュージカルも浅利慶太演出・劇団四季出演の本格的なものでした。
亀さんは、“東京の子供はいいなあ。田舎の子供は見られないんだろうなあ。”と思い、関係先に尋ねてみました。
「名作劇場」の形では、全国5都市で計100回の公演に15万5千人の小学生を招待するそうですが、このほか、全国的に、劇団四季の「こころの劇場」のミュージカルに無料招待しており、あわせると、47都道府県で約55万人の児童・生徒になるそうです(注2)。
イメージアップのためのメセナをやる企業が色々ありますが、子供を育て、芸術を支援する、このようなメセナを半世紀近く続けていることに驚くとともに、“こんな良いミュージカルを見られる今の子供たちは幸せだなあ!”と感じました。(記入者:亀さん)
(注1)日生劇場・ニッセイ名作劇場:http://www.nissaytheatre.or.jp/outline/meisaku.html
(注2)このようなメセナは1964年以来行なわれており、昨年までで、4,455回の公演、延べ72,148校を招待し、累計701万人を超えるこどもたちに、観劇を通じて夢と感動を届けてきたそうです。
佐原は、川越市や栃木市と同様に、「小江戸」と称されており、小野川の沿川やその周辺には古い街並みが保存されているだけでなく、古い商店が現在も営業しており、活気があります(注1)。今まで亀さんが見た歴史的な街並みのなかでは、高山や倉敷と並ぶ見事さでした。
地区全体は、国選定の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、個々の建物のいくつかは県の有形文化財に指定されています(注2)。
また、小野川のほとりには、国指定重要文化財の伊能忠敬旧宅や伊能忠敬記念館があります。
伊能忠敬は、米売買・酒造りの商家で名主の伊能家に婿養子し、家業の傍ら、天文暦学を勉強した後、49歳で隠居して江戸で本格的に勉強し、あの「大日本沿海輿地全図」を作り上げたのです。第二の人生の過ごし方としては、驚嘆すべきで、亀さんたちアラカン(還暦前後)にとってはスター的存在ですね。
なお、旧宅の前の「樋橋(通称:ジャージャー橋)」には農業用水の樋管が敷設されており、写真のように、30分ごとに、ジャージャーと水が出てきます。
この日、亀さんは、真面目に?散策をし、写真を撮ったのですが、奥さんは買物に急がしく、携帯でそれぞれの行動を把握しながら別行動をとりました。
なお、佐原には、名物が多く、この日は、油茂のラー油、麻生屋のすずめ焼、麻兆の佃煮、柏屋の最中、山口屋の揚げ芋まんじゅう、大川本店の鉄砲漬などを買いました。もう半分以上食べてしまいましたが、美味かったですよ。(エッ、食べ物だけじゃないかですって。民芸品も買ったかな・・・。)(記入者:亀さん)
追記:「すずめ焼」をスズメの焼き鳥と誤解する人がいるかもしれませんので、追記しますと、「すずめ焼」は、小鮒を開いてスズメのような形にして、焼いたものです。http://www9.ocn.ne.jp/~asachou/newpage1.html
(注1)佐原は、江戸時代には江戸への物資の流通基地として繁栄し、小野川の両岸やその周辺には、河岸問屋、醸造などの商工業者が軒を連ねていました。その街並みは、現在も保存され、国選定の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
(注2)写真の3枚目から7枚目まで、県の有形文化財の三菱館(三菱銀行佐原支店旧本館)、中村屋乾物店、中村屋商店、正文堂・小堀屋本店、正上。8枚目は油茂、9枚目は木の下旅館。
この水生植物園の近くに、水郷の「加藤洲十二橋船めぐり」があります(注)。この船めぐりで水郷の風情を満喫することも、亀さんたちの目的でした。
この船めぐりは、低湿地で、道路の整備が出来なかった頃に住民の足であった水路と舟運を観光資源として、活用しているものです。この水路には、12の橋がありますが、この橋は、隣の家との連絡用の個人所有の橋です。
途中には水路に面した土産物屋さんもあり、亀さんたちは、そこで売っているお団子を食べながら、水郷気分に浸りました。所要時間50分のなかなか楽しい船めぐりでしたよ!
なお、昨日の記事で掲載できなかったアヤメの花の写真を、下に追加掲載いたします。(記入者:亀さん)
(注)この船めぐりは、水郷佐原水生植物園の近くのほかに、茨城県の潮来からも船が出ています。
亀さんたちは、7日(日曜日)が週末としては久しぶりの晴れだったので、水郷・佐原にアヤメを見に行きました。
「水郷佐原水生植物園」では、6月中「あやめ祭り」が開かれています。水辺の貴婦人といわれるアヤメの晴れ舞台です。
この期間、園内では結婚式が行なわれ、「嫁入り舟」に乗って白無垢・綿帽子の新婦が舟で嫁入りするイベントがあります。抽選に当ったカップルが園内の中洲で結婚式を挙げるのです。
亀さんたちが行ったときに、今年最初の「嫁入り舟」が行なわれていたので、アヤメの中を行く新郎新婦を撮りました。
アヤメは、4分咲きと言われましたが、かすりの着物に菅笠を被ったご婦人が枯れたアヤメを丁寧に取り除くなど、花の管理が行き届いていて、とてもキレイでした。


アヤメは、江戸系・肥後系・伊勢系で、多くの品種のものがありました。それらの写真は、全部をこの記事に載せられませんので、一部をのせ、「その2」に残りの主なものを載せます。 (記入者:亀さん)
<あたま遊び>にと今年1月13日に楽天ブログで「きょうのB玉」を始めてきょうでちょうど100回目になりました。なまいきに聞こえると叱られそうですが「通過点」ではありますので<自祝>としておきました。以前、2004年4月15日から同じタイトルで、当時はメールを使って希望者に送付していましたので今回は「再」出発ということになります。その時の1回目はこう始まっています。
毎日さまざまなニュースが飛び交っていますが「B級ニュース収集家」の私としては皆さんとはまた別の目でニュースを捉えているわけで、たった数行のベタ記事でも「おもしろい」と感動したりしています。そんな私からお届けするニュース紹介です。題して「きょうのB玉」。私が勝手に選んだ目玉ニュースゆえ、「びーだま」とお読みください。
その初日に取り上げたのは「涙の会見の野沢・旧山一証券社長が証券界に復帰」2回目が「人気経済評論家の植草一秀氏、のぞきで現行犯逮捕」でした。野沢氏は先日、引退の記者会見を見ましたが、植草氏はその後とんと噂を聞かないですね。もっとも噂を聞くというと「またまた(再犯)」ということでしょうからこちらは聞かない方がいいですけどね。今回は第1回が「ジンバブエで500億ドル札発行」2回目が「息子に代わって父親が替え玉受験」でした。同じ話題を2回以上取り上げたのは、ナマコの体内に住む珍魚・カザリカクレウオと元理事長親子の逮捕までいったご存じの漢検、盗難事件まで起きたミツバチ騒動、道頓堀川から見つかったカーネル像、地元滋賀県の地酒「権座」の新酒の話でした。12月にはこちらも私が勝手に選ぶ「B級ニュース大賞」も復活しますのでお楽しみに。
『石山文也の「きょうのB玉」』は毎週、月曜日~金曜日掲載、土・日・祝日はお休みです。 (記入者:野次馬)
【ステージ1】
みなさん、コンセントの穴の秘密を知っていますか? 上の写真を見て、何か気が付きますか?
実は、亀さんは気が付きませんでしたし、その秘密は全く知りませんでした。コンセントなんて、何十年見てきたのでしょう・・・。でも、全く気が付きませんでした。もっとも、じっくり見ることもありませんでしたがね。
先週の水曜日、寝ぼけ眼で、深夜テレビ番組(番組名は不明?)を見ていると、“コンセントの穴の長さが左右違うのはなぜか?”という疑問に、番組が答えているのです。
みなさん、左の穴の長さの方がが長いのが分かりますか?もし、この写真がおかしいと思う人は、近くのコンセントで確認してください。
【ステージ2】
①なぜ、左右の長さが違うのかについては、左の穴につながる電線は、接地している(地面につながっている)電線であることを示しているようです。
②また、なぜ、接地されているかというと、(電気は、送電線からの電気を変圧器で降圧して家庭に引き込んでいますが、故障等で降圧できないときに)家庭に高圧の電気が流れると、火災・人身事故等の原因になるので、高圧の電気を地面に逃がす必要があるからのようです。
亀さんの説明で分からなかった人は→こちらをクリック!
“人の気付かないところで、大切な役割を果たしているものが沢山あり、それを支えている科学技術があるんだなあ!”と感じました。
翌朝、奥さんに、コンセントの穴の長さの違いを話したら、「本当だ!」と大喜びでした。でも、それ以来、コンセントが目に付いて仕方ないようです。(記入者:亀さん)
追記:愛読者のシェリーさんに教えてもらいました。番組名は、テレビ朝日の「シルシルミシル」(水曜23:15~)でした。
玄関のアジサイが、日に当ててあったので、撮ってみました。
亀さんちは、今、花の端境期で、あまり花がありません。もっとも、門のところにはパンジーやビオラの寄せ植えがあり、庭には今盛りのアジサイと年中咲いているヒメツルソバが咲いており、これらは元気一杯です。

それと、鉢植えのフウロソウと姫ヒオウギは花期が長く、姫ヒオウギは実を着けだしたのに、まだ咲いています。
また、近所の人に頂いたマンネングサ(注記)も、かわいい小さな花をたくさん咲かせて始めました。
しかし、問題は、昨年奥さんが気に入って買ってきて(注)、花が終わった後も大事に育ててきたカラーです。葉っぱだけ出ているのに、6月になっても花が咲かないし、花芽も出てこないのです。近所の花好きの人にきくと、「もうじき花芽が出てくるよ!」とのことでしたが…。そのカラーが、一昨日、ついに、黄色い花を咲かせました。今のところ、1本だけで、去年の花よりは小さいのですが、やっと咲いたという感じです。
あとは、オオバギボウシがツボミを付け、家の奥のほうで、南天の花が咲いています。(記入者:亀さん)
(注)昨年5月26日の「カラーの花」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_7ec6.html
(注記)当初、頂いた人から「ネコノメソウかな…」と言われていたので、「メコノメソウ?」と書きましたが、安曇野さんの「セダム」とのヒントで調べると、セダムの一種のマンネングサであることが分かりました。訂正します。安曇野さん、ありがとうございました。
―明智光秀、いちごパンツ―
昨日の「浅草の算子塚に行きました。」への野次馬さんのコメントを読んで、円周率の覚え方を思い出しました。
皆さんは、どんな覚え方をしましたか? 亀さんは、「産医師異国に向こう産後厄なく・・・」=3.14159265358979…と覚えました。
「こんな丸暗記をしても…」という意見もありますが、これと同時に、“円周率が循環小数でないこと”、また、“何万、何億桁も続き、何桁まで計算できるかが研究されていること”や“江戸時代の人が20桁以上計算したこと”などを知って、数学の面白さに触れたような気がしたものです。
平方根も、“一夜一夜に人見ごろ”(√2=1.41421356…)とか、“人並みに奢れや、おなご”(√3=1.7320508075…)とか、“富士山麓、オウム鳴く”(√4)とか覚えました(注1)。
化学では、元素の周期表(注2)を“水兵リーベ、バックの船、なーに、間があるシップはすぐ来らー”(H、He、Li、Be、B、C、N、O、F、Ne、Na、Mg、Al、Si、P、S、Cl、Ar)と覚えました(注3)。
これらのことも、丸暗記だと批判したり、“実生活にどれだけ役立ったか?”などと、野暮なことは言わないで、数学や科学の面白さの入口として活用すればいいのではないかと思います。
このほか、“いい国つくろう・鎌倉幕府”(1192年)などの歴史年号の覚え方(注4)がありましたね。最近は、“明智光秀、いちごパンツ(1582年本能寺の変)”っていうのもあるようですよ。
こんなことが、皆さんにとって、今となっては楽しい(又は苦い)青春の1ページになっていませんか?(記入者:亀さん)
(注1)平方根の覚え方:http://mtf.z-abc.com/?eid=683068
(注2)周期表:http://www.d2.dion.ne.jp/~hmurata/goro/table2.html
(注3)周期表の覚え方:http://www.d2.dion.ne.jp/~hmurata/goro/digest/yoko01.html
(注4)歴史年号の覚え方:http://www.tcp-ip.or.jp/~syaraku/nengou.htm
浅草に行ったとき、「土産に何を買って帰ろうか?」と奥さんに電話して尋ねました。
その答は、「要らないけど、木村家の人形焼かな~」でした。
そこで、浅草寺宝蔵門そばの「木村家」で人形焼を買い、仲見世を歩いていると、「木村家人形焼本舗」があるではないか!
“あれ? 同じ店があるなあ…”と思ったのですが、何となく店の名前が違うような気がしたので、人形焼を買った「木村家」に戻って、店の名前を確かめました。正式な名前は、「元祖人形焼 木村家本店」でした。
亀さんは悩みました。“奥さんの言った「木村家」はどちらの「木村家」なんだろう?”と。
仕方ないので、「木村家人形焼本舗」の人形焼も買って帰るかと思ったのですが、”人形焼ばかりでは芸がない”と思い、間違ったときの安全弁として、「浅草 梅園」のあんみつを買って帰りました。
この戦術は大成功でした。奥さんに言った「木村家」は、亀さんが人形焼を買った「元祖人形焼 木村家本店」であり、加えて、奥さんの好きなあんみつまで買って帰ったので、奥さんは大喜びでした。
それにしても、「本店」と「本舗」と似た名前で同じものを売っているなんて、混乱しますよね。因みに創業が古いのは「本店」のようです。(記入者:亀さん)
追記1:下左は、買って帰った人形焼ですが、ハト・雷さん・五重塔・提灯の4種類ですが、これは、本店、本舗とも同じです。
追記2:本店に「加豆沙糕 四個 参百円」と書いてあるので、新しいお菓子かと思って尋ねると、「あん入り人形焼 四個 三百円」を中国観光客に分かるように書いているんだそうです。
(参考)浅草の色々な人形焼:http://www.asakusa-monjayaki.com/asa_guide/miyage/ningyoyaki/
(注)浅草 梅園:http://www.asakusa-umezono.co.jp/
亀さんは、先日、浅草に行ったときに、浅草の浅草寺・新奥山(注)にある「算子塚」に行って見ました。
その理由は、最近、鳴海 風著「円周率を計算した男」(新人物文庫)を読み、江戸時代の数学(和算)学者の生きざまを知り、また、その一人の会田安明の功績を讃える「算子塚」が浅草寺にあることを知ったからです。
「円周率を計算した男」の文庫本は、今年5月14日に刊行されものですが、和算学者6人の生きざまを主題とした「円周率を計算した男」(歴史文学賞・日本数学会出版賞受賞作)などの短編を集めたものです。
亀さんは、高校の日本史の教科書で、江戸時代に”世界的な数学者の関孝和”がいたことを知識として知っていましたが、関孝和が突然変異的に出現したように漠然と感じていました。
しかし、この文庫本を読んで、関孝和の周辺に、立身出世・生活・学問的探究のために、和算を学んだり、円周率の計算に躍起となったりした、多くの若者がいたことを知りました。また、江戸時代の日本には3.14の円周率を知る人が結構いたことに驚きました。
そのうち、関孝和と一番弟子の建部賢弘が考案した円周率の計算方法は、20世紀になって数値計算で使われるようになった方法のようです。200年以上も前にこうした計算法を日本の数学者が世界に先駆けて発見していたのは驚きです。
「算子塚」で讃えられている会田安明は、関流和算の閉鎖性を批判して少数派の「最上流和算」を創設した学者で、文庫本に所収された短編の「算子塚」にその生きざまがイキイキと描かれています。
なお、算子塚の近くには、関流和算の高名な?学者を讃える「五瀬・植松氏明数の碑」もあります。
この文庫本を読み、また、「算子塚」に行って、亀さんは、“最近、学問的な探究心が薄れているなあ!”と実感しました。同時に、一時採用されていた、円周率を3と教える「ゆとり教育」の無謀さを再確認しました。(記入者:亀さん)
(注)浅草寺五重塔の北西にあり、多くの石碑や銅像が集められている。http://www7.ocn.ne.jp/~sehayama/sinokuyama.htm
本はいまやネットで気軽に買える時代、本好きのおじさんから「屋久島の本を札幌の古書店から買いました」とうれしそうに報告してきました。こういうのって相槌が打ちづらいんだよね。「あんたの勝手でしょ」と言いたいところだから。今回の『気まぐれ読書日記』はその屋久島の話から。
今シーズン、亀さんの好きな広島カープは出だしが良く、5月初めまでは5割・Aクラスを維持していました。
しかし、次第に投手陣の歯車が狂いだし、連敗が続き、日本生命セ・パ交流戦の前には、いつの間にか、5つの負け越しで、3位の中日の姿も霞んできていました。また、交流戦に入っても、最初の4試合で1勝3敗と調子が出ません。
ところが、ここからのカープは、例年とは違いました。12球団最低の打率にもかかわらず、防御率1位の大竹の活躍、ルイス、前田健の復調など、12球団一の防御率の投手陣の頑張りで、7連勝です。
残念ながら、昨夜の試合では救援陣の乱調でパリーグ首位の日本ハムに惜敗しましたが、交流戦前半を8勝4敗・4つの勝ち越しで折り返しました。そして、いつの間にか、姿の見えなかった中日と3位を争っています。
これで、亀さんの楽しみ(=「広島カープの日本シリーズ制覇」の夢)は続きます。
今後も、亀さんは、“郷土の希望を背負って起った”(注)広島カープを「フレー・フレー!カープ!頑張れ・頑張れ!カープ!」と応援し続けます。(記入者:亀さん)
追記:大竹投手の5月の月間MVP受賞、おめでとう!
(注)初代のカープ応援歌「勝て勝てカープ」の一節:http://yutaka901.web.infoseek.co.jp/page2ax5a.htm
上の写真を見てください!この間行った近くの公園の草に付いていた泡です。
亀さんは、大人になるまで、これが“ホタルの卵だ”と信じ込んでいました。
それは、小さい頃、ヨモギなどの茎にこの泡が付いていると、大人が「ホタルの卵だ!もうじきホタルの季節だね!」と言うのを聞いていたからです。
中学生のときに、初めて水の中にいるホタルの幼虫(下左)を見たのですが、そのときも“この泡の中から水に落ちるんだ!”と思っていました。
でも、ある時、泡の付いている草の近くに池や川がないことに気付き、“おかしいなあ…”と感じて調べると、アワフキムシ(泡吹虫)の幼虫の巣であることが分かりました。アワフキムシ(下右)は、セミやカメムシの仲間で、幼虫が排泄物を泡立てた巣を作って身を守るようです。
この話は、亀さんの故郷だけの話かと思っていましたら、インターネットで調べると、全国的な俗説のようですね(参考)。皆さんの地方では、どうでしたか?
いずれにしても、もうじきホタルが舞う季節になりましたね。(記入者:亀さん)
(参考)この泡をホタルの幼虫だとの俗説にふれるブログ:http://info.hitohaku.jp/blog/2008/05/post_122/、http://www3.ocn.ne.jp/~teachers/awafuki.html、http://futarinoyakata.web.infoseek.co.jp/gardening-awafukimushi.html、http://www.geocities.jp/kamosuzu/siroobiawafuki.html、http://members.jcom.home.ne.jp/fukumitu_mura/hanshimoku_.html、
サラリーマンは家庭でも職場でも色々な束縛に縛られていて、たまには羽を伸ばしたくなるものです。(亀さんの家庭や職場は、そんなことはありませんがね…)
昨朝まで続いていた雨が昼には止み、太陽も顔を出してきたので、亀さんは昼休みに公園に行きました。身体を伸ばし、両手を広げて、清々しい空気と陽の光を浴びようと思ったのです。
芝生広場までくると、1羽のハトが芝生の上で羽を伸ばして横たわっています。“死んでいるのかな?”と思って近づいて見ると、目が動いています。
“生きているんだ!何をしているのかな?”と見ていると、何分もじっとしており、時々羽の方向を変えています。そして、それが終わると、スタスタと歩いていきました(下左)。
きっと、雨に濡れた羽を広げて羽干しをしているようでした。カワウの羽干しは見たことがあります(下右)が、ハトの羽干しは初めて見ました。
ハトも、ここのところの雨で、行動が束縛されていたので、公園に来て羽を伸ばしていたんですね。これが本当の「羽を伸ばす」ですね。(記入者:亀さん)
亀さんの奥さんは、その季節に応じて、その時季にふさわしい絵や人形や小物などで部屋を装飾するのが、趣味です。
ただし、今まで、その人形や小物は、人形店や民芸店などで買うか、それらを制作した友人から譲ってもらっていました。
ところが、次第にそれらを自分が作りたくなるようです。
そこで、最初は刺繍に、次にフラワーアレンジメントに挑戦していましたが、最近は、さらに、ちりめん細工・つるし雛に挑戦しているようです。上の写真は、奥さんの初めての作品です。(左がハナショウブ、右が三番叟)
先月からは“ちりめんのつるし雛の教室”に通っていますが、どうもそれだけでは満足できず、みずから、関係書籍を購入して、家でも技術の習得に努めているようです。
先日も、神田神保町の古書店街につるし雛やちりめん細工の指導書を買いに行き、欲しい本が入手できなかったようです。
そこで、インターネットで「日本玩具博物館」のHP(注)を見つけ、欲しい本を見つけるなど、ちりめん細工にまっしぐらです。
ちりめん細工に使うちりめんの古布は高価で入手困難ですが、その博物館は、「正絹 古風江戸ちりめん」を開発し、適正な価格(とはいえ、結構高いお値段)で通信販売も行なっているようで、奥さんは大喜びです。
今後、奥さんの技術が向上すれば、ちりめん細工が一気に増加すると思われます。ご期待?ください。(記入者:亀さん)
(注)日本玩具博物館:http://www.japan-toy-museum.org/
先週来、うっとうしい雨模様が続きますが、このブログの愛読者のほよりんさんがいつもキレイな雨の雫の写真を写されているので、亀さんも写して見ました。
なかなかピントが合わなかったのですが、なんとか素敵な雫が撮れました。


それぞれの雫の表情が異なっている上に、その中に周囲の風景が写っていたり、背後のものが拡大して見えたりします。
雨の雫で飾られた花々も一団とキレイだったので、写してみました。日常は見逃すような自然の美しさが見えました。
雨はうっとうしいだけではなく、こんな美しい贈り物をしてくれるんですね。(記入者:亀さん)
亀さんは下戸でほとんど酒が飲めません。だから?甘いものには目がありません。
都心に出かけるときには、出かける前に、「東京五つ星の甘味処」(岸朝子選・東京書籍)などで、あらかじめ甘味処を調べて目星をつけておきます。
先日も、奥さんが本を探すために神田神保町に来ていたので、落ち合い、食事をしました。
当初は、食後に神田須田町の「竹むら」(注1)で、「御ぜんしるこ」か「あわぜんざい」を食べようと思っていたのですが、亀さんが以前から気になっている店に行くことにしました。
その店は、大丸やきの「大丸やき茶房」です(注2)。その店は、1948年創業の小ぢんまりとした甘味処で、店名に冠する 「大丸やき」 が看板商品です。
大丸やきは、大判焼と区別がつかないような外見ながら、「カステラまんじゅう」 とも呼ばれるお菓子で、大判焼とは全く違います。
つまり、砂糖と小豆を同じ割合で練った餡はしっとりとしたつぶし餡で、これをやわらかなカテスラ風の生地がくるんでいます。
亀さんは田舎汁粉と大丸やきを、奥さんは「お茶と大丸やきセット」と最中を注文しました。実に、餡が本当に美味しく、“余は満足じゃ!”でした。
お茶も静岡県藤枝産の銘茶で、大丸やきの味を引き立てていました。(記入者:亀さん)
(注1)竹むら:http://allabout.co.jp/gs/wagashi/closeup/CU20071004A/
(注2)大丸やき茶房:http://daimaru.jpn.ch/
(参考)2008年3月4日の「団塊の広場」:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_4c8b.html
東京は、都市再開発が盛んに行なわれ、大手町界隈や副都心では斬新で超高層のビルが林立していますが、都心の有楽町に昭和30年代の東京が残っています。
映画「ALWAYS三丁目の夕日」がヒットしたり、レトロなテーマパークがはやったりと、「昭和」がブームになっていますが、ここは、テーマパークではなく、戦後の東京そのものが残っているのです。

その場所は、JR有楽町駅ガード下にある「有楽コンコース」です。ここは、大衆食堂の「まんぷく食堂」などがあります。

このコンコース自体が時代物ですが、さらに、昔懐かしい水原弘・由美かおる(殺虫剤)や大村 崑(オロナミンC)などのホーロー看板や当時の映画のポスターが貼られていて、まるで、昭和の30年代にタイムスリップしたようです。

なお、映画のポスターに、「総天然色」に書いてあるのは、当時の映画の多くが白黒フィルムであったことを物語っています。
一度、まんぷく食堂で食事をしようと思います。(記入者:亀さん)
今年は、サツキの花がきれいに咲きだしました。今年は、いつも来るミツバチの代わりにマルハナバチが早速やって来ました。
このサツキは、毎年、なぜかきれいに咲きませんでした。その原因は、枝の剪定で花芽を落としているためか、グンバイムシという害虫にやられて樹勢が弱っているためか、よく分かりません。
今年は、剪定や害虫駆除に特に細心の注意を払ったのですが、なかなか咲きませんでした。
もっとも、亀さんは、ツツジとサツキの区別が出来ず、花期の遅いサツキであることを忘れて、「今年もこのツツジは咲かないのかな?」と思っていたのですが…。
ただ、サツキとしても、近くの公園のサツキはもう散っていますので、亀さんちのサツキは少しのんびり屋さんのようです。
日頃はあまり政治的な話をしたり書いたりしない「気まぐれおじさん」から読書日記が届いたので紹介します。なになに、今回は<緊急配信>とな、タイトルも「あの国に拳を突き上げよう号」だって。ちょっと過激じゃん。取り上げた本も『渚にて』か。映画のほうは観たことがあるけどね。スタンリー・クレイマー監督のアメリカ映画だった。主演の原子力潜水艦の艦長がグレゴリー・ペック、その相手役がエヴァ・ガードナー。もう半世紀前の作品だけど「あの国=北朝鮮」の動きがあるだけに何だか生々しいなあ。 (記入者:野次馬)
夏のような陽気が続いていますが、今(5月末まで)日比谷公園で、「日比谷オクトーバーフェスト」が開催中です(注1)。
5月(メイ)なのに、オクトーバーフェスト(10月祭)とは、変な感じなんですが、ドイツで毎年開催されている世界的に有名なビール祭りの「オクトーバーフェスト」を真似て行なわれているイベントです。本来は、秋の収穫祭ですが、なぜか、春に行なわれているのです。
ドイツ大使館、ドイツ観光局やドイツ農産物振興会も後援しており、一応、ドイツに仁義を切っていますが、要は、“日比谷公園で、真っ昼間から、ドイツビールやドイツワインを飲み、フランクフルトソーセージを食べよう!”ということのようである。
パンフレットに、ご丁寧にも「本イベントは、秋に行なわれているオクトーバーフェストと主催者・内容が異なります。ご理解、ご了承の程宜しくお願いします。」と書かれ、主催者自体も、本来の「オクトーバーフェスト」と別物であることを認めています。
つまり、緑の中で憩う日比谷公園=ひびやガーデンが、「ドイツ文化」という名目で、ビヤガーデンになっています。
そして、真っ昼間からOLやサラリーマンが黒ビールなどのドイツビール(注2)を大ジョッキで飲んでいます。(なお、入口の看板には、「入場無料」と書いてありますが、ビールはもちろん有料です。念のため。)
世の中は、不況・リストラ、新型インフルエンザで大変なのに、ここは平和だなあ~!
昨日の夕焼けのきれいだったから、今日もビールが美味いでしょうね。(記入者:亀さん)
(注1)日比谷オクトーバーフェスト:http://www.nihon-oktoberfest.com/
(注2)出品ビール一覧:http://www.nihon-oktoberfest.com/spot/hibiya/bier.html
先日、近所のご婦人から、「ホタルブクロの花が咲いたよ。」と連絡があり、写真(上右)を撮りに行ったとき、そのご婦人から「本当に蛍が入れられるかしら…?」と言われたので、「名前がそうだから、入れられるんでは…」と軽く言って帰りました。
昨夜、亀さんが二階のパソコン部屋でブログを書いていると、階下から奥さんの悲鳴が…。どうせ、オッチョコチョイをして火傷をしたか、ゴキブリが出て来たかのどちらかだと思ったのですが、知らん振りをしているわけにもいかず、階下に下りてみました。
すると、奥さんは、花びんに挿したホタルブクロを指差して、「ホタルブクロの中に蜂がいる~!枯れた花を取ろうとしたら刺された。痛いよ~!」とべそをかいています。このホタルブクロは、昨朝、2軒お隣りから頂いたものでした(上左)。
「蜂は枯れた花の中にいる。」と言うので、慎重に花を切り取り、中を見ると、確かに蜂がいました。写真のように、背中に花粉をつけて頑張っていたようです。
先日のご婦人との話を思い出して、「ホタルブクロには蜂が入るんだから、蛍も入るな。」と感慨深そうに奥さんに話しました。
奥さんは、「人が痛がっているのに…」とプンプンでしたよ。(記入者:亀さん)
亀さんちのアジサイが咲き始めました。近所のお宅のアジサイもそろそろ咲きだしました。
これにあわせて、亀さんちの家のなかは、早くも6月の梅雨バージョンに移行しています。その主なものを紹介しましょう。


玄関には、アヤメの手ぬぐい額が掛けられ、下駄箱にはアジサイの絵とでんでん虫などの人形が飾ってあります。
また、居間には、カエルのてぬぐい額が掛けられ、その出窓にはアジサイの絵とカエルの古布人形などが飾られています。
和室には、床の間に、新緑の森林のリトグラフとテッセンの絵が飾られ、さらに、昔の版画が掛けられています。また、二階の壁にもアジサイの絵が飾られいます。
このうち、手ぬぐい2本と昔の版画は、亀さんが三社祭を楽しんでいるときに、奥さんがそれぞれ染絵手ぬぐい専門店の「ふじ屋」と和紙・千代紙の「黒田屋本店」で購入したものです。
このように、亀さんちの室内の装飾は年々変化しているのです。(記入者:亀さん)
調べ物をしに滋賀県立図書館へ出かけたら「新型インフルエンザ発生で25日(月)まで臨時閉館」という告知看板が。そうか、そうだったとここまで来て気づいても遅かりし。在宅で自称・著述業の私にも初めての「実際の影響」です。何だかうれしい?そのまま帰るのもなあ、と散歩中に見つけたのがこの木です。
で、葉がこの写真。「違う木じゃないの?」とおっしゃるかもしれませんが、左のが成長すると右の形に変わっていきます。「隠蓑(かくれみの)」という変わった名前のウコギ科の常緑小高木です。7-8月に開花、11月頃にだ円形の実が黒く熟すそうです。この樹皮を傷つけて出る汁が「黄漆(きうるし)」で、家具の塗料に使われます。写真のためにいただいた葉は押し葉コレクションにしておきます。 (記入者:野次馬)
近所のお宅に、アマリリスが咲いています。ヒガンバナ科の花で、昔は、赤い花だけだったような気がするんですが、最近はピンクや白い花もあるようです。
この花を見ると、亀さんは、小学校で習った「アマリリス(可愛いアマリリス)」の歌(注)を思い出します。
音楽の女先生が弾くオルガンに合わせて、亀さんたち生徒がハーモニカ(リコーダーというたて笛だったかも・・・)を一生懸命吹いたのです。時たま、可愛いクラスのマドンナが先生に代わって、オルガンを弾くこともありました。
おませな男の子は好きな女の子のハーモニカを吹きたくて、こっそり隠れて吹いたりしました。また、ハーモニカの調子が悪いと言い、「○子ちゃん、吹いてみて」と持ちかけ、好きな女の子に自分のハーモニカを吹かせるという策略をしたりしていました。(亀さんは真面目で、そんなことはしませんでしたよ!?)
幼い頃の淡く切ない思い出です。マドンナたちも今や還暦を超えたおばあちゃんになり、なかには、鬼籍に入った人もいます。
因みに、亀さんちの掛時計は、1時間ごとに、「アマリリス」の音楽が流れ、からくり人形が踊ります。(記入者:亀さん)
(注)唱歌「アマリリス(可愛いアマリリス)」:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/amaririsu.html
亀さんは、昨日、職場の同僚と一緒に、九十九里の北端の刑部岬まで、九十九里浜の北部を約12~13km散策しました。
当初は曇り勝ちの天気だったのですが、途中から陽光が降り注ぎ、日焼けが心配になるくらいの暑さになりました。そのため、見るとすぐそこだと思って出発したのですが、かなり距離があり、最後には、暑さと疲れで疲労困憊でした。
しかし、浜辺には、ハマヒルガオ、マツヨイグサ、スイカズラ(金銀花)、シャリンバイなどの花が咲いており、また海を渡る風に乗った潮の香りが疲れを癒してくれました。
途中、波打ち際では貝をとっている人もいます。少し行くと、海の波間に多くの人がいます。サーフィンにしてはサーフボードが見当たらず、何か海の底を浚っているようです。
地元の人に聞いてみると、ナガラミ貝という巻貝をとるナガラミ漁だそうで(注1)、九十九里浜の風物詩のようです。
3時間弱かかって、ようやく飯岡漁港・刑部岬に着きました。この岬から北側には断崖絶壁の屏風ヶ浦が続きます。岬の上に登り九十九里浜の眺望を満喫しようとも考えたのですが、天候が怪しくなったので、ここで散策を終えることにしました。
なお、この飯岡の集落には、「天保水滸伝」(注2)で世に名高い遊侠・飯岡助五郎の地元で、光台寺には彼の墓もあります。(記入者:亀さん)
(注1)ナガラミ:http://blog.goo.ne.jp/cheer_001/e/80539190010c5ae11e74d5ac19d47aef。ナガラミ漁:http://www4.ocn.ne.jp/~eca33eca/99-01.html
(注2)天保水滸伝:http://www.linkclub.or.jp/~mcyy/chiba/tenpo/01.html
大阪に住む娘の「マスクが売り切れなので、送って欲しい」との電話で、奥さんは一昨日近くの大きな薬局に行きましたが、東京でも売り切れだったことはすでに書きました。
そこで、奥さんは、昨日の朝、再びマスクを買いに行きました。ところが、マスクはありませんでした。店の人の話だと、“その朝入荷したマスクは開店早々売り切れ、その日は入荷の予定がない”そうです。
そこで、奥さんは、若干高いのですが、やむなく修繕工事の際に使う防塵用の「作業マスク」を買ってきたそうです。また、今日もマスクを買いに行くそうです。
亀さんも、昨朝、職場の近くの薬局・コンビニ5~6軒に行って見ましたが、全部の店で「本日のマスクは完売です」の看板が出ていました。
まるで、35年くらい前の第一次オイルショックの際に生じたトイレットペーパー騒動に似た騒ぎですね。
なお、昨日は、滋賀県と東京都にも新型インフルエンザの患者が発生しました。亀さんの職場も、インフルエンザ予防対策の一環で、外出から執務室に入るときの手洗い励行の為、部屋の入口に、「アルコール手指消毒剤が置いてあります。まあ、気をつけるしかありませんね。(記入者:亀さん)
追記:娘には、先日買った子供用マスクと我が家の買い置きのマスクの半分を当座分として送ったようです。
広島カープは開幕の頃の勢いを失っているが、苦手のセパ交流戦での立て直しに期待したいところです。
交流戦初戦の球場は京セラドーム大阪です。この球場では、インフルエンザ防止の為、ジェット風船も禁止になったようです。また、相手のオリックスの先発の近藤投手は、新型インフルエンザ予防の為にマスク着用で登板すると予告していました。しかし、「打者を惑わす」との理由で、近藤投手の“マスク登板”は却下されました(注)。
新型インフルエンザの蔓延する大阪ならでは話題です。
広島カープは、この近藤投手を打ち崩し、9-1で、セパ交流戦に勝利しました。オリックスの近藤投手は、インフルエンザの心配よりはカープの打線を心配していた方がよかったようですね。(記入者:亀さん)
(写真)広島・赤松にホームランを打たれたオリックス・近藤(サンケイスポーツ)
(注)近藤ガッカリ“マスク登板”却下される:http://www.daily.co.jp/baseball/2009/05/19/0001929025.shtml
先週の土曜日以来、新型(豚)インフルエンザの国内感染者が急増しています。
現在は、国内感染者の発生は大阪・兵庫など関西に限られていますが、関東地方で発生するのは時間の問題でしょう。
大阪に住んでいる娘から「大阪ではマスクが売り切れだから、東京で買って送って欲しい!」との電話がありましたが、東京でも子供用マスクと高価なもの以外は売り切れです。翌日には、入荷はするとのことだったので、奥さんは、明日にも近くの薬局に買いに行くそうです。
ところで、亀さんは、マスクが苦手です。息苦しく、着けるとメガネが曇り、うっとうしいのです。
したがって、今までは風邪の時にも着けたことがありません。というよりは、着けなければいけないようなときには仕事は休みますし、家でジッとしています。また、花粉症でもないので、風邪以外のときに着けるのは、庭木への農薬散布のときだけです。
ところが、その亀さんもついにマスクを着けることになりました。
一昨日、勤務先の感染予防対策で、毎朝の体温測定、手洗いとうがいの励行、人混みでのマスクの着用等が打ち出されたのです。仕事の関係なら「いやだよ!」というわけにはいかないでしょうからね。
なお、我が家の分としては、60枚の買い置きがあります。(記入者:亀さん)
(陰の声)奥さんは、若い頃、毎朝体温を測っていましたね。(関係ないか?)
本屋さんへ行くと真っ先に新刊コーナーをのぞき、変わった題名の本は必ずチェックしてみるというのが私の習慣ですが、この本は新刊案内を見ただけで注文しました。もちろん「地団駄」なんか踏んでませんからここでお勧めする次第です。
わぐりたかしの『地団駄は島根で踏め』―行って・見て・触れる≪語源の旅≫光文社新書、定価(本体880円+税)
わぐりたかしは放送作家・語源ハンター。テレビマンとして<地球を飛び回ってきた>が「語源ハンター」としてニッポン全国を旅行中に「日本語の旅」の面白さや奥深さに目覚めたといいます。帯にある「ごり押し」「ごたごた」「うやむや」をはじめ、滋賀では「急がば回れ」のT字路発見に感動するあまり、急いだところが・・・。ひとつひとつの「語源を訪ねる旅」はうなずかされることばかりで、こちらまで引き込まれてしまいます。
少しだけ種明かしをすると、地団駄は昔ながらの「たたら製鉄」に使うふいごにまつわる言葉です。他の言葉はどこの県にそのルーツがあるかといえば「ごり押し」=石川、「ごたごた」=神奈川、「うやむや」=秋田・山形、「あこぎ」=三重、「チンタラ」=鹿児島、「元の木阿弥」=奈良ということになります。
その程度の紹介では「らちがあかない」(=京都)と言われて「うんともすんとも」(=熊本)では冷たいし、さりとて「ひとりずもう」(=愛媛)でも困る。まあこのくらいが「関の山」(=三重)ということで「つつがなく」(=山形)今回はおしまいです。 (記入者:野次馬)
三社祭の町内神輿は、氏子44ヶ町から100基も多数が各町を発進し、町内やお祭り広場を練り歩きます。
その規模も本社神輿に負けないくらい立派なものがたくさんありますが、子供神輿や女性だけの神輿など色々なものがあります。また、外国人の若者も神輿を楽しそうに担いでいます。
食事をして、お祭り広場の雷門通りに出ると、各町から町内神輿がお祭り広場に集結して来ていました。お祭り広場も祭りの熱気で盛り上がってきました。
それらの神輿は雷門のところでUターンして来るので、雷門通りは何基もの神輿が行き交うようになりました。
雷門をくぐって中には入れるのは、仲見世などの町会神輿(4基)だけのようですが、それらは仲見世を練り歩いています。仲見世もお祭りの熱気に一杯です。雷門の大提灯は、神輿の通過のために畳んであったのが印象的でした。
3時を過ぎると、お祭り広場の神輿も数が多くなるとともに、人出も多くなり、お祭り広場は大混雑でした。
この人たちは、午後7時半(~8時半)の本社神輿の宮入りまで、祭りを楽しむのでしょうが、亀さんたちはそれまでは待てないので、浅草神社にお参りをして帰路に着きました。
東京に住んで30年以上になりますが、初めての三社祭で、楽しい1日でした。(記入者:亀さん)
浅草の三社祭は、5月の第三日曜日に一の宮、二の宮、三の宮の本社神輿の各町渡御を行ないます。午前6時の宮出しから各神輿が、それぞれ南部、東部、西部の各町に分かれて、一日中を練り歩き、午後7時半以降に順次お宮入りします。
これ以外に各町の神輿100基が自分の町内や雷門通りのお祭り広場を練り歩きます。
当日は午前中かなりの雨が降り、亀さんは三社祭に行くかどうか迷ったのですが、午後には止んだので、行くことにしました。



亀さんたちが浅草に着いたのは、11時を過ぎていました。浅草駅の周辺の町内神輿ももう町内の商店街からお祭り広場の方に出てきます。
しかし、本社神輿が浅草の中心部から周辺部に行ってしまうので、亀さんは、本社神輿のうち付近にいる一の宮神輿の方に向かいました。あらかじめインターネットで調べていた地点まで来ると、ハッピを着た人たちに遭遇しました。その中の女性に聞くと、「すぐそばのすしや通りまで来ていて、自分たちは一の宮神輿を担ぐために待機している。」とのことでした。
そのすしや通りに行くと、太鼓・天狗・乗馬した神官の先導で、囃子の屋台、一の宮神輿がやってきました。いい写真を撮ろうという人がたくさんいて、亀さんも神輿に巻き込まれそうになりながら写真を撮りました。

やはり、本社神輿は重く、思わぬ方向に移動したり、下がったりして体力もいるようで、担ぎ手は30分くらいで交代するそうですが、女性の担ぎ手も結構いました。また、お囃子も綺麗どころが頑張っていました。
広い雷門通りに出て、担ぎ手が交代すると、一の宮神輿の動きはさらに活発になり、祭りの雰囲気も盛り上がってきました。
そして、一の宮神輿は次の町へと渡御していきました。そのあとには、担ぎ手が履いていた草鞋が一足ぽつんと残っていました。(つづく)(記入者:亀さん)
―緑の小さな実が出来てるよ!―
4月12日に「アケビの授粉実施!」をお伝えしましたが(注1)、お約束に従い、亀さんちのアケビ(五ツ葉アケビ)と三ツ葉の後の経過を報告します。
授粉から1ヶ月ですが、アケビも三ツ葉アケビも授粉に成功し、いずれも、緑の小さな実を付けています。
上段がアケビの実で、1箇所で最大8個の実を付けています。去年の経験から言うと、このうちの1つの実が育つのではなく、このままの状態で成熟します(注2)。ざっと数えて、15箇所以上に50~60個の実が生っていますが、葉っぱの陰に隠れていて正確には分かりません。
下段が三ツ葉アケビの実で、アケビの実よりは若干丸みがあります。1箇所で最大4個の実が付けていますが、昨年の経験では成熟するまでに1箇所1個になるようです。ざっと数えて、10箇所15個くらいの実が生っており、昨年同様、三ツ葉アケビの方が少ないようです。
いずれも、まだ、1cmくらいの大きさで、最大のものは上の写真の三ツ葉アケビで、約2cmの大きさです。
上の写真が昨年の収穫期(10月)のアケビ(左)と三ツ葉アケビ(右)ですが、10月まで気が抜けません。(記入者:亀さん)
(追記)ご近所のムベ(トキワアケビ)も結実し、小さな実をつけています(下左)。こちらは、自家受粉するので、アケビのような授粉作業はいらなかったようです。ムベの開花はアケビよりも遅かったので、今は亀さんちの実よりも小さいのですが、秋になると大きな実になります(下右)。
(言葉のお勉強)授粉と受粉:「受粉」=雄しべの花粉が雌しべに付くことで、「授粉」は花粉を雌しべに付けてやることです。
(注1)アケビの授粉実施!:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-396f.html
(注2)アケビの実・緊急速報(08.10.02):http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-9c5e.html
(参考)アケビ・三ツ葉アケビ・ムベの違いは、前2者はアケビ科アケビ属の落葉樹で、後者はアケビ科ムベ属の常緑樹。それらの実はよく似ているが、前2者の実は熟すと割れるが、後者は割れません。注2を参照。
―今年も元気に咲いていますよ!―
「都心のど根性みかんは、今年、どうですか?」との問合せがありましたので、行ってみました。
“都心のど根性みかん”とは、都心の虎ノ門の国道1号線の歩道で毎年実をつけている夏みかんで、昨年4月以来、4回とり上げており(注)、新鮮味がないような気もしますが、折角のお問合せなので、結果を報告します。
その場所に行って見上げると、その夏みかんの木には、去年の果実が生っていますが、花は見当たりません。“花の時季に遅れたか、今年の花が少ないのだろう”と思って、帰ることにしました。
最後に、“念のため…”と、丹念にもう一度見ると、ありました!
木の一番上に、白い花が見え、豆粒ほどの果実も見えます。白い花は2個だけですが、写真で確認すると小さな果実は10個くらいはあります。
今年も、都心のど根性みかんは今年も元気に咲いています。ひょっとすると、銀座のミツバチもこの花に来ているのかもしれませんね。(記入者:亀さん)
(注)08.04.22の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_11ab.html、08.05.08の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_0ebb.html、08.06.12の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_5fc1.html、08.07.09の記事:http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_a08b.html
先日、日比谷公園の心字池に行くと、池のほとりで人だかりがしています。
“なんだろう?”と思って近づいてみると、若いカップルが短いつり竿で、魚釣りをしています。日比谷公園で昼食を食べた後に、魚釣りを楽しんでいるようです。
覗いてみると、プラスチック製の容器には、10匹ほどの小さな魚が泳いでいます。聞いてみると、男性が作った短い竿を持ってきて釣りをしてようです。また、魚はクチボソだそうです(注1)が、ひょっとすると、池にいる鯉の子供かも知れません。
見ていたサラリーマンが「その魚は今晩のおかずかい?」と冷やかすと、カップルは「最後に池に戻しま~す。」と答えました。
彼たちは、近くに勤務先があるようで、12時50分になると、釣り道具をしまい、帰って行きました。
“公園内の魚釣りは禁止ではないか…”とも思いつつも、お昼休みのささやかな趣味で、“微笑ましいカップルだなあ!”と感じました。(記入者:亀さん)
(注記)「ブログに載せるので…」と言って、写真を撮らせてもらったのですが、後で調べると、東京都の条例(注2)で「鳥獣魚貝の類を捕獲しまたは殺傷すること」は禁止されているようなので、写真には目線を入れました。なお、彼たちの名誉のために付記すれば、皇居のお堀のような「魚つり禁止」の看板が近くにありませんでした。
(注1)コイ科のモツゴの異称。(注2)東京都立公園条例第16条第3号
「なつかしいでしょう!」と言って、近所のお宅の方が亀さんちとお隣りに、自分のうちの庭で出来た桑の実を持ってきてくださいました。今年は大豊作で、ブログネタに…ということのようです。
東京育ちの亀さんの奥さんもお隣りの奥さんも、小さい頃、グミ(茱萸)は食べたものの、桑の実は食べたことがなかったようです。
亀さんは、小さい頃、近所のグミや桑の実を失敬して叱られていました。桑の実の場合は、「食べていない!」とウソをついても、口のまわりが黒くなるので、すぐばれてしまったんです。
ただ、亀さんはひとつ記憶違いをしていたことに気がつきました。それは、亀さんは、桑の実が秋に実ると思っていたんです。
原因は、唱歌の「あかとんぼ」の歌詞です(注)。1番は「夕焼けこ焼けの、あかとんぼ…」で、2番は「山の畑の、桑の実を…」です。それで、「あかとんぼ」→「秋」と思ってしまったんですよ。
そういえば、梅雨の雨の雫のついているグミや桑の実が美味しかったことを思い出したんですよ。(記入者:亀さん)
追記:昨朝、ヨーグルトに桑の実を入れて食べましたが、ブラックベリーのような味で、美味しかったですよ。
「福田定一」という名前をご存知だろうか。後に日本を代表する大作家になった人物だからファンの方ならあるいは、とは思うけど。この人が書き遺した短編集が4月に「文春文庫」から発売になった。それがこれ。あえて名前は伏せておきます。
ではヒントを3つ差し上げましょう。
1.大阪市生まれ
2.直木賞作家で文化勲章を受賞
3.画家の須田画伯(剋太)と「二人三脚」で出かけたシリーズも有名
さて、次のページで、答となる「本の表紙」とその内容を紹介しましょう。
最後は、銀座ビーガーデン第1号の銀座ブロッサム(銀座中央会館)の「銀座ブロッサムビーガーデン」に行きました。ビーガーデンとはミツバチ(bee)のために、花を一杯植えた庭園です。
ここには、今、メキシコマンネングサ(黄色)、オキザリス(紫カタバミ)、マツバギクなどが植えられ、別の花壇では、レンゲや麦が植えられていました。
レンゲやメキシコマンネングサには、たくさんの日本ミツバチや西洋ミツバチがやってきていました。なお、レンゲを見るのは久しぶりでしたが、盛りを過ぎており、花の間に豆ができていました。レンゲの豆を見るのは初めてでした。マメ科だから豆ができるのは当り前ですが、驚きました。
ところで、ミツバチは、蜜を集めるほか、幼虫を育てるために、花粉を集めますが、ミツバチの働き蜂は生後20日間は、子育て→部屋づくり、食糧の貯蔵→警備・冷房・清掃などの内勤を行なった後に、蜜集めに出るようです。ですから、このミツバチたちは、あと1週間程度の命のようです。
イベントの最後に、「銀座のハチミツ」をいただきました。このハチミツは完全に天然のものです。
夕方の採蜜すると、蜜の糖度は60%くらいのようで、輸入のハチミツなどは過熱して水分を飛ばすこともあるようですが、銀座ハチミツプロジェクトでは午前中に採蜜するので、糖度が70%であるそうです。これは、夕方からミツバチたちが羽を動かして水分を飛ばすからだそうです。
また、田中副理事長が書かれた「銀座ミツバチ物語」も買ってきました。これを読み、銀座ミツバチについてもっと勉強しようと思います。
なかなか有意義で、面白い1日でした。(記入者:亀さん)
追記:銀座ビーガーデンには、東海テレビが取材に来ていましたし、連日の取材等でがあるようでした。また、スタッフの人たちも銀座ミツバチに一生懸命で、中には、爪にミツバチのネールアートをしている女性もおられました。
まず、日比谷公園脇にユリノキの花を見に行きました。ユリノキの花は他の花に比べて格段に蜜の量が多く、例えば、レンゲや菜の花などでは2~300くらいの花を訪れなければ帰って来られないのに、ユリノキの花では30秒で終わってしまうようです。このユリノキは日比谷公園や半蔵門~日比谷公園の街路樹に、多く植えられており、いま、銀座ミツバチの蜜源になっています。
いまの時季、この花とともに、銀座ミツバチの蜜源の中心は、桜田通り(桜田門~虎ノ門)のトチノキや銀座マロニエ通りなどのマロニエの花です(注1)。
この日は、トチノキの花を見に行かず、銀座マロニエ通りに行きました。歩行者天国の銀座中央通りと銀座マロニエ通りの交差点で、私たちは、「マロニエの花を観察し、銀座や中央通りの歴史の話を聞きました。銀座ミツバチプロジェクト」というノボリを持っている私たちの集団は目立ったようで、講師の田中副理事長の話を興味深そうに聞く人々もいました。
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